いざ敵地へ

合同練習先が、突然帝国学園に変わるというハプニングがあったものの、無事にその日はやってきた。

「それじゃ!行ってくるよ染さん!」
「おう!負けんじゃねぇぞ、鳴海!」
「あったり前だよ!」

あの河川敷での会話から数日、サッカー部内でも何かあったのか、染岡の機嫌は頗る良かった。親指を立てサムズアップする凪の背中を勢いよく叩くと、染岡は彼女と同じように親指を立てる。
凪は荷物を持つと、駆け足で校門に向かう。

「鳴海!頑張れよ!」
「おうよ!」
「凪くん!気を付けてね!」
「うん!ありがとう!」

次々と掛けられる声援に凪は手を振り駆け抜ける。

「おーい!お待たせ!」
「おせーぞ鳴海!一番最後だぞ!」
「うわっ、それは悪い!取り敢えず、時間も時間だから行くぞ!」

手早く部員を数え、全員がいることを確認すると、凪は顧問の隣に並んだ。顧問もそれを確認し、頷くと駅に向かって歩き出した。

※※※

電車に乗り、20分ほどたった頃、一つの建物が見えてきた。
物々しい風貌の建物は帝国学園の校舎だ。思わず、彼らは生唾を飲み込む。

「あれが……帝国学園、か……趣味悪いな」
「鳴海、その感想間違ってね?」
「え、いやだってそう思わない?え、悪いの私?」
「そのマイペースさはお前の強みだけどさ……」
「な、なんだよ!!その生暖かい目は!!」

やれやれ、という同輩からの視線に凪は立ち上がって抗議する。
少し彼女の気が抜けているのは、今日行われる合同練習が帝国学園の外部施設だからだろう。詳細の連絡が来た際に規模の違いから、遠い目をしていたが、本校舎、つまりはサッカー部が幅を効かせている場所から遠いことに気付き、部員を安心させるための理由になると考えたのだ。完全に気を抜くわけにはいかないが、それでもサッカー部から離れられるということは彼女にとって安心できる材料だった。
最寄り駅で降り、そこから更に数分歩いたところに目的地はあった。本校舎同様に物々しい雰囲気だが、まだ幾らかましである。
入り口では案内役の生徒が待っていた。その生徒に先導されながら建物内を進むと、待合室のような場所に出る。そこには見覚えのある顔がいくつか並んでいた。その内の一人の姿を認めると、凪は顔を歪ませる。

「うわ……なんかガン見してる」
「耐えろ鳴海。カッコ良く決めるんだろ?」
「う"……」

凪が現実逃避をしかけたその人物は、帝国学園水泳部の部長であり、彼女が個人的に苦手としている相手だった。名は『川俣 辰彦』。彼女の"自称"ライバルだ。「自称」とついている通り、凪自身は全くそんな事は言ってもいないし認めてもいない。ただ一方的に宣言されているだけなのだ。
川俣も凪の姿を認めると、目を爛々と輝かせた。

「よく来たな!我がライバル!鳴海凪よ!」
「あー、うん……キョウハヨロシクオネガイシマス」
「何故片言なのか分からないが!!さぁ!!最速を決める時だ!!」

暑苦しい側の人間だという自負は凪にはある。身近に円堂という熱血サッカー馬鹿もいたし、全く嫌いというわけでもない。むしろ好ましく思ってはいたが、川俣だけは本当に苦手に思っていた。

「では更衣室に案内しよう!さぁ!来るが良い!」
「アリガトウゴザイマス……」

死んだ顔のまま部員に合図を出すと、川俣の背に続いて歩き出す。すると、川俣が「そうだ」と凪を振り返った。

「本日、見学者がいるが問題はないか?」

見学者?と予想外の言葉に凪は目を瞬かせる。いつもであれば、大会用の慣らしになるから、と即決してしまうのだが、今日は場所が場所だ。ちらりと横目で嶋田と雪野を見る。彼らも少し困惑気味だったが、小さく頷く。それを見ると凪は川俣の方を向いた。

「構わない。あ、でもあまり多いなら遠慮したい」
「それは問題ない。見学者は三名だからな」

三名、と凪はサッカー部かと疑うが、けれどただ、水泳に興味があるだけの人間という考えも捨てられない。何せリンチをしに来たにしては少なすぎる人数だ。水泳部、全体の人数が25人であることを考えれば人数比から違う可能性が高いと分かる。
見学者の詳細は聞いて良いものか、と悩んでいると川俣が「アイツらだ」と前方を指した。
凪も背中からそちらを窺う。そして大きく目を見開いた。

「っ……!!」

凪は部員達よりも二歩、前に進み出ると彼らと対峙した。部員達を背に庇うように立った凪に彼らも以上事態だと察したのだろう。ピタリと足を止めた。その中でも、近くであの試合を見ていた部員には、何故凪がそんな行動を取ったのかはっきりと分かった。

「サッカー部関連で何か因縁でも付けに来たのか?キャプテンさん」

凪が鋭い視線を向ける先。
そこには帝国学園サッカー部キャプテン、鬼道と佐久間、源田の姿があった。