火呑鼓柄1 - 3

 講義の途中に彼岸さんから送られてきた『二日後、十時』の文字にスタンプを返して、今。偉い人が呼んでいるというから、あのガラス張りの縦に長い部屋なのかと思ったが、指定されたのは案外普通の会議室だった。
 ノックの後、室内から忍田さんの返事が聞こえてきて、俺は恐る恐る扉を開けた。

「お疲れ様です火呑ですー……」
「あぁ、よく来てくれた。時間を貰ってしまって悪いな。座ってくれ」

 促されるまま椅子に座る。会議室の四角に作られた机の角地で、神妙な顔つきをした俺を見た忍田さんは、いつもと変わらない様子で手元の書類を整えた。

「彼岸くんから五限があると聞いている、あまり時間を取っても悪いから本題から話そう。まずはこの資料を」
「はい」

 差し出された資料に目を通せば、そこには一人の人間のプロフィールが書き記されていた。何処の、誰で、どんな顔をしているのか。昔自分が提出した覚えがあるようなそれに、欠けることなく全て記入されていた。

「小貫和利……あ、県外だ。スカウトしたんですね。知らない名前ですけど、この子がどうかしました?」
「君には彼と隊を組んでもらう」
「…………んん? はぁ、なるほど……?」
「ここ半年、何処の隊にも入らず宙ぶらりんなままだったろう。新人の師匠になって欲しい」
「いやまぁしばらく一人でしたけど……」

 突然告げられた言葉に目を白黒させながら話を聞き流す。実力はあるが性格面に少々難があるだとか、とんでもない方向音痴なのに自覚がなくて気が長い人に頼みたいだとか。ちょっと待って欲しい。

「いや、そういうのは東さんの仕事じゃないんですか〜? 俺向いてませんよ。色々」
「東は剣はそこまでだと言っていた」
「一回は打診したんすね……」
「私は、火呑は師匠に向いていると思っている。だから直々に頼んでいるんだ」
「……まぁ、色々あるんでしょうね。スカウトなのに腐らせたら親御さん怒るでしょうし、なんのために三門来たんだ? ってなりますし。ちゃんと師匠をつけるのには賛成ですけど」

 ここ、と言って備考欄の性格の部分を指し示す。『少々気弱。実戦で動けるか要確認』と記されていた。気弱。本当に、自分のこの見てくれを見て、この資料の彼をあてるのか。育ちすぎてニメートルを越えた身長、運動が好きで鍛えていたら鍛えすぎた体、彫刻刀で喧嘩していた友達を無理やり止めた時についた左頬の傷、シンプル悪い目つき。

「いやぁ……、太刀川とか風間にしません?」
「しない」
「ダメかぁ、残念。わかりました。組みましょ、隊」
「感謝する。ではそれで手続きを進めるからな」

 まぁ俺は大侵攻で家が崩れたぐらいで被害らしい被害を受けていない。スカウト組と近界に関する温度感が、被害に遭った人よりかは近いだろう。太刀川は師匠にするには少し奔放すぎる。風間はいささか言葉が足りない節がある。
 ……ま、俺が適任かもな。東さんの次に。

「それではまた詳しいことが決まり次第連絡を入れる。今日は下がってもらって結構だ」
「了解です。んじゃ失礼します」

 扉を出る前に室内に一礼して、部屋から出る。少し先の廊下まで黙って歩き、自販機でコーヒーを買って一気飲みした。

「あ゛ぁ……もう…………」

 大きなため息と共に肩を落とす。別に嫌だったわけじゃない。世話を焼くのは好きな方だから。ただどうしても、半年より前のことが頭をチラつく。
 初めてボーダーに入った時、一緒に入った友人と三つ上の先輩二人の計四人で隊を組んだ。一年後、先輩が大学で卒業するからと言って隊を解散した。なんとなく、俺と友人で新しく隊を組むことはなかった。
 少しして、困っている様子の新人がいたから声をかけた。流れでそのまま隊を組んで、新人が実力の壁を感じてやめたから解散した。

「これダメだったらマジで断ろ……」

 ただ普通のバイトより割りはいいんだよなぁ、酒も煙草も高いからなぁ、やめるのは無理かもなぁ。そんなことを独りごちながら缶をゴミ箱へ投げ入れる。
 隊を解散したりまた戻ったり、なんてのはあるあるだが、新人の才能を無駄にするわけにはいかない。決意を固めて伸びをする。頬の傷をさすりながら、軽く仮眠をとって大学に行こうと足を向けた。

 一週間後の顔合わせ、思った五倍ビビられた俺は、笑いながらもその少年へ「よろしく、小貫くん」と。なるべく圧をかけないように声をかけた。それがまさかあんなことになるとは、今の俺も、来週の俺も知る由はないのだから、人生ってやつは面白い!

(了)