エンカウント

白熱したリレーに決着も付き、無事合同練習は終了した。片付けも着替えも終わらせた雷門中水泳部は疲れた身体を引き摺りながら駅へと歩く。

「しっかし、今日は特に疲れたな!」

嶋田の言葉にゲッソリとした凪が同意を示す。

「ホントにね……河俣のヤツ、ライバル宣言撤回するどころか、また合同練習申し込むみたいなこと言ってたし……」

リレー勝ったのに!と苛立つ凪は手近にいた畠山にヘッドロックを決める。慌てて三馬鹿の残り二人が畠山が落ちる前に腕を外そうと奮闘するが、細いというよりも引き締まっている凪の腕の力が彼らの予想よりも強く、中々緩まない。畠山も顔を青くしながら「ギブ!」と叫んでいるが、緩むことはない。
それを見ていた雪野と嶋田が乾いた笑いを溢した。

「鳴海、そこまでにしておいてやれよ」
「はーい」

解放された畠山はぜぇはぁと息を吐き、三野と永瀬、二人の肩に腕を乗せ凭れ掛かる。練習で体力が尽きていたこともあるのだろう。
一方で凪は体力が回復しているのかそこそこ元気そうだ。
すると凪は畠山が鼻水を垂らしているのが見えてしまった。

「おーい、畠山。鼻水出てるぞ。カッコ悪いぞ」

返事はない。「仕方無いな」と彼女はティッシュを取り出そうとバックを開いた。適当に物を詰めこんでいるせいかごちゃごちゃな中身を漁り、目的のティッシュを探す。その時、妙な違和感を凪は覚えた。
だが、理由は分からない。

「お、あった!はい、畠山。ティッシュやるから鼻水かめよー」

ティッシュを渡し、もう一度バックの中を見る。そして凪は気付いた。
下着の予備を入れている袋が無いことに。
スッと顔から赤みが抜け青みを帯びていく。

「おい、鳴海?」
「……嶋ちゃん、ヤバイもの忘れてきた」
「忘れ物か?」

凪はバックを抱き締め頷く。
あまりの様子に誰もが真剣な顔になった。

「何忘れた?」

嶋田が凪の肩に手を置いた。するとボソボソと彼女は呟く。上手く聞き取ることができなかったため、嶋田は再度凪に問い掛ける。
凪は数秒間停止していたが、小さく口を開いた。

「……下着」

辺りに沈黙が横たわる。
最初に復帰したのは同性の雪野だった。

「確認だけど、今は履いてるんだよね?」
「履いてる!でも、予備のをロッカーに忘れてきたみたいでさ……」

流石に男子部員達は何も言わずにソッと目を反らす。同じ水泳部の下着を見た程度では照れることは無いが、ノーパンかもしれないという話を堂々とされるのは、かなり恥ずかしかった。
凪としては苦手なヤツのところに下着を忘れてきたことが引っ掛かっているらしい。顧問に向き合うと手を合わせ、取りに戻りたいと直談判し始めていた。

「先生!頼む!」
「ま、まぁ……その辺りはな……仕方無いよな」

気を付けてな、と顧問の了解を得るなり、嶋田達の声も聞かずに凪は来た道を走って引き返していった。

※※※

「良かった……!」

凪は今度こそ鞄の中にしっかりと仕舞われた下着を確認し、息を吐く。下着の予備を持ち歩くのは時折水着を着たまま登校することがあるからだ。その際には下着は着けないため別個に持っていく。が、たまに忘れることもある。そうなると下着を着けずに過ごすことになってしまうため、それを防止するのにバックに必ず一組は入れていた。
凪はわざわざ開けてくれた施設の人間に頭を下げ、一歩外へと踏み出した。
と、

「あ」

と口をあんぐり開け、立ち止まった。彼女が見つめる先、そこには同じように足を止めた佐久間と源田がいた。

「帝国のキャプテンのいそぎんちゃく……」

ぽろりとこぼれ落ちた言葉に二人は顔をしかめた。凪と遭遇したこともあるが、明らかに聞こえた間違いがあったからだ。

「……もしかして、言いたかったのは腰巾着か?」

怪訝そうな源田が控え目に訊ねると、凪が「あ、それだ!」と間違いを認める。
鬼道にメンチを切っていた人物とは思えない程間の抜けた声に源田は頬を引き吊らせた。
一方佐久間はそんな凪を鼻で笑った。先程止められたことの鬱憤も合ったのだろう。

「お前日本語もまともに使えないのかよ」

嫌味ったらしく言い放つ佐久間に凪が顔をしかめる。

「ことわざとか、熟語とか苦手なだけだ」

お互いに退く気は無く、睨みあっている。
それぞれ気にする存在が無いのもあるだろう。だが、今いるのは帝国の施設の入り口。けれど、ほぼ校外といっても良い場所だ。他の人間の往来も見られる。現にちらちらと通行人の視線が向けられている。
唯一、この場でストッパーとして動けそうな源田は溜め息を吐くと、二人の間に割って入った。

「そこまでにしておけよ。それに、校外で騒げば面倒になるのはお互い様だろう」

嗜められると凪は不服そうに、佐久間は見下した表情で互いに距離を取った。
険悪感が空気は漂う中、凪の携帯が鳴る。
着信元を確認すれば顧問と表示されていた。何も連絡が無いのを心配してのことだろう。
引き際だな、と察した凪は携帯を握り締めると空いた片手で佐久間達に指を突きつけた。

「今日は帰る」

そこで言葉を区切ると、彼女は一つ息を吸った。

「でもな!円堂達はお前らに負けない!あんな楽しくないサッカーをやるお前らには!絶対の絶対的に!」

それだけ!じゃあな!と言うだけ言って、凪は走り出した。