河川敷にてダッシュ
宣言通り、凪は水泳部を早めに抜けると前日連絡を受けていた通り、鉄塔広場へと向かっていた。髪もろくに乾かさないまま、走り抜ければサッカー部の面々が練習しているのが見えた。
「悪い!待たせた!」
「鳴海!」
嬉しそうに顔を輝かせた円堂に凪はひらりと手を振る。強行して走ってきたせいで乱れた息を軽く整えると、サッカー部の面子を見渡し凪は胸に手を当て口を開いた。
「どうも!今回だけの助っ人、水泳部の鳴海凪です!ヨロシク!」
イエーイ、とおちゃらける凪に数人が口を開けてポカンとする。すかさず風丸が諌める。
「凪、お前もう少しまともな自己紹介はできないのか……」
「いやぁ、面白い方がいいかなって思ったんだけど、滑ったね!」
アッハッハ、と笑っていると染岡に肩を組まれる。
「ま、こんなふざけたやつだけどよ、信頼できるってことは同じクラスの俺が保証するぜ!な、円堂!」
「ああ!凪はスッゲーから、みんな驚くぞ!」
円堂は全員を見渡すとそれぞれのポジションと名前を呼んでいく。凪はそれを聞きながら頭のメモに書き留めていく。
「と、あとはマネージャーの木野だ!」
ピンクのヘアピンをしたマネージャー、木野秋は紹介されると凪に手を差し出した。
「私はマネージャーの木野秋よ。よろしくね、鳴海さん」
「木野さん、だね!私のこと鳴海でも凪でも好きなように呼んで!オススメは『凪くん』だけど!」
冗談混じりに笑いながら、凪がその手を取る。元々の高い社交性が遺憾無く発揮されていた。
「さて、鳴海も来たことだし、練習再開するか!」
円堂の呼び掛けに「応!」と部員達が声を揃える。
各々特訓を再開し出す中、凪がふと困ったようにボールを見つめて固まった。それに気付いた不思議そうに秋が声を掛ける。
「鳴海さん、どうかしたの?」
「いや、よく考えたらポジション、何処やればいいかなって……」
「そうね……今まではどのポジションだったとかあるかしら?」
「いやぁ、その、ポジションとかろくに決めないスタイルの試合しかしたことなくって……」
凪は気まずそうに視線を横に反らす。その様子に秋はぽん、と一つ手を打ち微笑む。
「じゃあ、FWはどう?今サッカー部には足らなくって」
「ハハ……シュートだけは外すんだよね……」
「そういや、そんなこと円堂も言ってたけどそんなに酷いのか?」
横から出てきた半田が持っていたボールを凪に押し付ける。それから円堂を呼んだ。
「円堂!一回鳴海の実力見たいから相手してくれるか!」
「え……」
凪の顔から血の気が引く。けれど誰もが気付かない。一方で円堂はというと、
「分かった!ちょっと待てよ!このタイヤを止めたら行くから!」
喜んでいる様に答えを返していた。そして向かってきたタイヤに見事に吹き飛ばされ、起き上がると凪と半田の元に駆けてくる。
仕方無いか、と凪は腹を括った。
「ここがゴールな」と線を書かれた前に円堂が立つ。
それと向き合うように凪はボールを前に置き立った。しん、と辺りが静まり返る。
「いくよ」
少し助走をつけると、力強くボールを蹴った。想定以上の速さで真っ直ぐ円堂の方まで向かうボールに、サッカー部からの驚きの声が上がる。だが、風丸とボールを蹴った本人の凪だけが渋い顔をしていた。
「来い!!」
円堂が構える。
が、直前でボールは何故か突然軌道を変え、明後日の方向へ飛んでいった。
途端、辺りに何とも言えない沈黙が漂う。
「だからシュートは無理なんだって……」
ぽつり、と凪が呟いた。その背中は哀愁が漂っている。円堂がその肩に手を置いた。
「そう落ち込むなよ!お前はそれ以外はできるんだしさ!」
「円堂……」
「そうよ。何か得意なことあったりする?」
「ドリブルとかは結構得意だよ。あとはブロックとか」
凪は半田と染岡を指名すると二人に向かいドリブルを始めた。突然のことに驚くが、すぐに事情を飲み込み凪からボールを取ろうと向かってくる。
最初に仕掛けたのは半田だった。立ち塞がり、ボールを奪おうとする。が、凪はするりとそれを受け流す。
そこにすかさず染岡がスライディングを仕掛けるが、少しも慌てずに、彼女はボール両足でボールを挟み込むと、僅かに浮かせ踵で器用に蹴りあげる。いわゆるヒールリフトと言われる技だ。高く上がったボールは染岡の頭上を通り、凪の足元へと収まる。すると、足を止め円堂達に向かい自身に満ちた顔でピースサインを向けた。
「どんなもんだい!」
数分前のゴールの悲劇とは打って代わり自信に満ち溢れる姿は、とても頼もしい。円堂は流石だな!と凪に向かい親指を立てる。
「めちゃくちゃ頼もしいだろ!鳴海はパスも上手いからな!」
「あ、じゃあポジションはMFなんてどうかしら?」
円堂の言葉に秋が閃いた、と口を開く。けれどそれに反対したのは凪ではなく半田だった。
「DFの方がいいんじゃないか?それにDFならシュートを打つ確率も低いし」
「いや、鳴海の体力馬鹿を生かすならMFだろ」
半田の言葉に今度は染岡が反対する。実際、どこも人数が足りていない影響で人手が欲しいところではあるのだ。特にFWは染岡しかいない。彼としては凪が壊滅的なシュート精度でなければ、馴染みでもあるしFWにしたかった。しかし、現実的にはFW向きではないため、ならばサポートに特化したポジションを、と考えたのだ。
「凪は何処のポジションがやりたいとか無いのか?」
「シュート打たないポジションかな?」
「そんなもの無いでヤンすよ……」
「だよね!!」
うんうん、と頷いた凪は、足下のボールを爪先で蹴りあげるとリフティングを始める。 少しもぶれずに行いながら彼女は言った。
「取り敢えず、DFやるよ。場合によってはMFにも入れるよう調整してみる」
ぽん、と一際高く蹴り上げると、今度はそれを両手でキャッチすると楽しげに笑った。
※※※
練習を終え、凪は円堂と二人、並び帰っていた。特に二人に男女の仲であるとかそういった意図はない。強いて言えば、この二人は小学校から近所に住む幼なじみという関係だった。
染々とした声で円堂が呟いく。
「ありがとな、鳴海。本当に、ほんっとうに助かった」
凪は頭の後ろで腕を組むとニシシ、と笑った。
「別にいいって!ただし、今回だけだからなー!」
すっかり乾いた凪の赤毛がさらりと揺れる。
「あとは、豪炎寺が入ってくれればなぁ……」
「豪炎寺って転校生の?」
凪は遠目で見た豪炎寺の姿を思い出す。白い髪を逆立てていた程度しか記憶に無いが、水泳部の後輩がイケメンだと騒いでいたのはぼんやりと覚えていた。彼女にとってその程度の人物ではあるが、円堂にとっては違うらしく、それは嬉しそうに話す。
「ああ!アイツ、すっげーボール蹴るんだよ!オレも見たのは一回だけなんだけどさ!こう、ガッ!!って……」
身振りも交える円堂に相槌を打つと、「でもさ……」と悲しげに俯いた。
「アイツ、サッカーは辞めたって……言うんだよ」
円堂からしてみれば、是非とも一緒にプレイしたかったのだ。うんうん、と凪は口に出すと、その場で足を止めぐるりと一回転した。
「成る程ねぇ……でも、もしかしたらその内ひょっこり入部してくるかもよ?円堂の押しに負けてさ」
「……鳴海」
「諦めるなんてらしくないって!」
すると、「あ」と凪が声をあげる。同じ方向へと円堂が視線を向けると、自宅の斜め前の家、つまりは凪の家に灯りが灯っていた。
「叔父さん帰ってきてるみたいだからお先!それじゃあな、円堂!」
凪は手を振ると小走りで家に駆け込んだ。その背中に円堂は「また明日な!」と叫び手を振った。
自宅のドアを開けば叔父である善一郎がゆったりと新聞を読みながら、ソファで寛いでいた。
「お帰り、凪くん」
「ただいま!叔父さん!」
「もう少しでご飯できるから、手を洗っておいでね」
「分かった!」
荷物を置き、手早く手洗いうがいを済ませると、善一郎はゆるりと笑いながら隣に座るよう促す。そそくさとそこに凪は座ると、今日の出来事を話し始めた。楽しげに話す凪に相槌を打つ善一郎だが、サッカーの話しになった途端、「そうだ」と呟いた。
「凪くん、あのね、提案なんだけど」
なんだろう、と耳を傾ける凪。善一郎は楽しそうに口を開いた。
「せっかくのサッカーだし、『特別特訓』しようじゃないか?」