青痣ふたり

「染さん、どうした?」
「ちっとばかし、腕がな」

授業合間の休み時間、授業中に染岡が異様にノートを取りずらそうにしていたことを問い掛ける。すると染岡は顔をしかめ腕をさすった。

「腕……?足じゃなくて?」

チャージでも受けすぎたのか、と#凪は#席を立ち「エイヤー」と染岡の腕を掴み袖を捲る。いつもならば日に焼けた腕がそこにはあるはずだった。が。

「うわっ……染さん、どうしたのさこれ」

肘から下の部分は、青痣のせいで見るも痛々しい。まさかともう片方も捲れば、同様に青くなっていた。

「昨日の練習でちっとばかし無理しちまってな。ま、このくらいなら問題無ェぜ」
「練習って……チャージ受ける練習でもしてたの?」

チャージを受けたどころか、バレーボールでもしたかのような痣の出来方に疑問を投げ掛ける。サッカーの体の使い方は理解していたので、凪にとっては不可解だったのだ。
すると、染岡は自慢気に笑う。

「いや、新必殺技だ!」
「必殺技……?」

眉を寄せたまま、凪は首を傾げる。
全く理解できないことだったのだ。必殺技と染岡の腕の痣、その二点に結び付くものが見えてこない。

「ああ、今度の対戦相手には高さで対抗しなきゃいけないからな」
「高さって……ファイアトルネードじゃだめなの?」
「土門が言うには駄目らしいぜ」
「土門が……って、なんで土門?」

同姓の別人でなければ「土門」というのは先日知り合ったあの土門だろう。身長があるからスポーツに向くのは分かる。だが、細すぎないか?と凪は考えてしまう。

「なんだ、知り合いか?」

染岡の問い掛けに凪は腕を組む。覚えている限り、同じ姓の男子はいない。

「『土門飛鳥』って名前ならね」
「おう、ソイツだソイツ」
「そっか、土門サッカー部に入ったんだ」

土門がサッカー部のユニフォームを着ているところを想像するが、いまいちイメージが浮かばない。しかし、アドバイスできるほど土門はサッカーの知識しかも対戦校のデータまであるならば、マネージャーなのかもしれない。秋のようなジャージ姿を想像すればピッタリとイメージが一致した。なるほど、と勝手に納得している凪を止めるものはいなかった。
染岡もまさかそんな食い違いが起きているとは思わず、相変わらず顔が広いヤツだと思っていた。

「でも新必殺技ってさ、誰が考えたのさ?」
「円堂のお爺さんのノートに載ってたんだよ」
「あ、風丸」

よっ、と軽く片手を上げた風丸に凪と染岡はそれぞれ反応を返す。

「サッカーの話か?」
「うん。というか、染さんの腕がヤバくてさ」

たまたま空いてた染岡の前の席に風丸が座る。凪も立ちっぱなしは辛いのか、椅子を染岡の机の隣に引いてくると腰を掛けた。

「新必殺技って、一体何したらこんな怪我するのさ」
「ああ、それか」

すると風丸が苦笑いしながら少し袖を捲る。その下に見えたのは染岡同様大きな青アザだった。

「お前もか!ブルータス!」

凪のオーバーな反応はこの二人には慣れたものだ。ぎょっと目を剥く凪を染岡と風丸が小さく笑う。

「まったく!どんな練習してたんだよ!」
「豪炎寺が高くジャンプできるようにって練習だよ」

なぁ、染岡、という風丸に染岡が頷く。
ジャンプの練習。そして二人の腕の痣。それまで一体何をしたのか分からなかったことが、ようやく二つを繋げることで分かった。凪は思わず大きく息を吐いた。

「ってことは、二人とも踏み台役だったってことか……」
「これが一番手っ取り早かったからな」
「手っ取り早かった、じゃないぞ!スパイクに踏まれたら痛いに決まってるじゃないか!ちゃんと家帰った時冷やしたか!?」

スポーツインストラクターの叔父を持つ凪は、それなりに怪我の対処についての知識も豊富だ。どういった状況で何があったか分かれば適切な対処も分かる。
椅子を蹴り立ち上がった凪を宥め、風丸が笑う。

「勿論。マネージャー達がやってくれたよ」
「まぁ、確かに木野さん達がそんなやり忘れるわけないか……」

数日間だがサッカー部に所属していたため、マネージャーである秋の働きっぷりは知っている。真面目な子であることも。春奈の働く姿は知らないが、新聞部での姿を知っているため信頼できる。となれば、痣がひどいのは各自の練習後の、帰宅後のことが理由だろう。
む、と考え込む凪の隣で染岡が頬杖をついた。

「つーかよ、そこまで気にする事ねェだろ。第一、ちっと痛む以外問題無いしな」

空いている手をヒラヒラと振る染岡は大した問題とは考えていない。けれど競技は違えど選手は身体資本なのは代わりない。

「怪我舐めるなよ!オーバーワークで試合出れないとか、怒るからな!ホント!」

数日後に迫る予選だ。ましてや今までまともな試合に出ていないのに、アウェイでの試合は心配しかない。そんな凪の心配は風丸も染岡もにも伝わる。隠すことなくぶつけられる友人からの感情に、二人とも顔を合わせ、再び小さく笑った。

「大丈夫。勝ってみせるさ」
「俺達が負けるわけねぇだろ!」
「そんなこと言うなら怪我しないでくれよ!」

凪が言ったところでチャイムの音が鳴り出す。風丸が「あ」と慌てたように立ち上がった。

「忘れてた」
「何が?」

急いで授業準備を始める生徒がチラホラ見える。風丸が座っている席の生徒は戻ってきていない。しかし、風丸も早いところ教室に帰らなければ授業に遅れる。一体何を忘れたのかと問えば彼は凪と染岡に向かい手を合わせた。

「悪い、どっちでもいいから、数学の教科書借してもらえるか?」

二人は瞬くと、「早く言えよ!」と風丸をどついたのだった。