炭酸水と間接的な何か
水泳部では炭酸系の飲料を飲むのが禁止されている。それは練習や試合前ならば分かる。泳いでいる時にゲップで呼吸が乱れるからだ。それに炭酸ガスで身体の浮力に何らかの影響が出ないとも限らない。だが、それ以外の時も禁じられているのだけは少しも納得ができない。何の意味もないのに、「水泳部の伝統だから」というだけで禁じられている。心底それが凪の不満だった。
「うらめしや……」
「っ!?」
昼休み、突然背後に現れた凪に風丸は口に含んだサイダーを吹き出しかけた。惨事こそ引き起こさなかったが、慌てて呑み込んだ結果咳き込むはめになる。じとりと恨めしげに原因である凪を風丸は見るが、同じように恨めしげな視線を返されるだけだ。
「なんだよいきなり……」
「サイダー……」
凪はびしり、と風丸の手に握られたサイダーの缶を指差し口をへの字に曲げる。
指す意味が分からず風丸が首を傾げると凪はその場で地団駄を踏んだ。
「だってさー!!部活でダメって言われたんだよ!!解ーせーぬーっ!!」
「はぁっ!?」
「暑い日にアイスと炭酸!最ッ高の組み合わせじゃん!!」
その気持ちは確かに分からなくない。風丸は凪の言葉に同意するように頷いた。
「要するに一口寄越せってことか……?」
「Yes!さっすが良く分かってる!」
「……はぁ、一口だけだからな」
「わーい!ありがとう!」
嬉しそうに缶を受けとる凪。感情の大きさを示すように、結ばれた髪が揺れている。それを暖かい眼差しで風丸は見守った。ややその眼差しは我が子を見守るようなものだったが、それを指摘するものはいない。が。
「お、今の『間接キス』じゃないか?」
突然横から現れた半田がニヤニヤしながら冷やかす。彼は風丸に教科書を借りに来たところ何やら面白そうな場面に遭遇したのだ、弄らない手はない。
風丸は少し考え込む素振りをした後顔を赤くし、慌てて凪の手から缶を奪い取った。そういうことを考えてこなかったので、指摘され初めて気付いたのだ。
けれど凪は欠片も気にしないタイプだった。小学生の頃から何度もしてきたことだったし、そもそも異性だとか同性だとか、考えもせずに引っ付いたり絡んだりする辺りでお察しである。「間接キス」というワードよりもサイダーを取り上げられたことにより、半田を恨めしげに見ている。
「オイコラ半田!サイダー取り上げられたじゃないか!!」
「わっ!?なんでそこまで怒ってるんだよ!!」
「間接キスがなんだ!!それなら友達から普通に一口だけ貰うとか当たり前だからな!!もう100回くらいはしてるぞ!!」
半田の脇腹をどつきながら凪が声を荒げる。それから鼻で笑った。
「ハンッ!その程度、気にしてたら海外でお前生活できないぞ!」
「な、なんだよ……!」
「やーい」と揶揄するのは凪だ。今度は口撃する側へと転じたせいかやや強気である。その様子は女子というより男子そのもので、そう言えば女子だった!と思った風丸の思考を投げ飛ばしていく。コイツ、性別なんだっけ。もう分からないな。と、どうでも良くなってきた風丸は遠くを見た。
念のために補足をしておくと、凪自身の性自認はきちんと女子だ。ただ、だからといって女子らしさを強要されることは嫌っている。女子制服はどうなのかと言うと、叔父に「凪くん、スカート穿いてもイケメンなんだろうなー。そうなんだろうなー」と言いくるめられたために悪くは思ってない。おだてられることに非常に弱いのだ。調子に乗りやすいとも言えるが。
「べ、別に海外行かなくたって問題無いだろ!」
「はっはっは!だからお前は中途半田なんだよ!」
「何でだよ!?」
「海外でサラッとできるのはカッコいいだろ!アーユーオーケー?」
完全論破してやったり!とふふんと胸を張るが理論は全く破綻している。つっこむことに疲れたのか、半田が言い返そうか考えているとその肩に風丸が手を置いた。付き合いが長いせいか、凪には意味がないと思ったのだ。それよりこの場を納める言葉を彼は知っていた。
「凪、そろそろ戻らないと授業に遅れるぞ」
時計が指差すのは授業開始五分前。ちょうどよく予鈴も鳴った。授業遅刻は避けたいのか凪は慌てて教室から出ていく。元々特に用事も無く、遊びに来ていただけだったのだ。それを半田と風丸は見送ったあとフッと笑った。
「半田もな」
「風丸が教科書貸してくれたら帰るよ」
「お前な……」
へへっと笑う半田に風丸は呆れるのだった。