秘密共有

「お、来た来たー」

凪がよっ、と手を上げると、同じ様に土門も返す。二人がいるのはプールの裏手にある焼却炉の前だ。ここは昼休みでも人気が少なく、秘密話にはもってこいの場所だった。
メールを交わしてから実は二日ほど経っている。と言うのも、二人とも中々に忙しかったからだ。凪は直近に大会が控えているため、昼休みにも部員と面談しながら身体を仕上げるためのトレーニングメニューを組み立てたりする他、委員会での集まりなどがあった。土門も土門でまた忙しかったからだ。そのため、相談できたのはお互いにやっとのことだった。

「それで、話って何だ?」

もしかして告白だったり?と茶化す土門に凪は「んなわけあるか」と顔の前で手を振り否定する。それから真顔になると携帯を取り出した。

「いや、その……実はさ、帝国のやつらとメアド交換しちゃって……」
「はっ!?」

口をあんぐりと開けた土門に、凪は少し目を反らしつつ携帯のアドレス帳を開いて見せた。そこには『成神健也』と記載されている。それをまじまじと見ると、土門は何とも言い難い顔をする。突っ込むわけでもなく、何処か焦っているような雰囲気だ。

「あの、別に円堂達の練習だとか必殺技だとかはばらすつもりは無いよ!全く!!一応、昨日メールしたけどお互いにテストヤバイねって話しかしてないし!」
「わ、分かった分かった!分かったから落ち着け!」

土門の反応に思わず焦って弁明しようとするが、言い切った後から逆効果じゃないか、と宥められ凪は気付いた。どうしよう、とだらだらと冷や汗をかいていると土門が深々と溜め息を吐いた。

「お前がそんな性格じゃないってことは知ってるって。でもなんでそんなことになったか教えてくれるか?」
「昨日、ちょっと河俣って……帝国の水泳部部長から呼び出されてさ、そこで話して、帰ろうとしたらケンカ売られてさ」
「で、買ったってことか」
「うん」

人差し指同士を付き合わせ、気まずそうな凪に再び土門が溜め息を吐く。

「お前な……」
「ははは」
「笑ってる場合かよ!ケンカなんてして、どうすんだって」
「あ、そこは平気!サッカーで勝負しただけでから!」

予想外の台詞に土門は「は?」と思わず溢す。すると凪は何故か自慢そうに胸を張った。それまでの焦り悩むような顔から一変、自信しか浮かべていない。誇らしげに腰に手を当て、ふふんと笑う。

「転校してきた土門は知らないかもだけど、これでも中々にサッカー得意なんだ!」

水泳よりはちょっと劣るけどね!と付け加えたが、すぐに少しだけ目を反らし小声で「……まぁ、負けたけど」と呟いた。その表情の温度差に土門は小さく吹き出した。耳敏くそれを聞いた凪がムキになる。それがまた可笑しくて土門は笑った。

「何だよ!笑うなって!」
「いやー、悪い悪い!それで、そんなにサッカー得意なんだ?」

大きく凪は頷く。
すると、土門は一瞬何か考えるように目を伏せさせると、すぐに人好きの笑顔を浮かべた。

「ふーん、誰かに教わったりしたのか?」
「基本的には円堂と遊んだ中で覚えたって感じだよ」

凪はこの町の生まれではない。それまではサッカーに対して、特にこれといった感情は抱いていなかった。しかし、小学校の途中から稲妻町へと越してきて、友人となった円堂や風丸とは毎日のように、それこそ日が暮れて暗くなるまでサッカーをしていたのだ。お蔭で自然と身体が覚えるようになった。いささか早すぎると何度か驚かれたが、運動神経には自信があるので笑っていた記憶がある。
覚えている限りではサッカーに関する記憶はそこからだ。それ以外で教わったとすれば、一つしかない。

「強いて言えば、こないだの練習試合前にちょっと特訓で教わったくらいかなー」

帝国との練習試合前の秘密の特訓だ。本格的に指導されたのはあれが初めてだろう。

「お!誰に教わったんだ?」

土門の再びの問い掛けに凪は流れで答えそうになる。だが、ハッと思い出したように口を押さえる。

「……それは言えない!」
「えー、何でだよ」
「その人に、『秘密にしてくれ』って言われたからかな」

帝国との練習試合後、教えてくれた叔父の同僚にお礼を言いに行ったところ「教えたことを言い触らさないでくれ」と頼まれたのだ。親子ほどに年の離れた人であったが、あまりの必死さに戸惑いながらも凪は言わないことを約束した。だが、それまでは何とも言わなかっただけに、何故、という疑問だけはあった。

「ちょっとくらいいいじゃん!な!」
「ダメなものは駄目さ!言ったら怒られるし」
「ちぇっ、ケチだな」
「ダメなものは駄目なんですー!!」

約束を破るのはカッコ悪いだろ!と両手を腰に当てると、凪は他所を向いた。これ以上はその頼みは聞かないと全身でアピールしている。
それを見ると土門は小さく息を吐き「やれやれ」と呟いた。

「けど、なんで話してくれたんだ?」

話を変えるべく、土門は自身の疑問を問い掛ける。付き合いの長さで言えば一番短いはずだ。すると凪はああ、と頷いた。

「いや、だってさ、他の奴らに話したら殴られるか説教されるか、だからね」

やや、死んだ目で彼女は答える。土門の知らない間に何かしらあったのだろう。これは触れない方がいいと彼は判断した。

「でも俺が他の奴らに話すかもしれないだろ?」
「んー、まぁ、そうだけどさ。土門ってよく人を見てるから緩衝材になってくれそうだなーって」
「俺は梱包剤のプチプチかよ!」
「はっはっは!それと、あとはマネージャーには話しといた方が良いかなーって思ってさ」
「はっ!?マネージャー!!?」

土門が大声を上げる。それに驚いたのか、凪はびくりと身体を縮込ませた。

「俺、選手なんだけど!?」
「え"っ!!?選手なの!?」

お互いに驚いた顔のまま見合う。

「むしろ何でマネージャーだと思ったんだよ!?」
「対戦校の知識が豊富だからだよ!」
「選手でも集めるからな……」

マネージャー=知識のある人、という認識を彼女が持っているのは水泳に偵察が無いのが大きい。
呆れる土門にしょんぼりと申し訳無さげに頭を下げた。

「ごめん」
「まったく、ホントに鳴海は何言い出すか分からないな」
「あははは……」
「つーかさ、マネージャーならここまでぼろぼろにならないだろ」

ほら、と顔に貼った絆創膏を指差す土門に凪は「ごめん」と再度繰り返す。
悪気が無いことは当然ながら土門にも分かっている。軽く頭を掻くと、まぁいいかと笑った。多少、プライドが傷付いた気がしないでもないが、同級生の怒られる寸前の子供のような空気を出しているのが面白かったのだ。
土門の反応に凪はホッと安堵の息を漏らす。それからふと思った疑問を投げ掛けた。

「そう言えば、染さんも円堂もみんな最近ぼろぼろだけど、何かやってるのか?」

ここ数日、練習ができないはずのサッカー部の面々が疲れきった顔をしていることを思い出したのだ。特に隣の席の染岡は怒る気力も無いのか、凪のちょっかいに反応が無い。半田も風丸も似たような状況だった。考えられるのは何処かで練習していることだが、河川敷でやっているのをここ数日、一切彼女は見ていない。
すると土門は歯切れ悪そうに答えた。

「あー、それは、だな……まぁ、特訓だよ。死にそうなレベルのな」

その回答に凪が呆れたような顔で頷いた。

「また円堂何かしたんだな」
「ま、そうと言えばそうだな。でも、詳しく知りたいって言うんなら、誰からサッカーを教わったのかって情報と交換だぜ?」
「うーん、気になるけど、言えないから言わないよー」
「ちぇっ、残念だな」

と、土門は口では言っているがそこまで残念さは無い。頭の後ろで腕を組むと、凪は小さく笑った。
しかし、そうこうしていては休み時間は終わりに近付いていた。

「土門、そろそろ教室戻ろうか」
「了解!って言いたい所なんだけどさ、さっきき親から電話来てたみたいでさ」

携帯をぷらぷらと揺すり、眉を下げた土門。授業中に電話をするわけにはいかない、と凪は「OK!」と親指を立てその場から走り出す。その時の土門がどんな表情をしているかなど、知るよしもない。信頼できる友人に相談ができた、それだけしか思っていないのだ。
凪の姿がすっかり見えなくなった頃、土門は携帯のメール画面を開いた。

「さて、とりあえず聞いた話だけでもまとめとくか……」

少なくとも鳴海凪という人物にサッカーを教えた人物がいること。それと向こうの部活内でも情報共有が成されているだろうが、成神と連絡先を交換していること。その二点に合わせ、追記として文章を付け足していく。
『鳴海には稲妻町に来る以前の記録の手掛かり無し』と。

※※※

教室に戻る人の隙間を縫うように凪は器用に走っていた。

「あ」

彼女の視線の先に見えたのはサッカー部マネージャーの春奈と秋だった。ちょうどいいや、と凪は二人に声をかけた。

「や!音無さんに木野さんじゃないか!」
「あ、鳴海さん」
「お久しぶりです!鳴海先輩!」

ニコニコと笑う秋達に凪も釣られてニコニコと笑顔になる。

「ちょうど良かった!ちょっと聞きたいんだけどね!」
「はい?」
「最近、サッカー部の奴らぼろぼろだけど、一体何してるんだ?」

すると、二人は顔を見合せそれぞれ何とも言い難い顔をした。言おうか言うまいか悩んでいるようにも見える。
駄目そうかな、と凪が思っていると秋が口を開いた。

「それはね、『イナビカリ修練場』での練習のせいかな」
「いなびかりしゅうれんじょー?」

聞き慣れない言葉を聞き返すと、秋はええ、と頷いた。
凪は稲妻町に住んでからまだそこまでの年数を過ごしたわけではないが、それなりに場所は分かっている。しかし、そんな名前のジムや練習施設は聞いたことが無かった。

「はい!イナズマイレブンがかつて使ってた地下の練習施設なんです!」

春奈が今度は代わって説明を行う。ただ、そこまで聞かれたくない話なのか、いつもよりやや声は控え目だ。
粗方の説明を聴き終えた凪が感心していると、秋が溜め息を吐いた。

「けど、ちょっと厳しすぎないかしらって心配なのよね」

確かに、と春奈も同意する。同じように凪も二人に同意した。
友達にぼろぼろにはなって欲しくないのは当然のことだ。それに、そこまで構ってもらえないのは少しばかり寂しいという本音もある。
だが、それは仕方ないのだろう。困ったような秋に凪は乾いた笑いを返した。