未知との遭遇

そうこうしている内に目的のメイド喫茶の前に着いた。扉にはアニメチックな女の子のイラストが堂々と描かれており、独特な空気を放っていたためサッカー部達は思わず息を飲んだ。
自動ドアであったため、意を決する間も無く勝手に扉が開く。

「いらっしゃいませ!ご主人様!」

彼等を出迎えたのはメイド服姿の店員だった。唖然とする円堂達の前に髪を二つ結びにした店員が進み出る。

「13名様ですね!こちらにどうぞ!」

案内されるがまま、照れながら円堂達はその後を着いていく。店内は外装同様に可愛らしさを全面に押し出していた。それを興味深そうに見渡しながら案内された席へと彼等は座る。

「色々変わってるなぁ」
「それで済ますのかよ!」

彼女の真後ろの席に着いた土門が思わずつっこむ。「可愛い」でも無くただただ感心したような声色だったのだ。つくづく変わったやつだと彼は思った。なまじっか、彼女と同性である幼馴染の秋や夏美が、メイド喫茶というものに対して反応していたせいか凪の「面白いなー」というノリはある意味際立っていた。

「うーん」

凪は手元のメニューを見たまま悩んだ。
全体的によく分からない言葉が付いているが、要はカフェのメニューと変わらないだろう。それよりもケーキが食べたい気持ちはあるのだ。しかし食べ過ぎは良くない。バランスの取れた食事のためには、間食はなるべく控えなければならない。だが、それとお腹の空き具合は別物だ。水泳はカロリー消費の激しいスポーツであるため空腹は必須とも言える。ちら、と凪は奢ってくれる染岡を見た。

「染さん……」
「アイツらには何も言わないでいてやるからこっち見んな」

顔は未だに赤く恥ずかしがっているのがよく分かる。それに生暖かい視線を送ってから凪はメニュー表を見る。

「ま、これにするかー」

顔を上げれば丁度良く目金が注文をしていたので、終わった頃を見計らい凪も手を上げた。

「あ、すみません!私は『寝起き最悪ご主人様☆お目覚めコーヒー』!」
「はぁい!分かりました!ご主人様!」
「お願いします!」

ニコリと笑顔で頼めば店員もニコリと笑い返す。すると一拍置いて凪と目金以外が声を上げた。

「な、馴染んでやがる!?!」

心からのツッコミに目金は眼鏡のフレームを指で押し上げ不敵に笑う。

「僕は当然として、流石鳴海さんですね。分かっている」
「いや、何処がだ!!」

風丸のツッコミも物ともせず、褒められた(尚、良く分かっていない)凪は席を立つと目金と手を握り会う。だからと言って壮大な何かが始まるわけではない。はずだった。

「キミ達、見所があるね」

と、見知らぬ誰かが話し掛けてくるまでは。
やや太めな体型の男子生徒と隈の大きな男子生徒はこのメイド喫茶の関係者なのか、彼等を店の裏へと案内する。一体どこに連れていかれるのかと不安に思いつつ着いていくと、エレベーターへと乗せられる。そのままエレベーターは下へと降っていくと扉を開いた。
開かれた先では物がスペース毎に仕切られ、その一スペースに付き案内してきた男子生徒等と似た空気を持つ生徒達が数名、それぞれ好きなことをしていた。あるものは一心不乱にガンプラを作り、あるものは見事な裁縫技術により何かの衣装を縫い、あるものはゲームに熱中していたりと三者三様だ。

「へぇ、なんか面白いや……」

キョロキョロと凪達は物珍しげに辺りを見回す。すると何かに気付いたのか目金が駆け出した。

「こ、これは!カメスーヤの復刻モデル!」

彼は興奮したまま次々に見たものを説明して行く。フィギュアから電車模型、ゲーム機器と多岐に渡る説明に凪達はただ圧倒されるばかりで「へぇ」「はぁ」「そうなんだ?」と返すだけだ。これ程までアグレッシブな目金の姿を見たことが無い凪は違う意味で驚いていた。
半分以上説明は理解できていないが、円堂はほう、と感嘆の息を吐いた。

「お前、スッゲー詳しいんだな」

すると目金はまた自慢げに眼鏡のフレームを上げる。

「僕に知らないことはありませんよ!」

胸を張る姿に彼等を連れてきた男子生徒達は嬉しそうに言った。

「やはりキミなら、ここにある物の価値が分かって貰えると思ったよ」
「僕達と同じオタク魂を感じたんでね」
「ふ……中々いい品揃えと言えるでしょう」

何故か彼等の眼鏡の輝く。何かを分かり合った目金と男子生徒達以外は最早着いていけていない。はぁ、と凪は溜め息を吐いた。すると、男子生徒の視線が彼女へと向けられた。

「しかし、そこの君には理解してもらえなかったようだね」
「残念なことだ。仲間かと思ったんだが」
「まだ彼女は目覚めていないだけかもしれませんよ?興味自体はあるようですし」

ねぇ、と同意を求める目金に凪は首を傾げた。オタク文化に馴染みが無いため、どう反応するのが正しいのか判断に困ったのだ。すると、その言葉にそれまで服を縫っていた生徒が反応した。

「『彼女』?」

ばちりと視線が合うと、男子生徒は何処からか雑誌を取り出すと凪と紙面を交互に見る。それに凪は嫌な予感を覚えた。そそくさと後ろに下がると染岡の背中に身を隠す。じーっと見られることに嫌悪感を覚え、凪はなるべく黙っておこうと思った。
彼女が色々な意味で危機感を覚え始めた一方で、相も変わらず目金は何かを見つけ目を輝かせていた。

「こ、これは!『マジカルプリンセス シルキーナナ』の全巻セット!!」

本棚に並ぶそれに少林が「何ですかそれ?」と訊ねると、彼は力説し始める。語れること自体が満足なのだろう。ここでサッカー部から称賛と飽きれと入り乱れた声が返されるはずだった。ところが、それに嬉しそうな言葉を返したのは彼等を連れてきた男子生徒二人だった。

「嬉しいねぇ、我々の作品をそこまで褒めて貰えると」

目金がまさかと言った顔で二人を見る。

「我々……?」

その問い掛けに答えるように男子生徒二人は、目金に歩み寄った。

「そう、私が原作者の『野部流 来人』」
「ボクが『漫画 萌』さ」

彼等はそれは嬉しそうに手を握り合う。そのまま何処かに行ってしまいそうな雰囲気だったが、さすがにそれはまずいと円堂が間に割って入った。

「悪いけどそんなことしている暇は無い!俺達はもうすぐ大事なサッカーの試合があるんだ!」

すると、野部流と漫画は驚いたように言った。

「おや、キミ達もサッカーをやるのかい?」
「『キミ達も』って……」

予想外の台詞に聞き返した円堂以外も目を丸くする。まるでサッカーをやっているとでも言うような台詞なのだ。見た目からは全く予想できない。

「僕達も今、結構大きな大会に出ていてね」

ええと、と漫画が思い出そうと唸る。
現在中学生の大会で一番大きいものはFFだ。勘違いでなければ、そういうことになる。
話を聞いていたのか、ゲームをやりながら男子生徒の一人が答える。

「フットボール、なんとか」
「まさか、フットボールフロンティアか?」
「そうだっけ?覚えてねぇや」

参加してるのに大会を憶えてないとは、一体。当事者だというのにあまりの態度につい、凪は眉を潜めた。
そこまで会話を聞いていた風丸がハッとしたように呟く。

「メイド喫茶に入り浸っているオタク集団……」

サッカー部達もそこで気付いたのか口をあんぐりと開けた。その視線は野部流達へと向けられている。

「秋葉名戸学園サッカー部ってまさか……」

円堂の言葉に野部流達は互いに顔を見合わせるときょとんとした顔で言った。

「僕達のことですが、何か?」

彼等は何処からかどう見てもサッカーをやる風貌でもない。だが、マネージャー達から聞いている情報から考えても、この室内系にしか見えない彼等の言っていることを裏付けていた。

「えぇー!!?」

凪達は思わず声を上げる。
それと同時に凪をガン見していた男子生徒が叫んだ。

「あー!!!」

今度は何事かと驚いたサッカー部を他所に、男子生徒はきらびやかな衣装を一着、何故か掴むとそれを凪に向け無言で頷く。
その熱い視線に凪の喉から「ひぇ」と無意識に声が漏れた。

「な、ナニゴト……?」
「ボーイッシュ貧乳属性……これはまさかまさかの」

言葉を一区切りさせると男子生徒は親指を立てた。

「本当に『魔法少女あいりーん』の13話にて登場した伝説の魔法少女の一人、『ナツコ』ではないですかー!」
「は?」

その言葉に数人が同時に凪を見る。「た、確かに!!」と驚くような声が上がっているが、正直当事者にはそんな余裕は無い。じっとりと脂汗が流し顔を引き吊らせていた。そんな凪に無情にも衣装を持った男子生徒はじわじわと詰め寄る。

「うんうん!見れば見るほど同じなんだな!!キミ、良ければこの衣装を着てみてくれないかナァ?」
「はァっ!?い、イヤだからな!!絶対の絶対に!!?」
「しゃべり方まで同じなんて……!これはもう着るしかないんだな!」

ある意味の恐怖体験だった。顔も血の気が引いており、泣き出す寸前とも見える。余りにも稀な反応をする凪にサッカー部も同情したのか盾にされても文句は言わなかった。

「て、てめぇらいい加減にしろよ!?」

諸に盾にされている染岡も同時にキレた叫びを上げる。顔は中学生の割には凶悪な染岡だ、詰め寄る男子生徒も一瞬足を止める。その隙を見て彼等はメイド喫茶を後にした。
お金も取られ、精神的にも疲れたのか凪達はいつもの河川敷に座り込んだ。未だに恐怖が抜けないのか、小刻みに震える凪の肩を円堂が叩く。

「鳴海、そんなに怖かったんだな」

きゅっと唇を引き結び頷くと円堂、と呼び掛ける。それまで俯いていた顔が上げられると、そこには気迫に満ち溢れた瞳がそこにあった。

「勝てよ。『絶対』に勝てよ……!!」

怒りとも嘆きとも何とも言えない強い感情に思わず円堂達は唾を飲み込んだ。
しかし、その空気を読まずに思い出したように目金が言った。

「そういえば、鳴海さんは確かに『魔法少女あいりーん』の『ナツコ』にそっくりですね」
「ヤメロ」

即答だった。自慢げな目金とは対称的に、何とも言えない表情へと彼女の顔が変わっていく。

「強いて言えば、髪型を一つ結びからツインテールにすれば完璧です!」

その発言に凪がゆらりと立ち上がり拳を握る。殺気溢れる姿に、やばいと思った半田が肩に手を置いた。

「どうどう!!落ち着け鳴海!!!」
「ははっ、落ち着いてるとも。私はね」
「ならその手を下ろせって!目金!!逃げろ!!」
「はっはっは!何のことかな!!!」

ギリギリのところで風丸と染岡と円堂が止めに入ったが、しばらく凪の怒りは収まることは無かった。
基本的には色んな趣味があるなーと嫌悪も否定しない凪だったが、この日を境に秋葉名戸には苦手感情しか持てなくなるのだった。