これが僕の想いです

いくらポケモンから攻撃を放たれたとしてもしぶとく生きていたあの馬鹿が、今目の前でぐったりと倒れている。
じわじわと身体から溢れ出てくる血に、こちらまでさーっと血の気が引いていった。周りの木にはいくつもの爪痕と名前の血液が残されていた。



「なんで……!」



なんで、同行していなかった今日に限ってこんなことになったんだ。
木の実を取ってくる、と声を掛けて一人で行ってしまった名前。僕も近くだろうと油断していてついてはいかなかった。その結果がこれだというのなら本当に笑えない。
こうしている間にも、あいつの身体からは血がどんどん溢れてくる。その血すらも汚いものに見えて、僕は近付くことは出来なかった。



「……コ、イ?近くにいるの?」



うつ伏せたまま、声だけが上がる。
どうやらまだ生きていたらしい。それだけでこんなにも安心するのは、僕もそれなりにこいつのことを気に入っているからなんだと思う。
返事の代わりにピチピチと跳ねてみせた。それを感じ取った名前は安心したように息を吐いた。



「あのね、熊にあったんだ。私を見てすごく怯えてた。悪いことしちゃったな……」



何時ものハキハキとした喋りはどこにもなく。時々苦しそうにうめき声を上げる。
名前の話からすると、恐らく、餓えで深部から降りてきたリングマの仕業だ。
普段こいつが寝泊まりしている場所は、性格的にも温厚なポケモンが多いため、よっぽどのことがない限り 名前に嫌がって近付いてはこない。
だけど、名前を初めて見るリングマは自分の身を守るために攻撃をした、といったところだろう。



「うわぁ、たくさん血が出てる…。絶対死んでやらないって、しぶとく生きるって決めたのに…!」






ぎりっと歯を擦る音が聞こえる。

そうだよ!お前はここで死んじゃいけないんだよ!今までもそうだったように、貪欲に生きろよ!

ぶつけた想いは伝わらない。
名前 は身体に力を入れようとしているのか、指先だけがぴくぴくと動いていた。
身に覚えのある光景に、思い出が蘇ってくる。



「僕がポケモンに襲われて死にかけた時みたいだ…」



あの時は不本意ながらも助けてもらったが、今の状況ではそうはいかない。
ぼくには名前を背負い、傷を手当てしてやれる能力はないし。何より近付くことすら出来ないのだから。
どろりと赤黒く染まったそれは、少し離れた僕のところまで浸食していた。
一歩、また一歩と距離を置く。
それに触れただけで、全てを飲み込まれる気さえした。



「お前さんは強くて賢い子だから、私なんかが居なくても生き抜いていけるんだろうね。あぁ、でも少し心配だから、幽霊になって化けて出ちゃおうかな」



面白くもない冗談を言う名前。こんなやつが次の瞬間には死ぬかもしれないということが信じられなかった。


なんで、そんな顔するんだよ。

いつもみたいになんてねって続けろよ。

私はしぶといんだよって笑えよ。


こちらに向いた名前の顔つきはいつになく真剣で、悲しみに満ちていた。

僕たちが共にいた時間は決して長くはなかったが、それでもお互いの性格を把握出来たほどの仲だった。
名前はひねくれた僕の態度にも笑って対応してくれたし。僕もどんな状況に置かれても懸命に生きていく名前の姿勢を気に入っていた。
嫌いと突き放しても、怪我をさせても、無償の愛くれたんだ。手持ちでもない僕に。
いくら本能が受け付けないといっても、悲しい。死んでほしくない。

名前の瞼が次第に落ちていく。

駄目だ、駄目だ!
ここで眠ってしまったら本当にこいつは死んでしまう。

そこからは、必死だった。気付いたら、ただ僕の身体は動いていて。名前の傍に身を寄せていた。
自分でも吃驚するくらい、彼女の名前を叫んだ(当の本人は呼ばれてることすら分からないだろうが)。
それでもやっぱり気持ち悪さは消えなくて、叫ぶたびに一緒になって吐き気も襲ってきた。頭も、激しく鈍器で殴られているかように痛い。今の僕の身体じゃあ、こいつを助けることが出来ないと分かってる。
でも足掻くことだけはさせてほしい。せっかく、こいつの傍に行くことが出来たのだから。



「ふふ……、初めてお前さんから私のところに来てくれたね」
「なに間抜けなこと言ってるんだ!絶対に眠るなよ!」
「ここに来てからずっと一人だと思ってたけど、コイのおかげですごく楽しかったよ、ありがとう……」
「馬鹿名前!さいごの別れみたいに言うな!起きろ!起きろ!」



たとえ名前の血が身体に付着しようとも、僕は気にならなかった。
あれほど怖いと思っていたものでも、一度触れてしまえばどこまでも堕ちていく。
ただ気持ち悪さだけは拭えなくて、何度も何度も吐いた。



「コイ、嘔吐するほど気持ちが悪いんだろう……?もういいから、私から離れなさいな」
「……!い、やだ!」
「私の言葉、分かるでしょう?お前さんはもう十分だよ。十分私を助けてくれた。もういいんだ。……自由だよ」



違う。お前は何も分かっていない。
僕は最初から縛られてなんていなかった。
手持ちになったわけでもないから、名前の元から逃げることは何よりも簡単だ。
それでも僕がそうしなかったのは、僕が名前についていくと決めたから。自分で傍にいることを選んだから。

名前の言葉を無視して、出血している横腹を短いヒレで抑える。深くまで抉られていないのが幸いだった。

込み上げてくるこれは、一体何が原因なのだろうか。
何で、ただの人間の名前を、こんなにも拒絶しなければならないのか。

もしも、神と呼ばれるものがいたら、僕はそいつが憎らしかった。



「……?」



胃の中のものをすべて吐ききった時だった。
何か喉の奥から異物を感じて、ペッと口から吐き出す。と、同時に、突然身体中が熱を帯びはじめた。
痛みはない。寧ろ、湧き上がるエネルギーを感じた。
僕の身体は光に包まれていた。その光景は幾度と目にしてきた。
長年、周りの仲間たちには成し得て、僕には出来なかったもの   。



「進化、だ……」



スッと閉じていた目を開けると、僕より大きかったはずの名前がすごく小さくみえた。
踏まないようにと、まだ慣れない青色の身体を浮かせる。

先ほど僕が吐き出したものは、少し形の変わった石だった。
嘔吐した勢いで、一緒に出てきたのかもしれない。こんなものが身体に入っていたら、跳ねる時に身体が重たかったことも頷ける。
いつの間に呑んでしまったのかは気になったが、今はそうこうしている場合じゃなかった。



「ほら、見て名前!僕、進化したんだ。ずっと憧れてた進化が、お前のおかげで出来たんだよ!だからほら、目を開けろってば……!」



山全体に響かすように、大きな大きな声を上げた。
わさわさと、周辺で見ていたポケモンたちが散っていくのが分かった。

もうこれで近づいてくるやつはいない。

反応を示さない名前を甘噛みでくわえる。
目指すはシロガネ山の洞窟。
僕はあの赤を纏ったあいつのところまで名前を運んだ。




(大嫌いなきみへ)
(死ぬなんて僕が絶対許さないから)
top