4.眠りの覚めたその先に
プロイセンとドイツと住んでいる家。時々ささやかな言い合いや喧嘩はあってものどかな暮らしだった。それがまた昔のように壊れていくような気がした。ある日突然ドイツに別居してくれと頼まれた。突然のその言葉にショックを受けたけれど、仕事に集中したいんだ、なんて真剣な顔つきで言われてしまえば私は口を出すことなんかできなかった。ドイツは真面目に話してくれたし、口調の端々から申し訳なさが伝わって来て、何の力になれない私自身の方が謝りたいと感じるほどだった。プロイセンはドイツの仕事を手伝うということで家に残ることになっていた。それが羨ましくてプロイセンに口を尖らせると、いつものように軽快な口調で応対された。しかしその中になんだか変に神妙な雰囲気があって私は頭を悩ませた。けれどきっと気のせいだろうと思い込んで私は考えるのをやめた。
新しい家はとても閑閑たるところにあった。家はまばらで、あまり人もいない。けれど通りがかった人々はみな温かく挨拶をしてくれた。眺めのいい場所やお店のことも教えてもらって私はどこか緊張していた心が溶けるのを感じた。
プロイセンもドイツもはじめはよく遊びに来てくれた。けれど次第にそれは減り、なんだか嫌な予感がした。その予感が大きくなるにつれ不穏なニュースが耳に入るようになって来た。戦争、またあの悲劇が繰り返されるのかと思うと身体が震えた。久しぶりに訪ねて来たプロイセンに問うたが彼は曖昧にはぐらかし、それから家からあまり出るなと言った。
遠くで銃撃の音がするようになるころには体調が悪くてあまり起き上がれなくなっていた。国のいいところは何も食べなくても大して変わらないことだと薄ぼんやりした頭で考えた。たまに届く宅配便には手紙や果物や可愛らしい服が入っていて私の心を癒した。最後にプロイセンが来た時、戦争は始まっていない、ただゴタゴタしているだけだから心配するな、と言ったことを健気に信じていた。ひどい眠気にまなこを俯かせながら一人ごちた、ドイツとプロイセンを心配する声は誰も反応することなく、空気に溶けて消えた。


-ぼんやりしたままの私が目覚めた時、ふと周りの環境のいつもと違うことに気がついた。急に銃撃の音や何かが壊される音、耳をつんざくような飛行機の音は聞こえなくなっていた。どういうことだろうと体を引きずって窓を開けた。小さな庭には土に汚れ、シワシワになった一枚の紙が落ちていた。薄汚れたそれに手を伸ばし皺を広げていく。それは新聞の号外のようで、ひどく胸騒ぎがした。苦しくなる拍動を感じながら目を滑らせていく。戦争の講和会議。見出しの文字以外は泥に塗れ、どうやっても何も読めなかった。

「っ…!」

胸が苦しくなって震える手でその紙を床に置くと小さく息を吸った。私が綺麗な服を着て寝ている間にあの惨劇がまた繰り返されたのか。何で何も言ってくれなかったの。その想いに胸が支配されて上手く息ができなかった。ひゅうひゅうと喉が鳴り意味のない息が吐き出されていく。視界がぐらぐらして気持ち悪くなった。けれどこんなところで倒れている場合じゃない、その想いだけで重い身体を引きずり上がらせドイツとプロイセンに送られていたお金を手に取って鞄に詰めた。この家に来てからあまりご飯も服も買っていないからきっとお金は足りるはずだ。変に自分の身体じゃないような気持ちでそのままドアを開けて早く鍵を閉めると目的地に歩み出す。近くを通りがかった車を止め空港へ頼んだ。

「お客さん…顔色が悪いですが…」
「大丈夫です…」

窓の反射に映る私は確かに酷い顔をしていた。けれど休んでいる暇なんてない。一刻も早くドイツとプロイセンに会いたいと思った。何も知りたくなかった。けれど知らなくてはならないことだとそう内頬を噛んだ。


-
飛行機を降り街の人々の言葉に耳を凝らす。その情報のままに目的地に向かった。正面の門は厳重な警備がされていて入れそうにもなかった。私はぐるりとその周りの塀を見、小さなドアを見つける。明らかに忘れ去られたようなわかりにくい場所にあったそれにうっすらとした期待を持って手をかけた。ドアノブが嫌な音をしてつっかえる、それを無理やり捻るとガチャンとドアが開く音がした。誰にも見られていないことを確認するとその小さなドアに身体をねじ込む。茂みをかき分けて出たところは裏庭のようなところだった。微かに聞こえる人々の声を辿り会議が行われているであろう場所はある程度予想がついた。残りの警備はどうにかかわすしかない。そんな無茶な作戦で走りだす。突然現れた小さな身体に彼らはおどろき少し躊躇った。昔培った運動神経で抑えようとする手をギリギリにかわし走り抜けていく。重そうなドアの前で捕まってしまうがありったけの声でドイツの名を呼んだ。


-
「なんか外騒がしくないか?」

イラついた様子でイギリスが眉を顰めた。それに賛同するようにドアの奥を見るものが数名。そうしているとノックがされ、お互いが目くばせしたあと許可の合図が出された。ぎぃと開いたドアの奥にいたのは警備に取り押さえられている女の子がいた。それは紛れもなく名前だった。

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徒野