9.もう、夢はいらない
ふわふわのベッドの上で彼女の四肢を固定する。名前のために部屋を用意したのに彼女はそれになんの反応もしてくれなかった。それどころか暴れないように言っているのに彼女は聞かない。変な薬じゃないって言ってるのになぁ。右手で冷たい注射器を持ちながら僕は彼女を見下ろした。

「プロイセン、プロイセンっ…!!やだ、たすけて、やだぁ!プロイセン…!」
「呼んだって来るわけないじゃない」

彼の名前を必死に呼ぶ彼女に憤りがわいて腕をまとめ上げている手に力を込めた。彼女の顔が苦痛で歪んだが仕方ない。僕は悪くないんだから。暴れたらベルトが食い込んで手にあざができちゃうじゃない。そう教えてあげても彼女は抵抗をやめない。はぁ、とため息をついて僕はまず鎮静剤を彼女の首に刺した。医者に教わったんだからやり方は間違ってないはず。まぁ失敗してもきっと平気だ…。名前は死なない。死なせない。何分か経つと彼女の身体から力が抜けていった。睨んで見せてももう可愛いだけだ。僕は力の抜けていく彼女を安心させるようにゆっくり優しく囁いてあげる。

「大丈夫だよ。もうプロイセンくんのことなんか分からなくなるんだから。昔に戻るだけだよ。あの、幸せな。」

あぁ、昔みたいだね。昔の、君が泣いていた、あの雪の中の。そう懐古して僕は胸がぽかぽかするのがわかった。昔の君に会える、そう自分で口にしておきながらその幸せを噛み締めていた。楽しみだ、本当に楽しみだ。鼻歌でも唄ってしまいそうな気分で右手を伸ばし、ベッド横のサイドテーブルに置いてある二本目の注射器を手に取った。ぐったりした彼女の首元に2本目を刺す。抵抗のないままそれが終わり、僕は彼女の手を縛っていたものを解いてあげると一緒に横になった。

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「…ここ、は?」

彼女の鈴のような可愛い声に目をあける。僕のことを睨みつけない目、純粋なそれは僕のことを見て不安げに揺れていた。

「おはよう。ここはロシアだよ。僕の家。」
「ロシ…ア…。あなたは…?」
「僕もロシアって言うんだ。人じゃなくて国でね…まぁそれはいっか。」

国の説明をするのは難しいなぁ。そう思いながら未だ不安そうな彼女に説明を加える。

「君は名前っていうんだ。君と僕は恋人でね、君が頭痛がひどいっていうから療養のために連れてきたんだけど…一時的に記憶が混乱してるみたいだね」
「……ごめんなさい、何も…わからないの…」
「大丈夫。何にも怖いことはないよ。何かあったらすぐ僕にいってね?恋人なんだから…」
「うん…」

口から嘘がすらすらと流れ出す。なんの引っかかりもなく、自分ですらそれが正しい事実だとさえ思った。そう、僕たちはこれから失われた現実を取り戻すんだから。憎たらしい悪夢は無かったことになるんだ。僕はそう思うと心穏やかに彼女の顔を見てもう一度ふわりと笑った。誰にも邪魔はさせない、そう胸に誓って。


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徒野