友として思うこと
練習を終えた凪は、鼻唄を歌いながら河川敷を歩いていた。その手には重そうな買い物袋がある。
叔父と二人暮らしの凪は週に一、二回、食事を作る決まりがあった。先週は特例として免除されていたが、今週からは疲れていても作らなければならない。そのために商店街まで寄り道をしていたのだった。
すると、ボールを蹴る音が彼女の耳に届く。
「あれ、もうサッカー部も終わり……だよな?」
音のした方へ、小走りで向かう。そこには、一心不乱にゴールポストへとボールを蹴り続ける染岡の姿があった。
「染さん……?」
周りには他のサッカー部員の姿は見えない。円堂辺りはいそうなのに、と不思議に思いながら凪は近くの自販機へと足を向けた。
凪は小遣いの入ったガマ口の財布から小銭を取り出し、スポーツドリンクを二本購入する。出てきたばかりで冷たい缶を買い物袋の中に投げ込み、彼女は染岡の元へと向かった。
「おーい!染さん!」
少し離れた所から大声で呼び掛けると染岡の不機嫌そうな視線が彼女に向けられる。足元のサッカーボールと着ているユニフォームが無ければ、ガラの悪い不良にしか見えない。
染岡も声を掛けてきたのが凪であるのを認めると少し視線を和らげた。
「……鳴海かよ」
「なんだよ!せっかく差し入れ買ってきたのにさ!」
先程購入したスポーツドリンクを一本、染岡に向かって放り投げる。弧を描いて飛んだそれは、上手いこと染岡の手の中に収まった。
「……悪ィな、鳴海」
染岡は額の汗を拭い、その場に胡座をかいた。まだ冷たいそれを一気に呷る様を見ながら、凪は近くの草の上に腰を下ろし、自分も缶のプルトップに指を掛けた。
「あれじゃ、オーバーワークで壊すよ体」
「うるせェよ!」
地面に叩きつけられた拳が地表の乾いた砂を僅かに巻き上がらせる。
「こんなシュートじゃだめなんだよ……!チクショウ……!!」
悔しげに歯を食い縛る染岡の姿に、凪は漸く朝からの苛立ちの理由を悟った。
「豪炎寺のあのシュートか……」
ぼそりと呟くと苛立った視線が再び凪に向けられる。その分かりやすさに、凪は染岡らしいな、と思った。
「……テメェもどうせ豪炎寺がいればいいと思ってんだろ」
周りへの苛立ちと、自身への苛立ち、嫉妬と入り雑じった言葉がドスの効いた声で投げ掛けられる。しかし、彼女は何処吹く風と言ったように涼しい顔で受け流し、ごくりと一口ドリンクで喉を潤すと、缶から口を離した。
「いや。思わないよ」
落ち着いた声音で凪は染岡に語り掛ける。夕陽の眩しさに目を細めつつ、手元で缶の曲線をなぞりながら染岡を真っ直ぐに見据える。
「スゴく技術がある人と、チームに信頼されるかは別問題だしね」
チームプレイのサッカーと一人で戦うことが主な競泳は違うからさ、と彼女は付け足す。
確かに一人、エースと呼ばれる人がいれば勝つことはできるかもしれない。けれど、その一人に掛かりきりになれば、いざといった時大変なことになる。水泳、特に競泳という世界にいたせいか凪はそれが身に染みていた。
水泳でもリレーならばチームとの連携が求められる。その中でもやはり必要なのは信頼だ。実力だけよりも、いかに息を合わせバトンタッチするか問われる。
それよりも遥かに複雑なサッカーではボールを繋ぐためにはより綿密な信頼関係が求められている。
凪も勿論、豪炎寺の実力は認めていたが今、彼にパスを渡せるほど信頼しているかと問われれば、答えは「NO」一択しかない。
「それにさ、個人的にだけどアイツ苦手なんだよね!面倒な感じするから」
凪の答えが意外だったのか染岡が目を丸くした。
「まぁ、そりゃあ勝つためには気に食わなくても手を組まなきゃいけないかもだけどさー」
合理的に考えるならばビジネスライク的な関係は問題無いだろう。けれど雷門の、円堂の率いているサッカー部にはその気質には向いていない。
「お前でも苦手なヤツとかいたんだな……」
「え、なんでそんな驚かれてるのか意味が分からないぞ、染さん」
染岡の驚きに凪は心底解せぬと全身で表現する。彼女としては自身の見解を述べただけであり、驚かれるのは全くの予想外だったのだ。
「鳴海は本当に変なヤツだよな」
「何だよ!変って!」
遺憾の意だ!!とオーバーな身振りで訴える。
その姿を見た染岡の少し肩の力が抜けた。苛立ちの時に感じる空気の悪さも随分マシになっている。
よし、と頷くと凪は立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ私は帰るよ!染さんも程々にな!」
「ああ。その……悪かったな、鳴海。お前も色々大変なのによ」
「隣の席のよしみってやつさ!気にするなって!」
スカートに付いた草を払い落とし、満足げに彼女は帰路に付こうとした。その時。
「おい、鳴海!」
染岡がその背を呼び止めた。
「どうかした?」
「今度の練習試合見に来いよ!雷門のエースストライカーは俺だって証明してやるからよ!」
染岡はいつも凪がやるように自慢げに胸を張り、親指で自身を指差した。そのポーズに今度は凪が目を丸くした。それから小さく吹き出すと、ニッと歯を見せ笑う。
「OK!楽しみにしてる!」
心底楽しみだという声色の凪に「おうよ!」という染岡の逞しい返答が届く。そのやり取りに二人して笑うのだった。