7.届かない話
幾度となくキスをして、唇を離した時、彼女はか細い声でありがとうと呟いた。それから瞳が閉じられてその後に聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。顔色はさっきよりも明らかに良くなっていて俺はほっと安堵のため息を吐き出す。彼女の華奢な体の上から退きつつ、先ほど自分がした行為を思い出して頬が尋常ではなく熱ったのが自分でもわかった。恥ずかしさから手で顔を覆う。穴があったら隠れたいとはこのことかと思った。流れとはいえ何してるんだ。ロシアさんにバレたらただじゃおかれない。ゾッとしながらも、覆った手の隙間から見える彼女に頬が緩んだ。かわいかった、かわいかったなぁ…と胸がきゅうとしめつけられた。それでも、それでもだ。俺は彼女が健康でいてくれたらそれでいいとそう思う。俺のものにならなくても、彼女が笑って、幸せな日々を過ごしてくれたらそれでいいのだ。それが難しくなった今だからこそ、そう強く思った。彼女が寝ているうちに今日分の書類に書き込んでいく。流石にキスをしたなんて書けないからそこは誤魔化した。それにしてもロシアさんが来る前は体調が悪くて、来た後は体調がいいなんてひっかかるところがある。それにキスをしたら体調が良くなるなんて彼女の発言。考えることは憚られるけれど、ロシアさんが彼女に会って連れていく日はきっとキスをしているし、その先だってしていると思った。それに彼女は実際、俺がキスをしたら体調が落ち着いた。ただそういう体質なのかもしれない。けれど俺にはそんな単純な問題に思えなかった。


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「ロシアさん」
「ありがとう…?」

書類を彼に手渡しながら俺はその書類を握ったままだった。ロシアさんの目がこちらに向く。冷たい目だった。けれど奥底で不安げな揺れが見えた気がする。ぐ、と彼が書類を引っ張る。俺は手を離さなかった。離せなかった。

「リトアニアくん?」
「………名前は普通の状態じゃないですよ」
「…」

彼の瞳が動揺したように見えた。けれど次の瞬間にはいつも通りのロシアさんだった。俺は手を離し、ロシアさんの手に書類が渡る。彼と俺の間には壁がある。俺と彼は決して交わらないと感じさせるような、遠い、

「彼女が何なのか俺にはわからない。でも、このままじゃ…」
「…わかってる、わかってるよ」

ロシアさんの答えに俺は耳を疑った。項垂れるような声。伏せられた目。ロシアさんは何かに苦悩しているようだった。俺は息を呑んで、ロシアさんに声をかけようとした。

「帰って」

けれどそれは彼には届かない。俺は拳をギュッと握って彼に背を向けた。失礼しますという声が空虚に響いて、ひどく胸を刺した。

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徒野