9.出会う話
次の日から俺は名前に会えなくなった。当たり前だ。ロシアさんにあんなこと言って拷問でもされるんじゃないかと身構えてすらいた。それに反してただ俺に伝えられたのは名前の監視任務の解約と普段の業務に戻れというそれだけだった。拍子抜けしながら言われた通り俺は仕事場に向かった。この道をずいぶん長く通らなかった気がする。

「おかえりなさい、リトアニア…」
「相変わらずの仕事量だね…」

自分の机に積み上げられた書類の束を懐かしくさえ感じる。隣の席のエストニアは心なしかぐったりしている気がした。

「俺がいなくなって大丈夫だった…?2人でこの量は流石に…」
「あ!それなら…」
「ラトビア…!」

ラトビアが答えてくれそうだったのにエストニアが遮る。不思議に思ってエストニアの方を向くと彼はバツが悪そうな顔をしてから答えた。

「…プロイセンがあなたの代わりに仕事してましたよ。ぶつくさいいながらね」
「っプロイセン!?!」
「「うわっ!」」

急に大声を出した俺に2人はびっくりする。書類がバサバサ落ちる音がして静かな声で謝った。今ソビエトにはプロイセンがいるのか?冷静に考えてみればドイツ領の名前がソビエトにいるのだからプロイセンがここにいても何もおかしくはなかった。

「今は…どこにいる…!?」
「最近来なくなってしまいました。リトアニアと入れ替わるみたいに。…それにしてもリトアニアはプロイセンが嫌いじゃなかったですか?」
「…それは今も嫌いだよ」

プロイセンは嫌いだ。昔にされたことを忘れたわけじゃない。でも今名前に何かしてやれるのはプロイセンだけだ。

「…ごめん。少し探し物ができたみたい。少しだけ抜けるね、仕事はちゃんとやるから」
「えっ、リトアニア!?」

エストニアの驚いた声を後ろに聞きながら俺は部屋を飛び出た。プロイセンがいるならこの状況が変わるかもしれない。
名前がどうなるのか、それだけが俺は心残りだった。


-
何も知らずに飛び出してきたもののプロイセンがどこにいるかなんてわかるわけがなかった。けれど今まで生活してきて俺はあいつに一度も会っていない。だから自分の部屋、名前の部屋そこまでの道で通らない場所だろう。闇雲に探したって仕方ない。そうは思いつつも俺は酷く焦燥感に駆られて彼の名を大声で呼びつつ室内を歩く。会えるわけがない。そうは思いたくなかった。何分歩いただろう。いや何時間もかかっていたのかもしれない。やっぱりそう都合良くは会えない。2人の仕事が終われば優しい彼らは俺の分にも手をつけてしまうかもしれない。今日は帰ろうと悔しさに下唇を噛み締めていた時だった。

「おいおい、すげー俺様のこと呼んでなかったか?」
「っ、!プ、プロイセン!!!」

相変わらずむかつく顔。ニマニマした顔に見つけた達成感より苛つきが押し寄せてきて俺は不愉快な感情を顔に出した。それより彼に聞かなければならないことがある。

「お前、今名前がここにいることは知ってるの!?」
「……!なんでお前が」
「知ってるのか!!じゃあなんで助けに行かないんだ!!名前は、名前は…!!」

名前がここにいることを知っていてヘラヘラしていたプロイセンが許せなかった。怒りで声を振るわせるとプロイセンは静かに部屋に入ろうぜと言った。キッと睨みつけた俺にプロイセンは廊下で騒いだらロシアがくるかもしれないだろと至極真っ当なことを言う。言われたらそれもそうで俺は不服ながらもプロイセンの部屋に入った。俺と同じで簡素で最低限の部屋だった。

「…名前は今どうだ?」
「どうって…知らないの。名前は記憶を失いかけてて具合が悪くて起き上がれもしない。国じゃなくなってるよ」
「はぁ!?」

ガン、とプロイセンが机に手を乗せた。ヘラヘラしていた態度は一転して酷く動揺していた。

「なんだよそれ!!」
「俺だって知らないよ!名前が国だって気づいたのは最近なんだ。どうしたら治るかなんてわからない。ただドイツに返せばマシになるとは、思う」

プロイセンは飲み込めていないようだった。ただ力なくそう、かと呟いて視線を下に落とした。

「…どうして名前がここにいることを知ってるのに何もしなかったんだ」
「……」
「おい!」
「こんなことになるなんて、思ってなかった、んだよ。今思えばロシアの言うことを信じた俺様が…馬鹿だったぜ」

プロイセンの瞳は揺れていてそれが嘘でないことを明に示していた。

「何、言って」
「今日は帰ってくれ。明日もここにいるはずだ。仕事が残ってるだろ?俺様もだけどな」

プロイセンが乱雑に指を向ける先には俺と同じように積み重なった書類があった。プロイセンが言いたいのは仕事が終わらなければロシアに勘ぐられると言うことだろう。話したいことは山ほどあるがプロイセンの言うことは真っ当で俺は口をつぐみ、それからわかった、と返事をした。

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徒野