8.さようならの一歩手前で*
「ん…」

冷たくて硬いものが頬に当たっている。寝にくさに身動きするとじゃらりと金属の擦れる音がした。聴き慣れないそれに薄目を開ける。自分の部屋じゃない。そう気づくと眠気は吹き飛んだ。薄暗くてどこだかわからない。夢の続きかと自分の頬を叩こうと思ったが手枷は重く、触れる前にこれが現実だと思い知らされた。

「だれっ!?」

不意に聞こえた遠ざかる足音に声を荒げるが返事はない。ただ自分の声が響き渡って、消えた。どこかの地下室?水が垂れる音が時たま響く。ガチャガチャと手首を動かしても外れそうにはなかった。何分経っただろうか。再びコツコツと足音がした。先ほどとは違う足音。誰かが残っていたようで丁寧な挨拶をしたのが聞こえる。光が近づいた。誰かが持っている灯だ。近づいて、そして、私は彼が誰だか悟った。

「おはよう。やっと目が覚めたみたいだね。」
「ロシア…?!っここ、どこ?!プロイセンは!?ドイツは!?」
「わぁ、朝から賑やかだなぁ。」
「…っ!」

彼はいつものように優しい顔を崩さない。優しい顔をしていたって雰囲気からそんなもの嘘っぱちだとわかるのだからやめたらいいのに。彼は何も質問に答えない。答える気すらないのかもしれなかった。それに加えて今は部屋が用意できなくて…こんなところでごめんね?なんて微笑みかけてくる。それが恐ろしくて不安をかき消すように彼を睨みつけた。

「おっと、そんなに睨まないでよ。ここに来る前のこと覚えてないの?」
「………」
「そんなはずないよね?君はドイツくんに捨てられたんだよ?」

捨てられた?そんな記憶…。そう言おうとしてから自分の記憶をうっすらと思い出す。第二次世界大戦が終わって、ドイツはボロボロで…。また帰ってくるって言って出て行った。それで、彼は帰ってこなくて。でもドイツが私を捨てるわけなんてない。あの、ドイツが。目の前のロシアが冷たく放った言葉を信じたくなくて彼を再び睨み付けた。

「捨てられてなんか…!」
「本当にそう言い切れるの?じゃあなんで君はここにいるんだと思う?」

冷たい声。でも優しくて怖い声。彼は表情を崩さない。なんで、なんて言われても他には何も思い出せなかった。最後に覚えているのはドイツが帰ってこない寂しさ。どうしようもなく悲しくて、それなのに自分にできることが何もない。そんな記憶しかなかっな。でもドイツが負けたことは知っている。また第一次世界大戦の時みたいに莫大な賠償金をかけられていたら…?沢山の土地を奪われていたら…?私みたいなもう存在しない国をドイツが保護する余力も、義務も何もない。ありえないなんて言えるわけなかった。でも私にできるのはドイツを信じることだけだ。ぐらぐら揺れる気持ちに蓋をするように言葉として紡ぐ。

「…捨てられてない」
「ふふ、じゃあそう思ってたらいいんじゃないかな?君はさ」
「……プロイセンは?」

いちいち言い方がかんに障る。でも挑発に乗ったら終わりだ。彼と私との間の距離は縮まらない。彼はこちらを見下して、私は抵抗もできずに見下されていた。すこしでも情報を得ようと銀髪の兄の名前を口にすれば彼は一段と笑顔になる。仲が悪いことは知っていた。だからなんとか情報を引き出せたりしないものかと思ったけれど、彼の答えは自分の予想を破るものだった。

「あぁ、プロイセンくん?プロイセンくんも僕のところにいるよ?」
「っ!?」
「会えないけどね!」

プロイセンはロシアのところにいる。じゃあプロイセンだった土地もロシアに取り込まれた?会えるかも、なんて淡い期待を抱かせて喜ばせてから下げるところ、本当に性格が悪い。じゃあドイツはどこにいるんだろう。ドイツはなくなった?そんなわけない。そもそもプロイセンもここにいるなら私と同じように鎖に繋がれているのだろうか。それとも。

「聞きたいことがあるのかな?僕は優しいから答えてあげなくもないよ?」

にこにこと気分良く彼は笑う。わざわざ近くまで来て私に視線を合わせた。そのわざとらしい態度に苛ついてあえてその視線に噛み付いた。

「…ひどいことしてないよね」
「さぁ?」
「ロシア!」
「そんなに怒らないでよ。《今》は、してないよ。」
「…これからは」

冷や汗が伝う。彼が優しそうな表情をしながら酷い事を平気でするのは私もプロイセンも知っていた。子供みたいなあどけなさで残虐な事をするのが彼だった。それが私が知る彼の全てだった。

「ふふ、君次第、とだけ言っておこうかな」
「酷い…っ!」
「酷くないよ、それにひどいっていうなら君の方が何倍もひどいよね?」
「…なんのこと?」

彼は私の顔に手を触れた。優しい手だ。なのに嘘みたいに冷たい。目の前に彼のスミレ色の目があった。見たら飲み込まれそうな暗さがある。その中には見ていると体の底が冷えるような、飲み込むような闇が垣間見えた。

「忘れたなんて言わせないよ。君と僕の結婚のこと。」
「結婚?!何言って、」
「そう、結婚。ねぇ驚いてるみたいだけど、どうして?」
「どうしてって、そんなの、初めて聞い…」
「違うよ。」
「い″っ…!」

彼の優しい手つきは嘘みたいに消えた。頬にあった指に力が込められて爪が食い込む。それに気を取られていると彼の顔は一段と近くにあって、それに気がつくのは遅すぎた。不意に唇に何かが押し付けられる。逃げようと身をよじるが後ろは壁。なんの意味もなかった。手で彼の体を押しても、離れる気のない彼には無意味に等しい。苦しくて、気持ち悪くて、生理的な涙が瞳に滲んだ。そして、唇が離れて、言いたいことは沢山あるのに何も口からは出てこなかった。ただ彼を睨むように見ることしかできない。ロシアは気分よさそうに笑っている。怖いくらいに。

「ねぇ…あの時約束したよね。僕たち結婚するって」
「…し、しらない…」
「知らないはずないよ。忘れてるだけ。だってはっきり聞いたもん。…ね、そんな震えないでよ。君が忘れてても僕が覚えてるんだから大丈夫だよ」
「ちが、本当に知らな…!」

結婚の話なんて知らない。ロシアは既成事実のように言ってくるけれど、そもそも2人きりでロシアに会ったことなんてなかった。ロシアは彼が一人で決めたわけではないような言い方をしている。まるで私が同意したような…。彼の妄想?けれど妄想だとしてもロシアが私に対して執着する理由は毛頭わからなかった。結婚が本当に約束だったとしても、私の記憶の中には必ずプロイセンが側にいた。プロイセンがそばにいる中で結婚の取り決めなんてするわけない。プロイセンが許すわけもない。辻褄が合わない。

「…まだしらばっくれるの…?まぁいいや。小さい頃のことだし、今は混乱してても仕方ないよね…。あとで思い出すよ、きっとね。…それはそうとして、君は心変わりしてないよね?」
「だから、心変わりも何も…!」
「うるさいなぁ…」
「っ…」

また、怖い雰囲気。ピリピリして、先ほどと比べ物にならない。目を逸らしたいのに、そらせなかった。目が笑ってない。距離が近づいて、彼は吐き捨てるように呟いた。

「やっぱり、昔と変わっちゃったよね。なんでかなぁ…。プロイセンくんのせい?」
「な、に…」
「プロイセンくんと仲がいいって聞いてたけど、実際はどうなの?ドイツくんと兄弟ごっこしてたらしいじゃない。亡国なのに。」
「ごっこじゃない…」

絞り出した声は震えていた。でも兄弟ごっこなんて言われて黙っていられるわけが無い。兄弟じゃなくても私はドイツを本当の弟として見ていた。きっとプロイセンだってそうに違いない。本当の兄弟じゃなかったとしても。嘘に塗れたものだとしても。

「何言ってるの?ごっこだよ。一応兄弟ってことを通したいみたいだけど…。あっ、ねえ、じゃあもちろんプロイセンくんとは何もなかったんだよね?」
「…なんのこと…」
「ドイツくんとも何もなかったって思っていいかな?…お姉さんとして振舞ってるんだからドイツくんとはないよねぇ」
「だから、なんのこと!」
「え、言わなきゃわかんないかなぁ?こういうこと…」
「やっ、ん…っ!?」

両手を片手で掴まれたと思うやいなや、彼の顔が近づいて、先ほどと同じように口付けられた。けれど先と違うのは彼が容赦なく舌をねじ込んできたことだった。口内を犯す他人のぬるい体温に頭がついていかない。彼の舌が歯をなぞって、上顎をつぅと掠める。

「ふぁ……!やっ…!!」

出したくもない声が出て、体が震えた。こそばゆいようなくすぐったいような、それに似ていて、もっと身体の芯に響く感覚。くちゅ、と唾液が絡み合う上品とは言えない音に耳を塞ぎたくなる。すこし上を向かされて、ロシアのなすがままに口内を蹂躙される。彼の手が耳たぶの裏に触れてびくりと体が跳ねた。

「ふふ、ここ好きなの?」
「っ、や、〜っ!!ふ……っ!んむ…」

鼻で息をしていると言っても苦しいものは苦しくて、頭が働かなくなる。耳たぶの裏を触られると身体の奥が蕩けるような気がして今すぐ辞めさせたかった。嫌いな彼に思い出させられる感覚は、不愉快なのに、力の入らない身体に自分自身を嫌悪し不甲斐なさに涙が出そうだ。いいように扱われて、身体に力が入らなくなっていた。ぐったりしたころにロシアは唇を離す。銀の糸がつうっとつたって、それを見たくなくて息も絶え絶えに目を逸らした。けれどロシアがそんなの許すわけもなく、彼の手によって彼の方を向かされる。

「……ふふ、いい顔してる」
「っは……は…」
「ね?こういうことだよ。君と、プロイセンくんが、」
「…っ」
「そういうことしてないの?って聞いてるの。」

プロイセンとのキスを思い出して顔が赤くなるのがわかった。プロイセンとのキスは乱暴で、食いやぶられそうなキス。どうやったってロシアとは違う。ロシアは何がしたいのだろう。

「……」
「で、どうなの?君はプロイセンくんとセックスしたのかって聞いてるんだけど」
「………そんなことしてない」

嘘だった。そういう行為は何回かしていた。初めはお互い、ただの好奇心だ。どんなものなのか知りたかった。ただそれだけの幼くて危うい好奇心。けれど同じ亡国で、ドイツを見守る役目を果たしながらお互いを少なからず好いていたのは確かだった。それが愛に相当するかなんて知らない。国にとって愛が何かなんて永遠にわからないのだから。だからこそ、この関係をロシアに言う気なんか初めからなかった。他の国に対しても。

「へぇ…それなら嬉しいな!」
「…」

信じたらしいロシアにほっと息をつく。結婚がどうのと述べている彼がそれを知ったらどうなるかなんて考えたくなかった。彼のしつこいキスに揺さぶられた頭でもわかる。

「でもね、嘘はよくないなぁ……。」
「……なに、を」

彼は私の手が上手く動かないことを知ってか知らずか異常に距離を近づける。彼を押し除けることは出来ない。こんな距離なのに彼の顔は影で見えない。

「な、なに!?」

不穏な空気にこのままではまずいと本能が知らせていた。抵抗できない事をいいことにロシアは私の太ももに手をかけると押し開くように脚を広げさせる。薄い布一枚の服を着せられていた私は下着なんかつけていなかった。

「っ!?やだっ!やだ、やだ…!ロシアなにっ!?」
「あのね?僕知ってるんだよ。君には口で聞いても無駄そうだから…」
「…なにいって……!?」

彼は私に比べて骨張った指をペロリと舐めると曝け出された秘部の上にある膨らみに容赦なく触れた。

「っやぁ!?!な、なに!?やだっ!やだぁ…!」

ひく、と腰がひけて後ろの壁に当たる。逃げ場はなくてロシアがそこを擦るだけで電流のような刺激が体を駆け巡った。彼の唾液が潤滑油となって苦しいほどの刺激を与えてくる。それだけでなく彼は秘部にゆっくりと指を差し入れてぐち、と卑猥な音を鳴らした。

「こういうのは直接確かめないとじゃない?ねぇ?そう思うでしょ。キスしてちょっと触っただけで濡れちゃって、あんなに嫌がってたのに本当は気持ち良かったんだね。そうでしょ?かわいいなあ」
「なにを…!っひ、ゃ…!!やめて、やめて…!いた、ぁ!!いたい!いたいよ…!」

彼が指を増やし、狭いナカを無理やり広げていく。急な異物に身体は受け入れる準備ができていない。

「ほら暴れないでよ。僕あんまり女の子のこと詳しくないんだから…ここであってるかなぁ」
「やだぁ!!やだやだ!いたい…!やめてっ…!!ぅ…!」
「あのね?暴れるのはいいけど、プロイセンくんがどうなっても知らないよ」
「っ、ひきょう…!!っんぁ……!」
「これで大人しくなられても嬉しくないなぁ…で、血は出てないみたいだけど、どうなのかなぁ…ちゃんと入れたらわかるかな?」
「っは、は……っ、や…やだっ!やめ、!」

きちんと慣らされていない身体でロシアのモノを受け入れるなんて不可能に近い。複数の指ですらこんなにも痛いのにこのままいけば裂けてしまうんじゃないかとすら思った。全身から血の気がなくなっていくのがわかる。そんな私を尻目にロシアはなにも動じずにこにこ笑いながらズボンのバックルに手をかけた。

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。思い出したら…これが愛しいことだって君もわかるから」

意味深な言葉を咀嚼する余裕もなかった。この悪夢が今すぐに覚めて欲しい。そう切に願った。けれど直接与えられる気を失いそうな痛みに、これが夢じゃないことを知りたくないほどに分からされていた。

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徒野