拉致誘拐説教

帰りのHRを終えた直後の教室は賑わっていた。今日も今日とて部活に精を出す凪は鼻唄を歌いながら荷物を纏める。目下の不安であった合同練習が終わったこともあり、かなりの上機嫌だ。すると。

「鳴海ー!後輩来てるぞー!」

教室の出入口付近にいた生徒が手を振り凪を呼ぶ。分かった、と返すと彼女は荷物を肩に掛け向かった。
水泳部の後輩だろうか。それなりに交友関係が広いため絞りきれないが、部活に向かう今の時刻を踏まえると一緒に部活に行こうと誘いに来たのかもしれない。しかし凪が向かうと、そこにいたのは予想外の人物だった。

「……音無…さん?」

赤いフレームの眼鏡を掛け、興味深そうに辺りを窺っていたのは新聞部の音無春奈だった。
帝国との試合の際に話したっきり、二人は擦れ違うこともなく過ごしていた。学年が違うということもあるが、そもそも雷門自体がマンモス校だ。それに帝国との合同練習調整のために変則的な行動を取っていたことも理由にある。

「久しぶりだね。どうかしたの?」

新聞部から過去に何度か取材の申し込みがあったことから、凪はその辺りかと予想を付ける。
だが、その予想は後ろから覗きこんだ染岡によって否定された。

「鳴海、音無は今サッカー部のマネやってんぞ」
「……へ」

マジかと驚きの声を漏らす。
新聞部として熱心に取材をしている姿は何度か見掛けたからこその驚きだった。だが、それほどまでにサッカー部に惹かれる要素があったことは純粋に嬉しかった。まだ一人、されど確実にサッカー部に向かう風向きが変わっている実感が持てたのだから。
ふわり、と笑った凪に音無は一瞬驚いたがすぐに「聞きたいことがあるんですけど!」と詰め寄る。

「水泳部、帝国学園との合同練習があったんですよね……!」
「うん。やったよ」
「だ、大丈夫でしたか!?」
「まぁ、うん……一応?」

肉体的なダメージは受けていない。受けたのは心理的疲労だ。主に河俣による。
そのことを思い出したのか、凪は思わず視線を明後日の方へ向けた。
染岡にはそのことを話していたせいか、凪の反応に呆れた目を向けていた。が、音無の次の言葉でその色が変わった。

「あの、三木さんから……帝国のキャプテンに会ったって聞いたんですが!」

『帝国』のキャプテン、という言葉に染岡が顔をしかめ、凪の肩を掴んだ。
練習で水泳部のヤツに面倒な因縁はつけられたが、サッカー部との接触については凪からは説明を受けていなかったからだ。確かめるべくその顔を窺えば、はっきりくっきり「ヤバい」と書いてあった。
凪も余計な心配を掛けないようにと染岡や風丸らサッカー部には、帝国サッカー部のことは言葉を濁し言わないようにしていたが、まさか、こんな形でバラされるとは思わなかった。だらだらと冷や汗を流し逃走を謀ろうとするが、肩にある染岡の手があるためそれは叶わない。
染岡はひとつ、ため息を吐き出した。

「おい……水泳部始まるまではまだ時間あるな?」

※※※

「それで、向こうのキャプテンと話した、と……」

染岡と春奈に連れられて来たのはサッカー部の部室だった。
その床に正座をし、居心地悪そうにしている凪の前にはやれやれと言う顔の風丸と染岡、どうしたものかと腕を組む円堂が。凪の後ろでは何事かと肩を寄せ会う一年生と半田、影野、マックス、マネージャーがいた。

「そうです……」
「何で黙ってたんだ?」

風丸の問い掛けに凪はボソボソと聞こえないような声で答える。するとすぐに青筋を立てた染岡が、彼女の頭を握り潰す。

「痛い痛い痛い痛い!!?染さんギブギブ!!」
「ならはっきり言いやがれ!!」
「お、おい染岡!?落ち着けって!」
「そ、そうだぞ!ちょっと落ち着こう!な!」

問答無用。加減せずに制裁を加える染岡に円堂と風丸がさすがに止めに入る。ぜぇはぁと息を切らせながら、凪は染岡と距離をとると半田の後ろに隠れた。

「おい鳴海、なんで俺のこと盾にしてるんだよ!」
「影野と一年生だと可哀想だし、マックスだと小さいし、女子を盾にするなんて当然できないから仕方無いだろ!」
「俺は!可哀想だと思わないのか!」
「半田は平気だと信じてるからな!」
「もう!二人ともふざけない!」

ぱん、と手を叩いた秋の迫力に凪と半田はお互いに頷くと静かに並んだ。染岡も秋の迫力には怯んだらしく、黙りこむ。

「鳴海さん、本当に何もされたり……大丈夫なのよね」
「うん。そこに関しては大丈夫さ、部員もみんな無傷だよ」

じゃあ、どうして話してくれなかったのかと秋が優しく問い掛けると凪は少し困ったように眉をひそめた。

「ほら……皆もう少しでまた練習試合やるじゃん。だから余計に考えさせるのはさせたくなかったっていうかさ……なんというか……」

すると染岡が鼻で笑った。

「ハッ、馬鹿じゃねぇの」
「染岡くん、鳴海さんは気遣ってくれたのよ。そんな風に言うことないじゃない」
「そうだぞ!!染さん!」

秋の後に続き、半田の後ろから凪が声を上げる。盾にされている半田は仕方無いか、と諦めの息を吐いた。なんだかんだ、盾にされるがそこまで嫌な目にあったことはないのだから。
染岡はどかりと椅子に腰を掛けた。

「俺達がそれくらいでヤバくなるような柔なワケ無いだろ!お前はいらないことを考えすぎなんだよ」

馬鹿みたいな振る舞いをするくせにその実、色々考えて動いているのだと染岡は隣の席で見てきて知っていた。今回もそうだと分かっている。
凪は染岡の言葉を受け止め、数度目を瞬かせるとにかりと笑った。

「……ありがとうな、心配してくれて」
「ったく、最初からそうと言えばいいっつうのにな」
「そうだぞ、凪。次からちゃんと報告・連絡はするようにな」
「風丸、それはオカンだぞ……」

あははと笑うと凪は半田の後ろから出て、染岡の背を叩いた。
それを見た春奈がへぇと驚いた。

「意外と鳴海先輩って心配性なんですね」
「あぁ、意外だろ?あれでもかなり周りに気を配るヤツなんだよな」

俺は巻き込まれるけどなー、と半田が口にするものの嫌だというようには聞こえない。むしろ親しみが籠められている。以前、取材で凪と半田はよく分からないが友人だと言っていたことを春奈は思い出し、クスリと笑った。
と、そこで部室のドアがノックされた。

「すみません、鳴海先輩来てませんか?」

聞こえてきた声に凪がパッと顔を上げた。
ドアの近くにいた宍戸が開けると、そこにはジャージ姿の女子生徒がいた。女子生徒は凪の姿を見付けるとやっぱり、と腰に手を当てた。

「やっぱりここにいた!先輩部活行きますよ!」
「あはは、お迎え来たからそろそろ行くねー」

へらりと笑顔を浮かべ、凪は荷物を手に取ると迎えに来た女子生徒の元へと向かう。女子生徒は頬を膨らませ凪の手を引っ張った。
部室のドアに手を掛け、一度彼女は部員達を振り替える。

「練習試合、頑張れよ!お前らなら勝てるさ!」
「先輩!何やってるんですか!早く!!」
「はっはっは!それじゃ!」

後輩に引きづられるように、凪はサッカー部の部室を後にした。中央のグラウンドを横切り、体育館の脇を通り連行されていく。
途中、携帯が振動したような気がしたため良くないとは分かっていたが歩きながら開く。電子パネルには『新着メール』と表示されている。記憶を頼りに開くと、叔父からのメールだった。

『ちょっと今日は病院寄って帰るよ。待ち合わせするかい?』

病院に行くような怪我をしたのだろうか、一抹の不安を覚えながら凪は返信を打つのだった。