ヤバいものが来る
そして数日間が過ぎ、いよいよ試合当日。
帰りのHRが終わると凪は教室を飛び出し女子トイレに駆けんだ。勿論着替えるためだ。
個室に入るとか制服を脱ぎ、青と黄色のサッカー部のユニフォームに腕を通す。予想以上に下のハーフパンツが短い事に驚きながら着替え終わると、手洗い場に設置されている鏡に自身の姿が映り込んでいた。
「なんか、違和感あるな……」
通常、凪にとってのユニフォームが水着だからか、サッカー部のユニフォームに強い違和感があった。袖を捲ったり、スイムキャップを被ったりしたが違和感が拭えない。悩んだ末に、制服の時のようにゴーグルを首から下げた。するとしっくりとそれは馴染んだ。「よし」と頷くと、凪はバッグを肩に掛け、トイレから足を踏み出した。教師の忠告も無視し、廊下を駆け抜け、サッカー部の部室へと向かう。
「待たせたな!」
勢いよく戸を引き開けると、円堂達が何か円になりながら話していたらしい。一斉に凪の方を見ると目を丸くした。
「鳴海先輩……ですよ……ね?」
宍戸が恐々と訊ねる。それに凪は不思議そうに頷き答える。
女子にしてはそれなりに高い身長に、全体的に薄い身体。それに加え、中性的な顔付きということもあり、今の凪の姿は少年にしか見えなかったのだ。
「……お前、そうしてるとつくづく男子にしか見えないな」
全員の心の声を代弁するように半田が染々と呟く。が、すぐにしまった、という顔で口を押さえた。だが、気にする風でもなく凪はカラリと笑う。
「まぁ、カッコいいという自信はありまくりだからね!」
「鳴海、調子に乗りすぎてんじゃねぇぞ!」
ふ、と決め顔をする凪の背中を染岡が勢いよく叩く。その強さにバランスを崩すと近くにいた秋が支えた。
「だ、大丈夫?」
「平気へいきー!ありがとう、木野さん!あと染さんいくらなんでも今のは強すぎる!」
「いつもそれくらい耐えられてんじゃねぇか!お前!」
「いつもより強いって!骨折れる!!」
ひどいな!とぼやいていると円堂が鳴海と呼んだ。
「鳴海にも紹介しとくな!今回助っ人に入ってくれる影野、松野だ!二人とも、鳴海もお前らと同じ助っ人なんだ!」
すると幽霊のように気配の薄い影野とニット帽を被った松野、マックスと目があった。あ、と凪は声を上げるとマックスと影野を交互に指差した。
「マックスと影野!久しぶり&昨日ぶり!」
「やぁやぁ、久しぶりだね凪。まさかサッカー部の手伝いしてるなんて、ボク、ビックリだよ」
「ああ、昨日ぶりだね……」
驚いたように風丸が声を掛ける。
「顔見知りか?」
凪は二人を見ると、大きく頷く。
「マックスとは一年の頃、委員会で同じだったんだよ」
「そうそう、席が近かったからね。よく話したんだ」
「んで、影野とは今の委員会で一緒なんだ」
「鳴海さんはいつもサボらないからね……」
「いや、サボるとかはカッコ悪いこし……やらないよ」
苦笑いを溢す凪に、円堂はよし!と頷く。即席に近いチームではあるが、連携がとれそうな面子だと核心を持ったからだ。
そしてグラウンドにて練習相手を全員で待った。練習に励んだことや、新たなメンバーが入ったこともあり、全体の士気はすこぶる高い。
暫くすると、何処からか轟音と地響きが鳴った。何事かと辺りを警戒する彼らの前に、巨大なトレーラーが現れる。
「え、なんだあれ」
あまりの光景に凪はふざけるのも忘れ、素で驚きを漏らす。それほど衝撃的だったのだ。
扉が開くと中から煙と共に現れた、二列に別れた生徒が、サッカーボールを足で押さえ、胸に手を当てる。その間をカーペットが転がり見事な道が出来上がる。
「趣味悪いな……」
「分かる」
呟きにマックスが同意する。だが、軽口を交わしながらもけして相手からは目は離さない。すると遂に試合相手が姿を現した。
マントをたなびかせ、ゴーグルを着けたドレッドヘアーの少年、鬼道を先頭に威圧感に満ちた相手が次々と出てくる。凪は思わず生唾を飲んだ。
「オレ、挨拶に行ってくるな!」
円堂が臆さず鬼道の元へ行くと何か話し掛ける。それを遠目で見ながら凪はトレーラーを再度見上げていた。すると、その上に誰か座っているのを見つける。
「……誰だあれ」
目を凝らせば面長の男だと分かった。ニヤリと嫌な笑みを浮かべている。ぞくりとした悪寒が背を走る。思わず凪は自分の腕を掴んだ。
「凪、大丈夫か?」
その様子に気付いた風丸が不安げに覗きこむ。
「大丈夫だよ風丸。武者震いってやつだから。んで、円堂!!向こう何だって?」
いつもの笑みを浮かべると、戻ってきた円堂に訊ねる。円堂は少し困ったように眉を歪めた。
「馴れないフィールドだから、少し練習してもいいか、だってさ。少し端寄ってようぜ」
円堂の言葉に全員が頷き一度外へと出る。だが、その練習を見ている内に、圧倒的な実力の差から円堂と凪以外の士気が下がり始める。凪は誰か逃げ出さなければいいけど、と最悪の事態を考えていた。けれど、まさかそれが現実になるとは微塵も思っていなかった。
「ちょっとトイレ行ってくるッス」
その壁山の言葉に凪はなんの疑いも持たなかった。水泳部でも直前にトイレに行きたくなる部員はいたからだ。けれども、待てども待てども壁山は帰ってこない。慌てた様子で騒ぐ冬海に苛立ちながら、凪達は壁山を探しに校舎に向かい駆け出した。
男子トイレは流石にまずいのでそれ以外の場所を凪は見て回る。けれど壁山は見つからない。
「他の棟見に行ってくる!」
「待てよ凪!!」
風丸が止めるが、凪は片手を上げると
「すぐ戻るから!」と答え校舎を駆ける。
そしてテニスコートを挟んだ向かいにある三年棟の教室を見て回る。だが、やはり壁山は見当たらない。あの巨体が隠れるスペースなんて限られているはずだ、と隈無く物陰を見て回るが到底隠れられるとは思えない場所ばかり。時間だけが過ぎていくせいで余計に焦っていた。すると、
「あぁ、鳴海さん。丁度良いところに」
現れたのは凪の担任だった。苛立ちながら凪は言葉を吐き出す。
「先生!それどころじゃないんです!壁山が!!試合が!」
しかし、担任はすぐ終わりますから、と凪の腕をつかむと無理やり教室の一つへと連れ込んだ。そして、彼女の目の前にどさり、と大量のノートが置かれる。到底一度に運べる量ではない。
「これを部活棟の方に運んでおいて貰えますか」
「え?」と凪は目を丸くした。何度か瞬き、ノートと担任の間に視線を往復させていると、担任はどこかへ行こうと背を向けた。
「え、いや!?い、今から私試合あるんですけど!!?」
「では、お願いしましたよ」
凪の言葉を全て無視し、担任はどこかへと消えていく。あまりの事にあんぐりと口を開けたまま、放心しかけたがすぐに意識を引き戻す。そして、仕方無いと部活棟までノートを持って走るのだった。
一方、グラウンドでは壁山を見つけ説得したが、メンバーの一人である凪が来ないため部員が足らない状況になっていた。
「凪先輩どうしたんスかね……」
「壁山みたいに試合が怖くなった、ってわけじゃないとは思いますけど……」
一年生達は短い練習期間ではあったが、何となく凪の人となりは理解していた。だからこそ今この場に来ないことが、不安を煽っていた。
「凪のやつ、携帯も繋がらないし……どうしたんだ」
「まずいぞ、円堂……これじゃ人数も足らねぇし」
「いや、でも凪のことだからきっと、大丈夫だ!すぐに来るって!」
しかし待っても凪が来る気配はない。ギリギリのところで目金が入り人数こそ足りたが、幾人かの不安が残ったまま試合開始のホイッスルが鳴った。