SEC〇Mしてますか!!弐

「ステイ!!!!!ステイ!!ジェイ〇ン・ス〇イサァァァああム!!!!」


ここに来て、私は有識者(一年は組)の優秀さを思い知った。
この二人、思ってたのの数倍混ぜるな危険すぎる……!しかも悪気は無いから余計に何も言えない……!伝七くんのサポートが無ければ、もっと事態は悪化していただろう。二人して息切れしているのがその証拠だ。
誰か来てくれ、特に有識者!!と願ったところ、ひょっこりキッチンに綾部くんが顔を出した。

「しんべヱ、喜三太、来てもらえる?先輩が呼んでるんだ」
「あ、でもナメクジさんが……」

そう言った喜三太君の手には5匹のナメクジが乗っている。本日購入のキャベツからコンニチワしたやつらだ。元気にウネウネしている。
綾部くんはふむ、と顎に手を当てた。

「天女さん、何か入れるものは?」
「あ、ならこれ使っていいよ」

空の洗浄済み牛乳パックを渡す。入ってもらえる?と喜三太くんの問いに答えるように、ナメクジたちはスルリと収まった。
それを見計らって手早く牛乳パックに排水口ネットを被せ、輪ゴムで固定する。これでナメクジ行方不明事件は起きないだろう。
虫は嫌いじゃないが、家の中を這いずり回られるのだけは回避したかった。

「これなら大丈夫。逃さないようにね」
「わぁ!ありがとうございます、天女さん!」

フワフワした笑顔で喜三太くんは牛乳パックに頬擦りした。チョットソノカンセイハワカラナイナーと思うものの、何が好きかは個人の自由だ。私はよかったね、と口にする。

「じゃあ何かあったら呼んでくださいね!」
「いってきまーす!」

そう言って、バタバタとキッチンからしんべヱくんと喜三太くんが出ていくのと引き換えに、綾部くんが入ってきた。

「なんで手伝いを断らなかったんですか?」
「二人ともやる気だったからね……」
「やる気があればいいってもんじゃないですよ……」
「あ、あははは……」

ぐったりした伝七くんはぐちゃぐちゃになったキッチンを指差す。私は乾いた笑いを返すしかできなかった。
夕飯作りに支障が無い程度に片して、残りは明日一人で、と思っていると綾部くんの手元に目が行った。先程からずっと持っている木製スコップのようなものだ。スコップよりも先端部は広がっていない上、歪曲面も無い。ただ、掘るためな道具であるのは違いないだろう。縁に薄い鉄が張られていることから想像できる。しかしまあ、なんとも不思議な道具だ。テコの原理で掘るのだろうか、と仕組みを考えつつ、呼び止める。

「まあ、それより綾部くんはその……スコッ」
「踏子ちゃんです」

それまでの、のんびりした口調とは真逆に素早い否定だった。こっちの言葉に被せてくるくらいに。

「ふ、踏子ちゃん……?」
「踏鋤って道具ですよ、天女さん。」

こそりと教えてくれた伝七くんに頷く。なるほど、だから踏子ちゃん。非常に助かる。
しかしトシ子ちゃんといい、踏子ちゃんといい、意外と可愛らしい名前をつけるな、綾部くん。ならそこは尊重しなければと更にもう一つ頷く。

「分かった。踏子ちゃんね、OK。えっと、その子を持って台所には入らないでね」
「ちゃぁんと綺麗にしてあるので問題ないでしょう」
「いや一応ここ、料理する場所からね。今めちゃくちゃになってるだけで。衛生的なあれであれだから、ここに……台所に持ち込まないでくれたらいいからさ」

と私が言った途端ピタリ、と綾部くんが動きを止めた。そんなに嫌かと思ったのだが、彼の視線は窓の外の暗闇に向いている。

──ピンポーン

電子音が鳴り響く。
家中の音が消えた。
インターフォンに驚いたのか、伝七くんが服の裾を握ってくる。そんな彼は自分自身に驚いたのか、慌てて手を離して後ろ手を組んだ。
少し悩んでから、私はその背中を軽く撫でると「すみませーん」と男性の声が外から聞こえてくる。

「お知り合いですか?」

伝七くんの問い掛けに首を横に振る。
回覧板を回すにしても時間が遅いし、少なくともご近所さんの声ではない。考えられるのは宅急便だが、家族や知人から事前に何か送ったとは連絡を受けていない。私も通販を頼んだ記憶は無い。

『すみませーん、誰かいませんかー!』

綾部くんのように、窓から門周辺を見る。目を凝らしてみても、明るい屋内にいるせいでぼんやりとした人影が一つあることしか分からない。
が、それがどうも門を越えそうな怪しい動きをしている。

「……ちょっと行ってくるね」

頭に主婦達の会話がよぎる。
──『ねぇ、最近泥棒が増えているらしいわよ』
まさかまさかと思ってもそのまさかの方が起きる可能性はゼロじゃない。
取り敢えず勝手口の鍵が閉まっていることを確かめる。それから手近にあったお玉を片手に、何故か置いてあった交通誘導灯を刀のようにベルトに挟んで台所から出ようとすると、あの、と呼び止められた。

「て、天女さん、お一人じゃ危ないですよ!お、おオレも一緒にいきます!」

そう言った伝七くんだが、その表情は固い。視線だって自信無さげに下がっている。
どうやら、彼なりに私を心配してくれているらしい。頑張ってこちらを守ろうとしてくれるその気持ちは嬉しいが、私だってほぼ成人。それに今この家の中では一番の年上だ。

「大丈夫。様子見てくるだけだから」
「でも……」

「伝七」と彼の肩を抑えたのは綾部くんだった。
綾部くんはこちらを一瞥すると伝七くんに視線を戻す。

「伝七は立花先輩のところに行ってもらえるかい。天女さんには僕が付いていくから」
「いや、君も来ないでくれません?危ないから」
「えっと……」
「伝七、できるね?」
「聞いて?ねぇ?」

私を見て、綾部くんを見て、伝七くんは無言で首を縦に振る。

「分かりました……お気をつけて」

足音一つ立てず、伝七くんは何処かに走っていった。は組の子たちは割とドタドタ音がしていた気がするので、こんなところで本当に優秀なんだろう。

「じゃあ行きましょうか」
「いやだから来ないでいいって、なんかあったら危ないから」
「四年生なので、それなりに危ない事には慣れてますよ」
「何年とか関係なく、私はここで最年長として君たちを守らなきゃいけないものなんだって」

こればかりは譲れないポイントだ。
感性が違う、考え方が違う、常識が違う、それは仕方ない。ある程度許容するし、歩み寄る。けれど、道理までは譲れない。
年上が年下を守るのなんて、当然じゃないか。
マイペースすぎてまったくこちらの言う事を聞いてくれない綾部くんに、はぁヤレヤレとため息を付けば、言われた側の本人が目を瞬かせ「おやまぁ」と呟いた。
何がおやまぁなのか。言え、言うんだジョー。
じとと目線で続きを促すけれど、綾部くんはふぅん、へぇ、と少し面白そうにチシャ猫みたいな笑みを浮かべた。

「なら、天女さんより前に出なければいいんですよね」
「ええ……」
「早く行かないと。入ってきそうですよあの人」

ああ言えばこう言う。やはり綾部くんはクソガキなのかもしれない。
時間がないので出るなよとだけキツく言ってから玄関に向かう。
家のインターフォンの内線は玄関にある。私は躊躇なく応答ボタンを押した。
ざー、とノイズが流れる。

「どちら様ですか?」

低めの作った声で呼びかける。
古いインターフォンなので、カメラ機能はない。どんな相手がそこにいるか、やはりまだ分からない。
数秒待っても返答は無い。

「どちら様ですか?」

再度こちらから呼びかける。

『──お届け物です』

男が言った。
玄関の曇りガラス越しに見える人影は、こちらが返したからか妙な動きを止めたようだ。

「ウチ、特に荷物を頼んだ記憶は無いんですが」
『いや、しかし荷物があるのは事実ですので……』
「なら申し訳ないんですが、どこの会社か教えていただけますか?それと、荷物番号も」

疚しいことがないなら、うっとおしがっても答えるはずだ。
だが、もしそうじゃないなら。

──男が黙った。

クロか。
背中に嫌な汗が滲む。
スマホを取り出して110と打ち込んで、通話ボタンを押そうとした。

その瞬間だった。


「こら!お前何してる!!」


ドアのガラス部越しにライトがチカチカと瞬いた。
続いて暴れる男の声と、別の男の声が暗闇に響く。
私は静かに様子を窺う。
まだ切っていないインターフォンからも、ガサゴソという音が聞こえてくる。

『──お…なし……!』
『──だ!……ろう!!』
『──────き……つ……ろ!!』

会話は上手く聴き取れない。早いとこインターフォンを修理しとかないと駄目だなこれは。
通話可能時間が終わり、何も聞こえなくなるなり私は耳たぶを揉んだ。ノイズ越しに聴くのは割とストレスだった。
これはもう、一度外に出るべきだろうか。
ガラス越しの暗闇を見つめ、私は玄関に降りた。
が、そこで動きを止めざるを得なかった。

「綾部くん、ちょーっと離してくれない」

腕を綾部が掴んでいる。振りほどけない強さではないが、なんなんだという気持ちはある。
遺憾の意だと綾部くんの顔を見ればシィ、と人差し指を口元に当てた。疑問に思いながら、私も口に手を当てて声が出ないよう抑え込む。
無音になると、こちらに近付く足音があるのが分かった。

「すみませーん」

声がする。

「私は交番の者なので」

声が近づいてくる。
私は、無意識に生唾を飲み込んだ。
こっちに近付いているのはお巡りさんってことならば……。

「……すがあぁぁああアアアアっーーー!?!!」

お笑い番組でしか聞いたことが無い音と叫びが響いた。
──いや、なんかおかしいことにならなかったか今。明らかにボッシュートの音がしたような。
スッと振り向くと、変わらず無表情の綾部くんがいた。

「……綾部くん」
「なんでしょうか」
「何個掘った?」
「さぁ。いくつだとあなたは思いますか?」
「どこに掘った」
「さぁ。どこでしょうね。というか、侵入者が落ちたならいいことでは?」
「お巡りさんが落ちたのはマズイんだって!!」

私は無言で綾部くんのほっぺを摘んだ。
これは教育的指導である。虐待ではない。
──タテタテヨコヨコまるかいてちょん!!
慣れた手つきで彼の頬に赤い跡を残し、私は家を飛び出した。

外では予想していた通り、大穴がコンニチワしていた。その中からうめき声もする。
正直、言って血の気が引いた。公務執行妨害とかになるのかこれ!?とか傷害罪!?とか前科一犯!!?とか浮かんでは消えるが、それより何より引っ張り出さなくては!とお巡りさんに手を伸ばす。
幸いなことに、引っ張り上げたお巡りさんに怪我はなかった。それでも何度も何度も頭を下げる。

「その、ウチにちょっとやんちゃな子がやってしまいまして……こちらがしっかり見ていなかったばかりに、大変申し訳ありません……!」
「ははは……いや、いいんですよ……」

よし、いけた。ギリ行けた。
見えない位置でガッツポーズをしてから表情を繕う。イメージは困ってる儚げ女性だ。中身の強さがスギ花粉の化身だのスギナだの、アメリカザリガニと言われようと、暴れる自由な大いなる意思を抑え込めばそれなりに儚く見える演技はできる。

「ありがとうございます!それであの、それで先程の宅配を装った方は」
「ああ、最近ここらで悪さをしていた強盗でしょうね。すぐ連れて行くので安心してください」

にっこりとこちらを安心させるように、お巡りさんは言った。その後ろでは、一人の男性を取り押さえ別のお巡りさんがいる。
ただ、その表情に、その仕草に、その顔に、違和感だけが積み重なる。何が、と言われると言葉にし辛いが、確かにあるのだ。

「……そうなんですね。ありがとうございます」

明確に形にできないなら、口にはしない。これは鉄則。ありきたりな、誰もが当たり前に選びそうな言葉で会話する。

「いえいえ。それでは、我々はこれで」

お巡りさんは強盗を引き連れ去っていく。
門の横からそれを見送る。
そういえば、なんでこんなタイミングよく警察が来るんだろうか。
ふと、頭の中で浮かぶ疑問。
警察官の見回りが歩きなのはおかしいか?いや、これは分からない。なら何か見落としていないか?別のこと。何か。何か……。
とん、と人差し指の指先で片腕を叩く。
音。灯り。ノイズ。

「あ」

ピースがハマった。
──ああ、そういうことか。
頭の中がス、と冷えてくる。

「あれ、誰なんですか?」

いつの間にか家から出てきていた綾部くんが言った。後ろ手で踏子ちゃんを持って、少し低い位置からこちらを見あげている。

「君ねぇ……」
「言われた通り、天女さんの後ろからは出てませんよ」

確かに一歩分、彼は後ろに居る。
屁理屈も理屈。言ったモン勝ちってことか。なるほどやはり綾部くんはクソガキ。理解した。
ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き回してから、息を吐き出す。

「……一応お巡りさん。治安維持とかしてくれる人だよ」
「侍所みたいなものですか?」
「さむらいどころ?」

日本史の授業で聞いたような、聞かなかったような。なんだったけ。
浮かぶイメージは「チェストぉォオ!!!」と叫ぶちょんまげ頭の侍だ。多分違うけど。
そもそも彼らの時代、全国統一されているのか。それに加えて支配体系は現代とは大きく異なるハズだ。『侍所』とやらも、中央集権型で全国的展開をしているとは思えない。なんとなく、今の都道府県より小さな国の中で、ルールが異なるのではないだろうか。ようするに『侍所』=現代の警察とは言えない……?そうなるとなんだ?自警団ではないし。でも大まかな区分で言えばそう言えなくもない……?

「それに該当するかはちょっとよく分からないんだけど、君たちの時代でこの国……京とか、地域的なのじゃなくて、日本、日ノ本という国に置いて、全国展開しつつ地方の小さな町の治安を維持する人たちっている?」
「……となると、侍所ではないですね。あれは京を中心に動いてますから」
「はへー、そうなんだ」

侍所は京を中心に活動してるチェスト。なるほど分かった。あとで調べとこう。やっぱよくわからないし。
うんうん、と私は首を振った。

「あとはもう自分たちで捕まえるとか、惣村ならばそこの自警団もあったりますし……」
「ナルホド成る程」

つまり、今の形の警察に該当するものはやはり無いということでファイナルアンサーなのだろうか。

「ここでは国……将軍が全て取り仕切っているんてすか?」
「んー、大体そんな理解でいいと思う。大体の町に何人か、ちゃんとした犯罪を取り締まる役人さんが来てくれるんだよ」
「ふぅん」

綾部くんの目がスッと細くなる。視線の先は彼らが去った方向。白い街灯の光がチカチカと黒いアスファルトの地面を照らす。そこにはもう誰もいない。

「ねぇ、天女さん」

暗闇に淡々とした声が響く。

「前の世でも、悪人はいるんですか?」

私は答えず綾部くんの頭に手を置いた。そのままぐしゃぐしゃと前髪を乱せば、うっとおしそうに払われる。何をするんだと訴える彼の子どもっぽい目線に私は笑った。

「ま、君たちが気にすることではないよ。ここは年上に任せなさい」

綾部くんは口をへの字に曲げると、もう一度無出ようとした私の手を叩き落した。
クスリと笑って「家の中に戻るよ」と綾部くんに声を掛ける。くるりと回って道を背に、花一つ無い殺風景な庭を眺めた。暗闇に慣れてきた目は、薄い月明かりでも周りがよく見える。

「っと、そうだ綾部くん。学園に戻る前に5カ所直しておいてね。あっちの窓の前、勝手口前、それとあっちの隅っこのやつと……裏のそっちもか」
「おや」

ぱちくりと綾部くんは目を瞬かせると、庭を見てから私を見上げた。その顔には驚いたと堂々書いてある。

「なんでそう思ったんですか?」
「あると言う前提で見れば分かるよ」

むしろ月影が、僅かな差異を浮かび上がらせてくれた。反射と影だけは、どうにもならなかったのだろう。あと見えない場所は家の立地と間取りを頭の中に展開して、何処なら相手を落とせるかに意識を持っていけばいい。そうすれば自ずと見えてくる。
へえ、と綾部くんは感心したみたいに言った。

外の気配が無くなったからだろう。家の中から喜三太くんとしんべヱくんが一直線にこちらに向かってくる。

「「天女さーん!大丈夫ですかー!!」」

が、どうにも二人とも前を見ていない。ポッカリ空いた穴は避けたが、大回りしたその場所は、真っ直ぐ行けば落とし穴リターン!!
そして更にそこに現れる伝七くん!こちらも二人に遅れまいと爆速で横に並ぶ!
アカーーーーン!!!と頭の中のお祭り男が叫ぶ。
スライディングして三人を止めようとするも時すでに遅し。

「「「あ」」」

咄嗟に腕を伸ばして三人を抱えたが、重さに耐えきれず私も穴に落ちる。それでも子どもには怪我をさせまいと、抱え込んで思いっきり背中から落ちた。

パラパラと落ちてくる土が目に入らないよう手で傘を作る。

「君たちけが……」
「「「て、天女さんがぁ……!!しんじゃう!!!」」」
「しんでないしころすな、おちつきなさい」

頭打ったよね?また記憶喪失に……!?と元気なのはよく分かった。怪我がないのもよく分かった。
こちらはわーん!と引っ付かれた重みで意識が飛びそうだが、まぁよし。

「ちゃんと前を見ましょうね……」

穴の底で三人を順番に撫でると、少し落ち着いたようだ。
助けに来てくれた立花くんに三人を引き上げてもらい、最後に私が穴から這い出る。ぜえはぁと地面にへばりついていると、手が差し出された。その主を見れば綾部くんだ。

「お見事です」

飄々と、淡々と、何の罪悪感もなくそういうものだから、私は口の端を引き攣らせた。

「お見事です、じゃないよ綾部くん」

まったく、と少しだけ怒ったというのに、彼は不思議なことに随分嬉しそうに笑った。