初めまして嫌いです

「近づかないで」



木の実を探しにコイと共に森の中を彷徨っていると、ここへ来て初めて人間に出会った。
人が居た安心感と、早くこの生活から抜け出したい一心で、真っ赤な服を着た少年へ駆け寄ろうとした結果がこれだった。

何者も寄せ付けない拒絶の言葉と、少年の肩に乗っている可愛らしい黄色の兎(長い耳だけを見て判断したが恐らくそれだと思った)に、私の身体は硬直した。
兎に至っては頬から電気のようなものを出しており、私が動こうものなら今すぐにでもそれを放ってくるだろう。
それほど緊迫した空気だった。



「あの、ちょ」
「お願い、喋らないで」
「……」



喋ることも駄目らしい。
近付くことも喋ることも禁止された私は、静かに息を付いて手に持っていた木の実を地面にゆっくりと置いた。
何も隠し持っていないことを示すためだ。
少年は電気を放出させている兎を一撫ですると、私から一歩、二歩と距離をとった。

言葉が通じただけよかった。あのまま迂闊に近付いて、あの黄色い兎に電気を浴びせられたら、無事では済まされなかっただろう。

コイは少年を静かに見つめていた。



「僕の質問にだけ答えて……。きみ、何者?」
「……ただの人間、だけど」
「じゃあ、何しにここに来たの?」
「分からない。気が付いたらここにいたから」
「……」



話にならないと思ったのだろうか。口を閉じた少年は考えるように顔をしかめる。
嘘は言っていない。が、それを判断するのは彼だ。



「きみのことをすごく気持ち悪いと感じるのは何故?」
「知らないよ、そんなこと……」



寧ろこっちが聞きたいくらいだ。
見たことのない場所で目が覚めたと思ったら、変な姿をした生き物に威嚇されて。攻撃されて。
仮に私が何かしたというなら、納得出来る理由を述べてほしいものだ。

というか、きみ、えらくはっきり言うのね。
正直、ここまでストレートに気持ちが悪いと言われたのは初めてだ。
たとえ私が友人から打たれ強いと謳われていたとはいえ、ショックなものはショックだ。
まぁ、変に建て前を並べる子供よりはましだろうが。

見た目は年下のようだが、淡々とした物腰からは私よりも落ち着いて見えた。



「ピカチュウだって怯えてる。僕だけが感じるものじゃないよね?」
「だからね、知らないんだって」



そのぴかちうとかいう兎が怯えているというのは、どう見ても威嚇しているの間違いだ。どこの世界に電撃をぶっ放す勢いで怯えている兎がいるんだ。
それに私に聞かれても分からないのだ。何故こんなところに来てしまったのかも。何故嫌われているのかも。
子供相手にイラついたって仕方がないことは分かっている。しかし、知らないことを質問されても答えようがないのも事実。

私と話しても埒が明かないと分かったのか、少年は視線を私からコイへと移した。



「……その子、きみのコイキング?」
「こいきんぐ?」



初めて耳にした名前に首を傾げる。
姿が似ていたから勝手にコイ(鯉)と呼んでいたが、ちゃんと正式名称はあったみたいだ。
ぼーっとコイのことを見つめていると、大きな尾びれをびちびちさせて思いっきり水を掛けられた。
もう日常茶飯事だから驚くことはない。



「お前さん、コイキングっていうんだね。鯉の王様か、格好いいねー」
「?、知らなかったの……?」
「私の住んでいたところには、この子みたいな動物が居なかったから。そっちの兎さんも初めてみたよ」



何が不満だったのか、足元にばちりと電気が飛んでくる。当たってはいないが、放った本人はぐっと眉間に皺を寄せていた。
今度は当てるぞ、という心の声が聞こえてきそうだ。



「……ピカチュウは兎じゃなくて鼠」



少年の言葉に、そうだそうだと言わんばかりにぴかーっと鳴いている。え、そんな理由でいちいち電気を当ててきたのか。
そらみろ、こんなやつが私に怯えているはずなんかないんだ。
コイのことも然り、彼らには人間の言葉が理解出来るようだから口には出さないけどね。



「で、そのコイキングは……」
「この子は私が飼っているわけじゃないよ。頭が良くて優しい子だから、心配してついてきてくれたんだと思う」



心配してというのは、私のただの憶測だ。実際コイが私をどう思っているかなんて分かるはずがない。でも、なんだかんだでついてきてくれるところを見ると、拒絶されるほど嫌われている感じもしないから嬉しいものである。
ってあれ、コイ?何でいつも以上に水を掛けてくるのかな?
ふーん、と少年は興味なさ気に相槌を打つと、それで会話が終わってしまった。自分で聞いておいてその態度とは、なんという強者だ。

少年はピカチュウとやらを腕に抱くと、こちらに背中を向けて歩き出した。どうやら尋問は終わりのようだ。
茂みの中に入る前に、足を止めて私の方に向き直った。



「これ以上気分が悪くなるのはごめんだから、僕はもういくよ。きみが悪さを企んでいる訳ではないことはコイキングとのやり取りで分かったけど、助ける義理はないし。まぁ、頑張ってよ。僕にはこれしか言えない。じゃあね」



言いたいことだけ話すと、彼はすぐさま茂みの中へと消えていった。
結果的に助けては貰えなかったが、警察なんかに突き出されるよりよっぽどマシだと思う。多少言葉に棘があったものの、あれくらいバッサリ見捨ててくれた方がこっちも期待しなくてすむ。

今日も空は青いなぁ……。

気持ちを切り替えるために、私は自分の頬を叩いた。
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