7.
いつのまにかあんなに晴れていた空は暗くなっていた。どれくらい走っただろう。まともに運動していない私の体力なんて高が知れていた。それでも見つかりたくなくて悪あがきに路地裏をよたよたと進んでいく。曲がった先に階段を見つけ私はそこに腰をかけた。疲労は遅れてやってきて立ち上がれそうにない。地面をぽつりと何かが濡らし、手を差し出すと雨だった。屋根のある場所を探す気にもなれず次第に強まる雨にも動かずに座り込んでいる。なんであんなことをあったのか。隠し通すつもりだったのに。雨に混じって塩辛い水が口に入る。泣いたって何も怒らないことをとうにわかっていたというのに。雨音に混じって誰かの足音がする。急ぎぎみのそれは私の前で立ち止まり、影を落とした。

「…先ほどはどういう意味だ」

スイスが怒っているのは確認しなくたってわかる。前から降ってきた声は真面目な声色をしていた。彼は珍しく息を乱して私に問う。泣きじゃくった顔を見られたくなくて私は彼に向き直れない。そうしていると彼は一呼吸置いてから

「お前が好きなのはオーストリアだろう」

と言った。私は彼の言ったことを理解できずつい顔を上げてしまう。彼は困惑したような苦しそうな顔をしていた。なんでスイスがそんな顔するの?

「ちがうよ…」

絞り出すような声だった。彼に届いたかさえわからない。けれどそんな誤解は解かなくてはならない。私は重い身体を立ち上がらせスイスの目を見た。きっとひどい顔に違いない。

「ちがう…私がずっと好きなのは…」
「…どういうことだ!あんなに貴様は我輩を避けていたではないか!」

スイスが私の肩を勢いよく掴んだ。やるせなさを滲ませたエメラルドの瞳が私を責めるように見つめる。行き場のない感情に私はどうしようもなく目を逸らしたいのにそうしてはいけないと思った。私はずっとスイスが好きだった。その気持ちに嘘はない。喉に突っかかっていた言葉を一度出すともう止まらなかった。

「好きだった、ずっと…スイスに見て欲しくて髪も伸ばした!スイスに迷惑かけたくなくて、頑張ったよ…でも…!でも、知ってるから…スイスが私のこと好きじゃないこと、だから…」
「っ……」
「だから…何も聞かなかったことにして…」

雨音が二人の間を遮る。縋り付く私にスイスは何を思っただろう。ただ彼は何も言わずに私をなすがままにさせた。それが地獄のような時間だと思った。私を突き飛ばさないスイスの優しさに喉を締められる。ただ雨の音以外の静寂を割って、静かに彼は一言

「家に帰るぞ」

と言った。


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徒野