探し物

部活前、プールの鍵を取りに凪と嶋田は職員室を訪れていた。いつものように顧問に声を掛け、部活を開始する旨を伝える。
すると顧問が一枚の紙を凪の目の前に突き出した。

「すまん、鳴海。これに校長先生の印鑑貰ってきてくれるか?」

今手が離せなくてな、と眉を下げて乾いた笑いを溢す顧問に、凪と嶋田、二人は顔を見合わせる。怪訝な面持ちでその用紙を受け取り内容にサッと目を通した。内容は大会への参加不参加の用紙だった。
待ちに待ったそれに二人は目を輝かせる。

「今判子を貰って出せば明日の早朝の回収に間に合うだろうからな。頼めるか?」

なるべく早く出したいだろ?という顧問に凪は大きく頷く。もし書類に不備があったとして差し戻されても、早めに出していれば期限内に再度出すことも可能だからだ。万が一のことを考えれば当たり前だった。

「分かりました!それじゃあ、校長室に行ってきます!」
「悪いな」
「平気です!じゃ、嶋ちゃんはさっき渡したメニューに沿って先に練習してて」
「分かった」

軽い足取りで職員室を出ると二人は別れた。
放課後の廊下には外から部活に励む生徒の声が聴こえてくる。どの部活も夏の大会に向けて練習しているので、その声に籠められた熱量は凄まじい。
凪は手にした書類を見る。
一番直近に行われる大会の書類だった。まだ地区の小さなものだが、だからと言って手を抜くことはできない。目指すは二つ。大会最速であること。そして過去の自分の記録を越すことだ。
逸る胸を押さえ、大きく息を吸う。
なってみせるのだ、もう一度。あの頂点に。新しい自分で。

「よし」

とん、と一段飛ばしで階段を駆け上がる。
校長室があるのは本校舎の三階、突き当たりだ。

「失礼します……」

少し緊張した面持ちで凪は声を掛ける。校長室に来ること事態が少ないからだ。

「どうぞ……」

帰って来たのは彼女の予想に反して高い声だった。不思議に思いながらドアを開ける。

「貴方が来るなんて珍しいわね、鳴海さん」
「え、雷門さん……!?」

校長室内で紅茶を片手に何かノートを見ていたのは、雷門夏美だった。予想だにしなかった人物に、口を開けたまま固まる凪だが、すぐに頭を降って意識を引き戻した。

「何で雷門さんが……?」
「あら、だって私理事長代理ですもの。何か問題でも?」
「り、理事長代理ぃ!?」
「ええ」

オーバーに驚く様子に夏美は開いていたノートを閉じた。

「それで、何のようかしら」

火来は出ているから、代わりに聞くわよと、頬に掛かった髪を払い余裕のある笑みを浮かべる。一方で、凪は以前のやり取りが思い出され、僅かに苦い顔をする。

「……大会用の書類に判を捺してもらいたくて来たんどけど、理事長代理じゃ駄目だよ……ね?」

理事長と校長の詳しい違いは彼女には分からない。が、恐らく違うのだろう。それに代理とはいえ生徒だ。そう易々と決断を下せる立場ではないはずだ。出直すことを考えつつ彼女は次の行動を思案する。
校長が戻るまで待っていては、練習する時間が無くなる。一度職員室へと帰り、校長がいないことを伝えた上で部活へ出るか。
すると夏美は書類を見せるように無言の催促をする。促されるまま書類を渡すと彼女はサッと目を通し頷いた。

「理事長室に行きましょう。必要な印鑑はそこにあるから」
「え?」
「言ったでしょう?代理だって」

そんなことありなのか。驚きと夏美への気まずさとごちゃ混ぜの感情を抱きつつ、凪は颯爽と歩く夏美の後を追った。
校長室から理事長室は階段を挟んだ反対側なので歩けばすぐに着く。けれど、その手前で二人は足を止めた。

「あら?」
「ん……?」

何故か誰もいないはずの理事長室が開き物音がするのだ。さらには、複数人のボソボソとした話し声もする。
緊張しながら極力足音を立てないようソッと室内を覗きこむ。が、そこにいた人物達に思わず凪は渋い顔を作った。夏美も正体が分かると深々と息を吐く。

「とっくに見付かってるんだけど」
「円堂達何してるんだよ……」

と、一歩、騒がしい中に足を踏み入れ、室内で不審な動きをしていたサッカー部員に呆れた言葉を投げ掛けた。
見付かるなり、しどろもどろに返す言葉を円堂は探し始める。
昔馴染みではあるが、凪もこればかりはフォローしきれない。明らかにいけないことをしているのは円堂達なのだから。

「あ、あの……これは……その……」
「れ、練習だよ!」
「そ、そう!敵に見付からないようにする練習なんだ!」

風丸の必死の言い訳に円堂が便乗する。
しかし、サッカーは相手に見付からないようにする隠密行動をするスポーツではない。無茶苦茶すぎる言い訳に、夏美の隣でことの成り行きを見ていた凪はソッと片手を握った。

「その……私、弁護は頑張るよ、円堂達」
「え……どういうことだ鳴海!?」

友として、できる最善のことは何をしていたのか分からないが円堂達が少しでもマシな扱いになるよう便宜を図ることだろう。国語は一番苦手な教科だが努力はするつもりだ。
先日テレビでやっていた弁護士を主役にしたドラマを思い出し告げる。

「落ち着け凪!まだ何もしてないぞ!」
「……大丈夫だよ風丸、頑張るからな!なんかでっかい船に乗ったつもりでいてくれ……!」
「だから!その、だな!」
「はぁ……」

夏美が大きく溜め息を吐く。

「貴方達が探しているのってコレでしょ?」

彼女は手にしていたノートを見えるように振った。