ギルとマフラー
家を出ると澄んだ空気が肺に入る。いつもよりも空気が綺麗な気がする。その分ひんやり冷たくてはぁっと息を吐き出すとうっすら白く煙になった。秋も終わり、そろそろ本格的に冬かなんて思っていると名前が家のドアの鍵を閉める音が聞こえる。近所の人に挨拶して、通りがかりの犬を撫でて、ここまではいつも通り。けれど何か…。なんだ?はっきりと分からないがモヤモヤした。名前の顔を見て、頭を悩ませる。何かが違う。そう思っていると名前は訝しげにこちらを見た。

「なんかへん?」
「いや……なにか…足りなくねぇ?」
「うーーん………あっ!?」
「おっ!?」
「マフラー…忘れた!」

そういえば今日、名前はいつもよりも寒いと声をあげていたなと思い出す。ようやく気がついてから俺はなるほどと一人得心がいった。朝から何かおかしいとは思っていたのだ。名前の首元に視線を落とすとたしかにいつもあるものがなかった。暖かそうな毛糸で編まれたマフラーは今頃家の中でぬくぬくしていることだろう。

「あ〜〜通りでなんかおかしい気はしたんだよな」
「寒いなぁとは思ったんだよね…」
「ルツがいればなぁ。今日に限って部活のことがあるとかなんとか早く行っちまったし」
「ね…帰り耐えられるかな」
「最近夕方さみぃしなぁ」

はあぁ、と大きなため息をついて名前はまた歩き始める。朝から落ち込み気味の名前に俺はピン、と思いついて、自分のマフラーに手をかけた。適当に巻いているからか手際よく外すことができないでいる内に名前はこちらを見て変な顔をしてから俺のする事を理解したのか声を上げた。

「だ、だめ!」

制止しようと手をわたわたさせている名前を無視してマフラーを取り終わる。先程まで自分の首に巻いていたマフラーを名前の手に押し付けた。

「けせせ。やさしーおにーさまが貸してやるよ」
「ギルが風邪ひいちゃうじゃん!」
「はあ!?俺様を舐めんな!風邪なんか引くか!」
「…そう言ってこの前風邪ひいてた…」
「あれは別だ!」

あれ、とはつい新発売したゲームに熱中して睡眠時間を削った結果引いた風邪だった。カッコつけようとしたのに挫かれて顔が立たない。そう、あれは別だ。3日くらいまともに寝なかったしな。
手に押し付けたものの名前は首にまきつけようとしない。名前の目はマフラーと俺とを何回も往復した。それに痺れを切らし俺はマフラーを取り上げる。

「あっ」
「もー任せろ」

拉致があかないと思った俺はマフラーを名前の首に適当に巻きつけた。途中にくぐもったうめき声が聞こえたがまぁ仕方ない。そんなにキツく巻いてはいないしどうにかなるだろと抵抗される前にぐるりと回しきる。

「よっし!できたぞ」

名前に向き直ると彼女の首元は不恰好でいて、いつもと違う色のマフラーが飾られていた。

「…ほんとにいいの?」

流石に観念したのか名前はおずおずとこちらに目をやる。

「嫌なら返してもらうぜ?」
「いやとはいってない!」
「けせせ。って早く行かねーと遅刻する!」
「え!」

元からそんなに早い時間には出ていない。5分遅れるだけでバスを乗り遅れたり、信号が赤続きだったりして結果、15分の遅刻になったりするのだ。それで何度通学路を大慌てで走り抜けたことか。パッと時計を確認した名前はやばいと小声で呟いた。

「走ろ!」
「おう!遅刻したらルツになんて言われるかわかんねー」
「たしかに」

ふふ、と笑いの含んだ声で名前は返事をした。それから少しの間があって、ありがとうと言われたことに俺は聞こえねーよと返す。うしろから不服そうな声が聞こえて、間があり、それから大きな声でありがとう!と言われたので今度は忘れんなよと笑って返す。

教室に着いてからエリザは名前をみるやいなや悪い顔をしながらずっとニコニコしていたという。

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徒野