宣言ホームラン - 3
「いやー、ただいまただいま。暑いね、夏は」
「夏ですからね……その、火呑君、大丈夫ですか?」
「んー……俺は大丈夫です」
火呑がチラリと目線を向けた先には、露骨に肩を落とした高崎の姿があった。九回裏、××高校側の攻撃。現在の点数はニ対九。九回表一死二、三塁の状態から、七番絹川の痛烈なホームラン。出塁を必死に抑え、より酷く転がり落ちる前に何とかチェンジまで持っていった。
せめて単純なヒットであればここまで落ち込むことはなかったのだろうか。いや、後輩の後に入ってなんとか抑えようとした矢先のこれなら打たれた時点でもうアウトかもしれないな、と。火呑は精神状態を冷静に分析した。
「皆さん、ここからですよ。野球は九回裏ツーアウトからとよく言います。次のトップバッターは宮峰君です。死力を尽くして頑張りましょう」
「そーそー。こっから満塁ホームラン二回打てば逆転勝ちだよ。流石にかっこよすぎじゃない?」
監督が必死にみんなを盛り上げようとしているのを察して、火呑が咄嗟にカバーに入る。一番宮峰からの攻撃……所謂上位打線からの攻撃だ。これ以上ないチャンスと言えるし、これを逃せばもう次はないと言うことでもある。
そのことを理解してか、はたまた素なのか。少し頬を引き攣らせながらではあるが、宮峰は大声で叫び、全員に対して宣言した。
「最低でも出塁だ!」
「いってらっしゃーい」
意気揚々とバットを肩に担いで太陽の下へと勇ましく進んでいく。先頭打者ホームランを出したと思えば、微妙な当たりでアウトを取られたりと調子の極端な男ではあるが、こう言う時には誰よりも空元気が上手い男だ。きっと点をとってくれる。出塁してくれる。そんな確信にも近い胸騒ぎが火呑を包んでいく。陽の光の眩しさから少しだけ目を逸らし、監督へと小声で話しかけた。
「小貫君、どうですか?」
「まぁ、そうですね。わかってるとは思いますけど投げすぎです。完投させてあげたい気持ちを押さえて、もっと早めに交代させるべきでしたね。……自分で聞かないんですか?」
「謝られるのがオチな気がして……」
監督は優しげな目元を少し下げ、小声で返す。頬をかきながら謝られる気がする、と告げた火呑の眉もまた下がり切っていた。
投手が自分しかいないのだから、と気を張らせてしまったことを気に病んでいるのだろう。急に梯子を外されたような気持ちになったのではないかと心配している素振りだった。
「ベンチに戻ってきてから謝ってばかりでしたからね。全力で励ましましたよ」
「すみません、ありがとうございます……お?」
「あぁ……宮峰君が打ちましたね」
喧騒に話を中断して目線を向ければ、宮峰がツーベースヒットを放っていた。ホームランでなかったことを悔しんでいる半分、宣言通りに出塁できたことが嬉しい気持ち半分と言った表情だ。
ベンチの熱量が上がり、応援側も沸き立つ。間違いなく流れを作った。今、誰もが宮峰に注目していた。
続いて斎藤がバッターボックスに立つ。ストライク、ストライク、ストライク。アウト、バッターチェンジ。
続いて花坂。ストライク、ストライク、ファウル、ストライク。アウト、バッターチェンジ。
二者連続空振り三振。応援の熱は上れど、ベンチは嫌な空気に包まれていた。流れに乗れず、ストレートにアウトを貰ってしまったことに涙する斎藤に、明るく振る舞うも悔しさを隠しきれない花坂。それに必死に慰めの言葉をかけるチームメイト。
「次俺かぁ」
そんな中、火呑は呑気に言葉を溢した。
「頑張ってくれよ、火呑」
「あぁはい、頑張ります。宮峰先輩に次も打ってくれないと困りますしね。クソ暑いからささっとベンチに帰ってきてもらわないと」
何気なく落とされた爆弾に、全員が瞠目した。そんな様子を気にすることなくヘルメットを被り、リストバンドをつけて手袋をはめる。階段を登りながら、誰が言葉を発するよりも早く、振り向くことなく、火呑鼓柄は宣言した。
「高崎先輩、今からホームラン打つんで。見ててください」
その宣言は、誰よりも沈み込み、誰よりも下を向いていた男へと向けられていた。思わず顔を上げた高崎が火呑を見るも、逆光でその表情は伺えない。ただ一つわかるのは、笑っているということ。
何か言葉をかけようとして口をはくはくと動かし、そして閉じる。その一連の動作が終わった頃には、火呑はベンチから去っていた。
ピッチャー、八百万命。バッター、火呑鼓柄。ボール、ストライク、ストライク、ファウル、ファウル、ファウル、ファウル。
第八球、内角低めのストレート。ここで必ず狩ると言う意思と、自分のコントロールへの自信が見える一球。バッター、大きく振りかぶって────、