対立
部員を背に庇いながら、凪は目の前の三人を睨み付ける。顔にはいつもの穏やかさや親しみやすさは一切無く、鋭い瞳には敵対者への明確な敵意、警戒が籠められている。
「我が校の部活動の様子を見に来ただけだ。お前らに何かするつもりは更々無い」
鬼道の言葉に、疑うような視線を向けたまま凪は口を開いた。
「……なら此方には不用意に近付かないでもらえるか。悪いが帝国のサッカー部は信頼できないんでね」
今の彼女には部員の身の安全を保証する義務がある。ここに来る選択をした責任を全て背負う、それが部を纏めるものとしての在り方だと考えているからだ。
「もし、部員に何かするようならこちらもそれなりの手段に出させてもらうよ」
二度目は無いから、と付け加え凪は口を閉じる。
勿論、実際に何かできるような権力は凪にはない。ハッタリにしかすぎないが、もし何かされたなら、それぐらいのことはしてやる気持ちはあった。
「っお前此方が黙っていれば!」
「止めろ、佐久間」
控えていた佐久間が声を荒げ一歩前に進み出たが、それを鬼道が制す。源田も佐久間の肩に手を置き、押さえると彼は苛立たしげに顔を歪めた。
「先程も言ったように帝国水泳部の様子を見に来ただけだ」
「ふぅん……」
言外にそれ以外もあるんだろう、と凪は言葉に含ませる。
すると、鬼道は凪の真正面に立ち、彼女のみに聴こえるように言った。
「そう吠えるのも程々にした方が良いぞ。前回のように『口だけに』なるからな」
凪が唇を噛み締めたのを見ると、鼻で笑い鬼道は水泳部に背を向け歩き出した。その後に続いた佐久間は舌打ちを溢すと源田と共に歩き出す。
凪は鬼道の最後の言葉に試合でのやり取りを思い出す。奥歯を噛み締め、つい思いのままに動きそうになるが、今はその挑発に乗るべきではないのだと、理性をもって行動を抑え込む。
唇を真一文字に結び、堂々と立ったまま視線は反らさずにその背を見送る。
鬼道達の姿が視界から消えると凪は一気に息を吐き出し肩の力を抜いた。その劇的な変化に部員達はギョッとしたもののすぐに駆け寄った。
「……鳴海!?」
辛うじて立ってはいるものの、くったりと背を丸め左右にゆらゆらと揺れる凪の肩を嶋田が掴む。すると勢いよく凪が上を向いた。
「疲れたー!!」
その顔に先程までの険しさはすっかり無くなっていた。声も険しさのあるものではなく、いつもの明るいトーンに戻っている。
そのことに雪野や嶋田、他数名は安堵の息を漏らす。
「お疲れさん、『部長』」
「……おうよ」
嶋田の労いにぶっきらぼうに返す凪の様子に数人が小さく笑う。するとその背中に三馬鹿達が押し掛けた。
「つーかさ、鳴海!お前あのドレッドゴーグル野郎とか眼帯、煽ってたろ!」
「そうだぜ!?焦ったんだからな!!」
「このゴリラめ!!此方はお前みたいに心臓が鋼鉄じゃねぇんだからな!」
「え、煽ってた?」
ことり、とわざとらしく首を傾げる凪の背に一発ずつ平手が入る。彼女は痛みに一瞬顔を歪めたものの、顔を見合わせるとクスクスと笑いあった。
「仕方ないだろ!特にあの眼帯、こないだ顔面にボール入れてきたやつだし!!」
再び試合での悔しさを思い出したのか、凪がその場で足を踏み鳴らすと嶋田と雪野がどうどう、と宥める。
「あー、落ち着け、な?」
「そうそう、落ち着いて、凪くん」
「くっそう……プールにいたなら水に引き摺り込んでやるのに……」
「サラッと怖いこというのやめろよ!!?」
すると突然それまで黙り込んでいた川俣が「鳴海!」と声を上げる。驚いて二、三度目を瞬かせる凪達に向かい、川俣は胸を反らしながらビシリと人差し指を突き付けた。
「貴様!!この俺から逃げる気か!!」
「は……?」
情けなく口を開いたまま固まる水泳部の面々に向かい、川俣は声を張り上げる。
「サッカーに目移りし!!水泳から手を引くという噂は本当だったのか!!」
「いや、待てよ。意味が分からないぞ」
スン、と真顔になった凪は手を上げツッコミを入れる。川俣に対して他の帝国水泳部がツッコミを入れていないのは慣れているからなのか、諦めているのかどちらなのか分からない、無表情のまま部長をやりたい放題させている部員を横目に凪は川俣と向き合う。
「本当に何なのさ……!」
「鳴海!貴様先日までサッカー部にいたらしいじゃないか!好敵手である、この俺から逃げたのか!?答えろ鳴海!!」
「鳴海の顔が今までに見たこと無い程死んでる……!?」
正確には意味が分からない理論を展開されたため、思考が追い付いていないだけである。後は先程までの鬼道とのやり取りとの温度差もあるが。
「もうやだ……雷門に帰りたい……」
「……お疲れさん、部長」
「嶋ちゃん!!何とかしてくれ!!」
切実な凪の叫びに嶋田は同情を返すも、然り気無く彼女を前に押しやった。嶋田も川俣には極力関わりたくなかったのだ。
お蔭で彼女のトレードマークの一つである、下の方で結ばれた短めの髪が不思議と元気無さげに垂れて見えた。
「貴様がサッカー部に移動したと風の噂で聞き、態々それを確認するために合同練習を捩じ込ませてもらったのだ!さぁ!答えろ!」
「サッカー部のせいだけど!!なんか違ったよ!!」
心からの叫びだった。
先程、鬼道と対面したことでサッカー絡みで何かされるに違いないと凪は確信を抱いていた。
だが、この川俣が言ったことが事実ならば部員に手を出されることはないだろう。けれど、その心配はなくなったが、代わりに何とも言えない気持ちが彼女の胸に広がる。今回のこのことはサッカー部のせいでもあったが、凪自身のせいでもあったのだから。何が原因かと問われれば、運が悪かったのだ、としか言えない。
そうなってしまえばもう"仕方の無いこと"だ。凪は溜め息を吐くと頭を振るい切り換える。
面倒なことは忘れて全力で泳ぐだけだ、と。
「私が水泳から逃げたかどうかは泳げば分かるよ」
にやり、と相手を挑発する笑みを浮かべ腰に手を当てる。それを見るなり川俣は満足そうに笑った。