6.一線を超える話
彼女との平和な日が続いたのは数日だけだった。それはとても尊くてずっと続くとばかり思っていた。彼女は話している時にどこかぼんやりするようになっていた。
「名前?」
「ん……あ、ごめん…」
「怠い?ベッドに行こう」
前まではそんなじゃないと言っていた彼女だったが否定する元気もないらしい。俺が彼女を抱えるとごめん、とか細い声でまた謝った。
「謝らないで。俺の仕事だし」
「うん……でも、ごめん」
仕事だからと言うと彼女が少し寂しげに目を伏せることを知っていた。けれどそれ以外に言いようがないのだから仕方ない。彼女が遠慮せず俺に言ってくれるのは仕事だからと俺が言っているからだ。所詮俺たちは仕事の関係でしかないのだ。日に日にぐったりしていく彼女を見ながら今日もベッドの脇でペンを走らせる。名前がこんな具合なのに、ロシアさんは最近会いに来ない。彼女の首元のキスマークはもう消えていた。それをいい気分だと思ってしまうのは彼女と俺がどういう関係だと言うのだろう。
-
「っ、名前、!」
今日の名前は朝から具合が悪かった。ベッドから起き上がることすらできない。ご飯は一口も食べれない。彼女の容態を見るために離れられない俺は使用人に氷水とタオルを頼んだ。運んでもらって、冷やしたタオルを彼女のおでこに当てる。彼女は朦朧とした様子で目をうっすら開けるとかぼそくありがとうと囁いた。
ロシアさんは来ない。来るべき彼は来ない。代わりにいるのは俺だった。彼が来ないでほしいとも思った。彼が来たら名前を連れて行ってもう会えない気がした。
「リト、手…つないで…」
「うん…」
彼女の手。白くて俺より小さくて柔らかな手。俺とは全然違う。優しく握ってくる彼女の熱さを、冷ますように握り返した。
「りと…」
「どうかした?」
「…きす、して、」
「………え?」
聞き間違えだと思った。きす、キス?キスって、あの?ふざけているのかと思ったがそんな状況ではない。彼女はひどく苦しそうに息をして熱っぽい、揺れる瞳でこちらを見ていた。俺を繋ぎ止める手はひどく熱く、力ない。小さな口が微かに動く。
「苦しいとき、ロシアにキスされるとすごく楽になったの、だから…」
「だからって、」
「ごめんね、ごめんね、リト…」
くい、と俺からしたら軽い力で引っ張られただけだった。彼女の声を漏らさないようにと顔を近づけていたのがよくなかったか。この時の俺は呆然としすぎてそれに抵抗する力なんて持っていなかった。ふわふわしたものが重なって、溶けるほどに熱くて、それが彼女の唇だと気づいた。開けたままだった目は閉じられた彼女の長い瞼に釘付けられ時が止まったかと思った。
「んっ…!?」
ぺろ、と唇を舐められたかと思うと、隙間から肉感が俺の口内に入り込んでくる。それが彼女の舌だと気づいて俺は離れなくてはならないと思った。思ったけれど、くちゅ、と卑猥な音と、熱い舌に心臓が破裂しそうになり、身体を動かすことができない。
「ん、んぅ…」
「っは、」
ちゅうちゅうと俺の舌をねだって、絡み付いてくる彼女に頭が馬鹿になると思った。俺の手はいつの間にか彼女の身体に触れていて、やわらかいそれにひどく興奮した。周りの音は耳に入らなくて、ただ彼女だけが存在していた。
どちらともなく唇を離すまでにどれくらいの時間が経ったのだろう。銀の糸がつぅ、と伝った。彼女がゆるりと目を開いて、熱っぽい瞳が俺を確かめるように揺れた。それがあまりにも可愛くて、衝動的に俺は彼女に覆い被さり、ベットに押しつけた。止められるわけがなかった。彼女は驚いたように少しだけ目を見開いたけれど、俺が再び口付けるとそれを受け入れるように瞳を閉じた。いけないことだと何回思っただろう。でも熱に浮かされた彼女の瞳が忘れられなくて俺は貪るように幾度となくキスを繰り返した。彼女の手を組み敷いて、シーツに押しつけた。じっとりと汗が滲んで、溶けるんじゃないかと、そう思った。
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徒野
「名前?」
「ん……あ、ごめん…」
「怠い?ベッドに行こう」
前まではそんなじゃないと言っていた彼女だったが否定する元気もないらしい。俺が彼女を抱えるとごめん、とか細い声でまた謝った。
「謝らないで。俺の仕事だし」
「うん……でも、ごめん」
仕事だからと言うと彼女が少し寂しげに目を伏せることを知っていた。けれどそれ以外に言いようがないのだから仕方ない。彼女が遠慮せず俺に言ってくれるのは仕事だからと俺が言っているからだ。所詮俺たちは仕事の関係でしかないのだ。日に日にぐったりしていく彼女を見ながら今日もベッドの脇でペンを走らせる。名前がこんな具合なのに、ロシアさんは最近会いに来ない。彼女の首元のキスマークはもう消えていた。それをいい気分だと思ってしまうのは彼女と俺がどういう関係だと言うのだろう。
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「っ、名前、!」
今日の名前は朝から具合が悪かった。ベッドから起き上がることすらできない。ご飯は一口も食べれない。彼女の容態を見るために離れられない俺は使用人に氷水とタオルを頼んだ。運んでもらって、冷やしたタオルを彼女のおでこに当てる。彼女は朦朧とした様子で目をうっすら開けるとかぼそくありがとうと囁いた。
ロシアさんは来ない。来るべき彼は来ない。代わりにいるのは俺だった。彼が来ないでほしいとも思った。彼が来たら名前を連れて行ってもう会えない気がした。
「リト、手…つないで…」
「うん…」
彼女の手。白くて俺より小さくて柔らかな手。俺とは全然違う。優しく握ってくる彼女の熱さを、冷ますように握り返した。
「りと…」
「どうかした?」
「…きす、して、」
「………え?」
聞き間違えだと思った。きす、キス?キスって、あの?ふざけているのかと思ったがそんな状況ではない。彼女はひどく苦しそうに息をして熱っぽい、揺れる瞳でこちらを見ていた。俺を繋ぎ止める手はひどく熱く、力ない。小さな口が微かに動く。
「苦しいとき、ロシアにキスされるとすごく楽になったの、だから…」
「だからって、」
「ごめんね、ごめんね、リト…」
くい、と俺からしたら軽い力で引っ張られただけだった。彼女の声を漏らさないようにと顔を近づけていたのがよくなかったか。この時の俺は呆然としすぎてそれに抵抗する力なんて持っていなかった。ふわふわしたものが重なって、溶けるほどに熱くて、それが彼女の唇だと気づいた。開けたままだった目は閉じられた彼女の長い瞼に釘付けられ時が止まったかと思った。
「んっ…!?」
ぺろ、と唇を舐められたかと思うと、隙間から肉感が俺の口内に入り込んでくる。それが彼女の舌だと気づいて俺は離れなくてはならないと思った。思ったけれど、くちゅ、と卑猥な音と、熱い舌に心臓が破裂しそうになり、身体を動かすことができない。
「ん、んぅ…」
「っは、」
ちゅうちゅうと俺の舌をねだって、絡み付いてくる彼女に頭が馬鹿になると思った。俺の手はいつの間にか彼女の身体に触れていて、やわらかいそれにひどく興奮した。周りの音は耳に入らなくて、ただ彼女だけが存在していた。
どちらともなく唇を離すまでにどれくらいの時間が経ったのだろう。銀の糸がつぅ、と伝った。彼女がゆるりと目を開いて、熱っぽい瞳が俺を確かめるように揺れた。それがあまりにも可愛くて、衝動的に俺は彼女に覆い被さり、ベットに押しつけた。止められるわけがなかった。彼女は驚いたように少しだけ目を見開いたけれど、俺が再び口付けるとそれを受け入れるように瞳を閉じた。いけないことだと何回思っただろう。でも熱に浮かされた彼女の瞳が忘れられなくて俺は貪るように幾度となくキスを繰り返した。彼女の手を組み敷いて、シーツに押しつけた。じっとりと汗が滲んで、溶けるんじゃないかと、そう思った。
徒野