仲良くしましょう

ここで逢ったが3回目。

1回目は近付くことすら許されないくらい拒絶されて、2回目は私が死にかけのところを看病してくれて(とは言ってもご飯をくれただけだが)、3回目の今度は、拒絶されていたのが馬鹿らしいくらい、少年の顔が目の前にあった。

なんだなんだ、どうした少年。

待て待てと制止してみても、顔を近付けてくる少年に、私の身体は仰け反った。



「ね、ねぇきみ、どういう心変わりなのかな?」



口を開く度にやれ気持ち悪いだの、吐き気がするだの、散々私に暴言を吐いてきた彼が、自分から私に近付いてくることは初めてのことだった。
お互いの距離はあと数センチ。
少年はいたって真剣な顔をしている。
本当に訳が分からない。



「……ない」
「はい?」
「気持ち悪くない、なんで……?」



いや、知らないよ。
やっと喋ったかと思えばこれだ。
それ以上は目だけでどうして、と訴えかけてくる。思わず溜め息が出た。

前から思ってたことだけど、きみっていつも唐突だよね。
まぁ、こんな山に籠もってるくらいだから口下手と言われても納得できるけどさ。もう少し行動じゃなくて、言葉で示そうよ。
いきなり近付かれたらお姉さんびっくりだよ。
きみ、顔が良いんだからさ。お姉さんがフラストレーションの末に勢いで襲っちゃったらどうするの。犯罪だよ。

未だに顔が近い彼から一歩身を引いた。
足下には電撃を浴びせんばかりにこちらを睨み付けている少年のピカチュウがいた。
様子を見ていただけのコイも、グルグルと唸りを上げる。

こら、止めなさい。




動物たちから拒絶されなくなったと気付いたのは最近のことだ。
自覚したのは、私を警戒して隠れていた野生の動物たちが、姿を見せてくれるようになった時。
以前は気配は感じても、動物の姿を確認する事は出来なかった。見ることが出来るのは、奇襲を仕掛けてきた時だけだったし。
比べて今はどうだ。じーっと刺すような視線も、威嚇して唸る声も確実に減った。
さすがに近付いたら逃げてしまうが、わたしにとっては大きな進歩だった。
それに、いつもだったら3メートル以上距離を取っていたコイが、吐き気を催す素振りも見せずにぴとりと傍に居てくれたり。
こうしてぐいぐいと顔を近付けてくる彼もいい例だ。

もしかしたら、この世界の神様が私を受け入れてくれたのかな、なーんて。



「   ねぇ、なんで?」



おっと、忘れていた。
距離を詰めて再び答えを促してくる少年の目は、好奇心旺盛な子供のようにきらきらと輝いていた。
以前私を侮蔑していたとは思えないような変わりようだけに、そこにも裏があるんじゃないかと感じた。
てか、ふつうに考えて恐いわ。



「あのね、そんな目をされても私は答えられないからね」
「何故?」
「まずどうして拒絶されてたのかも分からないからだよ」



あ、前にもこんなやり取りやったな。



「もうきみが好きなように解釈してくれていいからさ。私に聞かないでおくれよ」
「……」



分かったとでもいうように、首だけ頷いて離れてくれた彼に、ホッと息をついた。

ん、いい子で宜しい。

帽子の上からくしゃりと頭を撫でた。
ここに来て初めて彼に触れた気がする。
そういえば、つい頭とか撫でちゃったけど駄目だったかな。拒絶云々の前に触られるのが嫌いだったらどうしよう。

って、ひぃ……!ピカチュウさんが体をほぐしてウォーミングアップしていらっしゃる……!
そしてコイは石で歯を研がないで!

慌てて弁解の言葉を入れようとしたが、その前に手を引っ掴まれた。誰にかって?もちろん少年にだ。
その手はするりと、彼の頬へと当てられる。

えーい、今度は何だ。

「……暖かい」

小さな声で確かにそう呟いた。

……お、おう、そうか。

突然暖を取り始めた彼には、文字通り苦笑しか出て来なかった。
もうお姉さんはお手上げよ。
最近の子供は何を考えてるのか分からないね。
いや、やっぱり彼が特別なのかもしれない。
万年部屋に引きこもってのコミュ障は聞いたことあるが、山に引きこもってのコミュ障ってなんだよ。
めちゃくちゃアウトドアじゃないか。

っていうか、半袖でこの山の頂上に居るやつがなにを言っているんだ。掴まれていない方の手で自分の首を触って見たけど、むしろぬるい方だと思うんだよ、うん。
そんなに人の温もりがほしいなら山から降りなさい、山から。



「まあ、それはおいといて……」
「……?」
「本当に拒絶されなくなったと分かって良かったよ。ありがとう」
「……僕は何も」
「確信出来たことは私にとって大きな成果さ。これで山から降りても人と話をする事が出来る。だから、ありがとう」
「……」



何も言わないってことは、素直に受け取ったのだろう。
最初は生意気な少年だと思ったが、こうして慣れてしまえば可愛いもんだ。
掴まれていた手を抜け出して、改めて帽子の上から頭を撫でた。




(これからはお互い仲良くしましょうよ、ね、少年!)
(……レッド)
(ん?)
(僕の名前)
(そう、レッドくんか。いい名前だね。私は名前だよ)
(……名前、よろしく)
(ふふ、よろしくねレッドくん)
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