皆で必死に走ってたどり着いた先は、案外いつも通りのポケモンセンターだった。どこかに隠れるような場所に居ないといけないのかと思ったから、少し拍子抜けしている。
今日も止まる予定だった部屋まで移動して、鍵を開けて中に入る。中に入った瞬間、そこでやっと希咲からベッドの上に降ろされてそのままゆっくりと横にされる。
征良も千旭から降ろされて、私が横になっているベッドの端に腰かけた。そこでやっと全員が安堵したのか、大きなため息がそこらから聞こえる。
「やっと一息つけたわね」
人型の姿になって、ふうと息を吐いて希咲はぐるぐると腕を回した。重かったかな…と彼女を見ていれば、私の思考が読めたのだろう。彼女は少しぎょっとしてから、違う違う! と慌てて手を忙しなく横に振る。
「サクラちゃんは決して重くないわ! 羽のように軽いわ! ただ走ったり相手とバトルしたり探し回ったりしての疲れで…!」
「歳かよ」
「坊っちゃんに言われたくないですぅー」
二人のどんちゃん騒ぎを聞いていたら、何だか段々とゆっくりといつもの空気に戻っていくようだ。緊張で張りつめていたけれど、何だか緩やかになっている。それに安堵して、ゆっくりと体を起こした。希咲が慌てて支えようとしたけれど、私は手でそれを制して皆の方を見る。
「皆ごめんね。巻き込んでしまって」
苦笑い気味に言えば、皆の表情が少しむっとした表情になる。けれどそれを見ないふりして、取りあえずと一緒に行動していたソヴァールさんの方を見る。
「ソヴァールさん、助けてくれて本当にありがとうございました」
「いえ気にしないでください。私の自己判断で行っただけですので」
びしり、と背筋を伸ばして言う彼女は相変わらず凛としている。
「けれど、どうして? 君は彼女達の仲間だろう」
海紀の言葉を聞いて、ソヴァールさんは彼の方を向いてから、そっと瞼を伏せる。その表情は、少し愁いを帯びていて何だか切なさを感じる。
彼女はゆっくりと瞼を開いて、私達を一人一人を見るように視線を動かした。
「あたしはボタン様を大切に、彼女を第一に考えています。それに、そう育てられてきました」
「なのになんで?」
「……ボタン様の全てを守るために、こうしてあたしは動いております」
彼女は真っ直ぐに私の方を見る。
「サクラ様。この度は本当に申し訳ございませんでした」
「えっあ、はい! 大丈夫です!?」
「分かってねえじゃん」
ソヴァールさんが頭を下げ謝罪をした瞬間、声が裏返ってしまった…。千旭につっこまれてしまう。
けれど、彼女ならすべてを知っているかもしれない。そうしたら、ボタンさんの誤解とかも全て解けるかもしれない。
もう一度彼女の方を見て、少し漠々とうるさい心臓を休ませるように胸元に手を添えて小さく深呼吸。そしてそのまま疑問を口にする。
「ソヴァールさんは私をゼルネアスだと…?」
「……最初は思っておりました。けれど、この方は違う。人間であると判断しました」
「それはなんで?」
私の問いに彼女は嫌そうな表情を一切しない。そのままその小さな唇を開く。
「貴方が、そこの彼と恋仲の関係だと分かったからです」
ブフッと吹きだした。征良も少し驚いたのか目を開いている。二人で少し目を合わせてから、そっと二人揃って目線を外した。
けれど、なんで私と征良が…その…こ、ここここ恋仲、恋人だったらゼルネアスではないと分かったんだろう。そんな疑問が顔に出ていたのか、彼女は変わらない表情で淡々と述べる。
「ゼルネアスには人間の相手が居ると、一人で調べているうちに分かりました」
「……あぁ、成程」
ゼルネアスには人間の恋人がいるのに、私の恋人は征良で人間ではない。確かに人の容姿ではあるが、彼はれっきとしたポケモンでありリザードンである。まずそこで情報と違う。情報と目の前の現実のちぐはぐ。どちらを信じるかと問えば、答えは人それぞれだろう。彼女は現実の方を信じたという訳だ。
「あと、単純にゼルネアスはこうしてこの地には来ない。そう思っていたからです」
彼女の言葉に思わず首をかしげる。どうしてだろうと思っていれば、真心がその言葉を肯定するように頷いた。
「その考えは正しい。ここは彼女にとって苦な場所だからだ」
彼の言葉にぱちくりと瞬き。伝説である彼女にとって苦である。それは何故なのか。だって、彼女はこのカロスの伝説であり与える者として存在している。
簡単に言えばこのカロスは彼女にとっては庭のような物だろう。だけれど、何故彼女は苦なのか。そういえば、彼はこの土地を知っているような言葉を言っていた。図書館に当てがあるとか言っていた。知り合いが居た街…とも。もしかして、その知り合いとはゼルネアスの事なんじゃないか?
じっと真心を見ていれば、その視線に気づいて少し目が合ってから直ぐに目を逸らす。
「ゼルネアス…あぁマーガレットと言っておこうか? 彼女はこの街のとある人間…ブルエという男と恋仲になったんだ」
「この街……なんだ」
そうなんだ、と小さく声がこぼれた。
ん? ブルエ?
……あ、ブルエ! ブルエってここか! あぁそうだ! ゼルネアスの恋人の名前だと前に聞いた。そうか、それか。何だかスッキリした…。真心もわざと名前を言ったようにも感じるし。あぁ、だからあまり好きじゃないと言っていたのか。納得した。でも、それじゃあなんでここが苦な場所なんだろう。恋人と一緒に過ごした街。
真心の横顔…ゼルネアスと同じ伝説の…死ぬことがない彼を見て、あぁと思いだす。
そうか、彼女はその恋人を見送ったということだ。人間とポケモンの子を産み、ジガルデの監視下に置かれ、一般的には許されないことをした伝説のポケモン。責任も感じたのかもしれない。そんな恋人と出会ってそして亡くなった地となれば、確かに進んで赴きたいとは思わないかもしれない。
まぁそれは良いでしょ! と真心が手を叩いて、話の仕切り直しを要求する。軌道修正だ。
「ソヴァールさんは私がゼルネアスではないと知っていた。だから関係ない私を守ってくれた。そういうことですか?」
「えぇその通りです」
「……ていうかそもそも、何でゼルネアスを?」
千旭が小さく挙手をして彼女に問う。それに便乗して、分かりやすく手短にお願いしますと海紀が続いた。彼女は彼等を見てから小さくうなずいて、少し長くなりますが…出来るだけ分かりやすくまとめますと口を開く。
「ムナールさんから聞きました。皆様はフレア団がこの地に来て、何をしたかまではご存じだと」
「はい」
「フレア団の目的も知っておられるのですよね…。それなら簡潔にまとめるとすれば、フレア団に奪われた彼を取り戻したい…です」
彼。何度か話題に出ていた言葉だ。彼女はテーブルの上に置かれていた、真心が図書館で借りた新聞のスクラップがまとめられたファイルを手にする。
それをパラリとページを捲ったりして内容を確認してから、理解したように頷いてファイルを閉じた。
「この新聞に書かれている怪我を負ったトレーナー、そして奪われたポケモン。全てがあたしの身内です」
「ソヴァールさんの身内、となると…」
「はい。トレーナーはボタン様。そしてポケモンは私の父、ブリガロンのシュヴァリエです」
沢山のピースが一気にはめられた気分だ。沢山の空いているスペースに手元にあるピースをどうやってはめるのが正解か分からない中、ぴったりとハマる位置を見つけそのまま調子よく周りも埋まっていくような。
フレア団の真の目的はフラダリの思想である、『争いのない美しい世界のために人間の数を減らし、争いの道具にされる可能性があるポケモンたちを消し去ること』ということだった。その時に使う古代の最終兵器を動かすエネルギーの為に、真心やゼルネアスは捉えられていた。
けれど、最初から彼ら伝説が居たわけじゃない。だからこそ、フレア団は『ポケモンの大量捕獲』という悪事を働き、多くのポケモンたちを捕まえ拘束していた。伝説の莫大な力を借りるまでは、その大量捕獲の為の数々のポケモンの生体エネルギーを摂取していた。
「当時、ボタン様を警護していたのは私ではなく父。シュヴァリエでした。父はこの街とボタン様を守るために自らフレア団の元に…」
当時はまだ彼女は警護をしていたわけではなかったらしい。彼女の声が震えるのを、初めて聞いた。彼女にとってボタンさんは絶対的存在だ。守るべき存在で、何をするにも彼女を第一に。少しの期間しか彼女達を見ていないけれど、分かるよ。
けれど、連れて行かれた相手は彼女の肉親の父親だ。その苦しみは想像を絶する程だろう。
彼女の言葉が切れたところで、少し聞きにくいが、聞くしかない。
「それで、シュヴァリエさんは……」
「……帰って、きません」
「それって、」
「違います! 死んだわけではないのです…!」
最悪の結末を想像してしまったが、彼女は初めて声を荒げてそれを否定した。その目は涙で潤み、そして大きく揺れている。
そんな表情で声が詰まっていると、真心が代わりに口を開いた。
「生体エネルギーを吸い取られた抜け殻になったか」
彼の言った『抜け殻』という言葉を聞いて、彼女は鋭く真心を睨み付けた。確かにこれは彼の言葉選びが悪い。彼の隣に居た彩瀬が珍しくコツンと真心の頭をグーで叩いた。軽いげんこつだ。彼は少しむすっとした表情になってしまったけれど。
でも、生体エネルギー? 思わず首をかしげると、真心は腕と足を組んで説明する。
「征良にはもう説明したけど。生体エネルギーは生きようとする力だ。それを全て奪われたら、簡単に言えば抜け殻の様になる」
死んではいないが、声を出すことも頷くことも何もかもが出来ない。ただ命は消えていない、それだけ。
ぞくり、と怖くなる。簡単に想像が出来てしまう。私の手持ちの皆や兄さんやお母さん。皆がそれらエネルギーを吸い取られ、生きているかも分からない存在になってしまったら…。
私は、果たして冷静でいられるだろうか。
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