3.愛しいあの子は何処にいった
街中で彼女に似た人を見かけた。初めは気のせいだと思った。これまでもそういう勘違いは何回かあったから。似た髪色、似た横顔、でもそれは正面から見たら全部違う人で、何回胸を高鳴らせ、何回失望したことだろう。何回も学んだはずなのに、今回もまた馬鹿みたいに心拍数を上げた。彼女かもしれない。僕は外出した用事を放って彼女を追った。昔の彼女をそのまま大人にしたような、あどけなさの残る顔。あぁ、今回こそ、歩く彼女の肩に触れ声をかける。違っていたら人違いでしたと謝ればいい。また違うかもしれない。でも期待を捨てきれないで何年経ったのだろう。振り返った彼女を見て僕は言葉が出なかった。紛れもなく…彼女だった。

「…名前…?」
「えっ……?何で…名前…」
「名前だよね?僕だよ!ロシアだよ!」

彼女の華奢な身体を離さないように強く抱きしめた。あぁ、名前は居たんだ。やっぱり生きてたんだ。彼女が消えたなんて悪い夢だと思い込んでいたけれど、やはり心の奥底ではもしかしたら、の文字が消えていなかった。だからその可能性が消えたことがなんと嬉しいことか。彼女が持っていたショッパーが何個か落ちて軽い音を立てた。僕はそんなの気にする余裕もなく、彼女が存在していること、また出会えたことが夢じゃないことを彼女の暖かさから感じ取っていた。

「い、痛い…よ…」
「名前…愛しい名前……。もう…絶対離さない」

感動の再会のはずなのに、彼女がずうっと僕から離れようと微かに抵抗してくるのはなんでなんだろう。変だなぁと思って名前から少し離れてみると、彼女は酷く怯えた様子で体を震わせていた。あれ?僕と会えてびっくりしちゃったのかな?僕が心配そうに彼女を覗くと彼女はびくりと後退りした。

「名前…?」
「だ、誰…?」

頭を誰かに殴られたような衝撃を感じた。かつて自分に優しくしてくれた彼女が、自分とずっと一緒にいてくれるといった彼女が、自分を否定した。気がつくと勢い任せに彼女の後ろの壁に強く手を伸ばしていた。その音に彼女はまたびくりと震えた。彼女を壁と自分で挟み、見下ろす自分。泣きそうな顔の名前に頭がぐらぐらした。ちがうのに。こんな顔をして欲しいわけじゃないのに。ただ昔みたいに笑って欲しかっただけなのに。胸が痛い。息ができない。泣きたいのはこっちの方だよ。

「ロシア!なにしてんだよ!」
「…」
「おい!この…っ!」

がん、と頭を揺さぶられ、じくじくする痛みに殴られたのだと気がついた。そちらを向けば憎たらしいプロイセンくんがいてその隙に名前は僕から引き剥がされる。プロイセンに気づいた名前は泣きそうなほど安心した様子ですぐに彼の後ろに隠れてしまった。

「お前…何した」
「何って……なんにもしてない」
「はぁ!?そんなわけないだろ!」

素直に事実を述べただけなのにプロイセンくんは僕の胸ぐらを掴んだ。僕はそれに抵抗する気もない。頭がぼんやりする。ぼんやりと。まるで夢みたいに。プロイセンくんの罵声を聞き流して後ろの名前に目を向けると視線があったのに彼女はパッと目を逸らしてしまった。どこで間違えたんだろう。何がいけなかったんだろう。目前に広がる嘘みたいな悪夢を僕は冷たい目で見下ろした。

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徒野