SEC〇Mしてますか!!肆

『──拝啓、忍術学園学園長 大川平次渦正様

白南風が、ようやく梅雨明けの知らせを届けにやってまいりました。

さて、本日は諸連絡の為大切な生徒たちを遣わせてくれてありがとうございます。
そちらで既に分かっていることでもあるとは存じますが、認識の違いがあっては困ります。簡易ではありますが、こちらで分かっていることを記載致します。

一つ、夕刻、或いは深夜にこちらへの道が開けること。
一つ、方法は何かしらの奉納を行うこと。
一つ、夕刻に来た者は深夜に、深夜に来た者は夕刻にそちらへ帰ること。

また、手掛かりになりそうな、』

そこまで書いてペンを止めた。
少し重い足音だ。多分立花くんだろう、と顔を上げて一瞬固まった。

「……?どうされました」
「あいや、なんでもないよ。立花くんこそ、どうしたの?」

女の子が立っているかと思って、なんて口を滑らせるわけにはいかない。
けれど、サラサラロングヘアーの女子が立っていると見間違うほど髪を下ろした仙蔵くんは美人だった。……『アイムパーフェクトヒューマン』と書かれたTシャツを貸し出さない方が良かったかもしれない。
そんな考えを見透かしたように、彼は上品に笑った。

「あちらは皆、寝入ってしまったので」

目を瞑って耳を澄ませ……即座にパチリと目を開く。
いやデカい。デカすぎる。何なんだこのイビキ。スヤスヤって感じではなく、どこかの豆腐屋が峠でスピンしてるみたいな音だ。

「安心してください、しんべヱです」

こちらは何も言っていないのに立花くんは言った。
何が安心なのだろうか。まったくもって分からない。分からないが、立花くんの目が怖かった。

「え、ええと……その、もうちょっとでこっちも手紙は書き終えるから、そしたら立花くんも寝たら?」
「いえ。今は忍者のゴールデンタイム。何も問題ありません。それにあの部屋で寝れる気はしないので」

それはそう。深く頷いて同意を示す。
だがしかし、ゴールデンタイムってなんだそれ、という疑問もある。けれどそういう定義ってあるんだなぁ、と取り敢えず適当に流す。

「それならお茶でも淹れようか。私も喉渇いたし」

立ち上がって台所に向かう。朝保温ポットに入れておいたお湯が使えればいいなと、軽く出してみればまだ湯気が上がった。温度的に問題無いと思う。
急須に茶葉をティースプーンで入れてから、お湯を注ぐ。それをお盆に乗せて、湯呑みも二つ持って居間に戻ると、立花くんが書き途中の手紙を読んでいた。
読まれて困ることは書いてないし、別にそれは構わない。彼も気になることが多いだろう。

「何かそっちの認識と違うことでもあった?」
「読む限り、伊作や留三郎たちから聞いたものと相違なさそうです」

立花くんから手紙を返してもらい、代わりに湯呑みを渡した。ありがとうございます、と言って受け取ると、彼はそのままちゃぶ台に置いた。
ぱち、と瞬いてから私は湯呑みに口を付ける。ちょうどいいくらいの温度だった。

「この先は何と書くつもりだったんですか?」
「謎のふんどしについてだよ」
「は?今何と?」
「え、謎のふんどしについて?」
「な、謎のふんどし……!?」

そこは共有されていなかったらしい。
取り敢えず手短に先日の話を伝える。どうやら私の家が何かしらのふんどしに書かれているとかいう、荒唐無稽且つ、全く意味の分からない話だ。
話を聞いた立花くんはスペースなキャットの顔をしていた。いや分かるその気持ち。ふんどしに記されし一族っていやだよね。当事者として本当にそう思う。心の底から本当に。
立花くんはその眉間に深い皺を寄せ、頭を抱えた。低い声でそれは想定していないと吐き出すので、私はそっと隠し持っていたお煎餅を差し出す。が、やんわり断られた。

「その……謎のふんどしとやらは、何が分かったのですか……?」
「それが、知ってそうな祖父に聞いてみたけど、何も。そもそもふんどしとか、家中に祖父の使用未使用のものがあることしか、私は分からないし」

電車に乗り、祖父のいる施設まで足を運んだが成果は一つも得られず。ただ、終わらないしりとりバトルを繰り広げるだけだった。
可能性として挙げられるのは『ふんどし』が伝言ゲーム形式で違う形になっていること。
それと、マジモンの文字とかが書かれた『ふんどし』が、どこかに存在するかだ。できれば前者であって欲しい。切実に。
ふんどしの一族だけはいやだ……!ふんどしの一族だけはいやだ……!と思うもののどこかの喋る帽子に「汝はふんどしの一族!!!」と宣言される姿をイメージしてしまい、指先が冷えた気がする。
もう一度、湯呑みに口を付ける。

「その、一応聞くけど、忍者の使う手法でふんどしで情報を伝えるとかあったりする」

後者の可能性を少しでも減らすべく、小声で訊ねる。う、と何とも言いづらそうな呻きを上げて立花くんは顔を背けた。

「まぁ、その……使えるものがあれば、何でも使うのが忍者なので」
「書いたのか……ふんどしに……」
「わ、私はそんなことせずとも忍務をすませますよ!!あくまで、伝達のために使わないとは限らない、というだけです!」
「そっかぁ……」
「その疑わしいという目を!!やめてください!!」

ならそのことも含めて書いておくしか無い。否定できるものが手元にないなら、それはあるかもしれないのだから。ふんどしの一族、なんて嫌な響き。メソメソとボールペンで残りの部分を書き記して、封筒にしまう。封として糊付けした上から適当な判子を押せば完成だ。

「どうぞ、立花くん。」
「……はい、確かに受け取りました」

やれやれ、と疲れた顔をする立花くんに労りの意味も込めて、再度お煎餅を差し出す。
片眉を跳ね上げ、深々と長い息を吐き出して彼は受け取った。
さて、これでやることは終わりだ。

「それじゃあ、早いとこ立花くんも寝るようにね」

ちらりと窓の外を見る。深い夜闇にまだ、人の姿は見えない。
杞憂であればいい。この予兆が、推測が、間違いであるのが一番なのだ。

「天女さんはどうされるんですか?」
「私はまだちょっと起きてなきゃいけない事情があるんだよ。こっちは気にしなくていいから」

少しだけ口角を上げ、小首を傾げる。顔はおすまし寄りで。友人曰く、そうするとマトモな年相応のお姉さんっぽくなるらしい。
それを見るなり立花くんは幼い雰囲気が滲んだ笑みを浮かべた。懐かしくて、苦しそうで、それでも良かったと言いそうな、そんな表情だった。
けれどそれは一瞬。すぐに隠れてしまった。

「……成る程、と言いたいところですが、こちらも『はいそうですか』と頷ける状態では無いのですよ」

立花くんがシィと指を立てるので、自身の口を押さえる。
夏の夜の静寂に虫の声ではなく、ビガガガガカギィ、と歯ぎしりなのかいびきなのか分からない音が響く。さっきより大きくなってないか、あれ。

「あれで寝れると思いますか」
「いや、それはごめん。謝るよ」

私は文次郎じゃないんだぞ、と言われたが誰だ文次郎。ギンギンに忍者ってなんだ。忍者……???セミじゃなくて??
謎に責められ何度か謝る。私が悪いのかこれ。
しかし、あの中で眠れる喜三太くんたち何か特殊な訓練でも受けているのだろうか。と、思っていたらスパンと音が聞こえた。誰かトイレで起きたのかと思いきや続けて苛立たしそうな足音が近づく。
ムスッとした顔で居間に入ってきたのは、綾部くんと目を擦りながら枕を抱えた伝七くんだった。綾部くんはいつの間にか、貸したTシャツから紫色の忍者装束に変わっている。

「伝七をお願いします」

そう言うと綾部くんは伝七くんの頭を強制的に私の膝に乗せ、どこかに行った。その間凡そ数秒。
気付けば膝枕され寝ている伝七くんが居間に追加されていた。
膝上装備:伝七くん(NEW!)
何でどうしてそうなったのか、分からないがそういうことだ。

「え、何??何が起きたの??」

申し訳ないが起きてくれ!と軽く伝七くんを揺するが、僅かに目を開けてこちらを見上げた後、お腹周りにぎゅう、としがみついてそのまま寝た。
這い寄るコンプライアンス委員会。近付くイエスロリショタノータッチの罪。明日の朝日は拝めねぇからなと生き恥がカンペを持って立っている。やめてくれ、私は無罪です。

「え、え、あの、え……?立花くん、ワタシムザイ!?というか、動けないし!?え!?なんでこうなった!?いや伝七くんはな……力強ッ!?指かっった!!!?」

上半身を後ろに捻り笑いを隠していた(隠れていなかったが)立花くんが、まだ引き攣りながら言った。

「でしたらこうしましょう。碁を一局、あなたが勝てば伝七を移動させます。私が勝てば」
「え、この状況でやるの??え??嘘でしょ??いや伝七くん、更に服掴まないで!?締まってる、締まってるから!?寝たふりなので……は、って寝てるな……!!?スヤスヤですね?!大きくなれよ!!!?」

困惑に困惑、それと腹部圧迫による苦しさが重なりワタワタしている間に、立花くんは碁盤と碁笥を持ってきた。確かあれは私ですらどこ閉まったか忘れていたもの。なんで彼がそれを持ってこれるのだろうか。
そう問うこともできず、ゲームは始まる。こちらの有無も言わせない勢いだった。

立花くんは黒石。先手。私は白石。後手だ。
囲碁将棋麻雀マンカラ、この辺りは一通り祖父母宅近所の老人たちから教わった。ルールなんか分かるが、強くない。趣味の延長、付き合いの一環ともいうくらい。良く言えば、嗜む程度というもの。弱すぎて床を転がった記憶しかない。
それなのに、今は自分が恐ろしいかった。
碁笥から白石を取って打つ。線と線の交点。盤上の限られたその場所に、相手の『次』を予測して一つ一つ置いていく。
考えている間は、しんべヱくんのダイナミックイビキのBGMすら聞こえない。
立花くんが打つ。黒石を摘む筋張った白い指先が、やけに目についた。その場所では死に石に、と思ったが、やけに誘われている気がしてならない。いや実際そうなのだろう。
……少なくとも、以前の私ならそんなこと分からなかった。今はどうしてか手に取るように分かる。
さて、どうしようか。碁盤から視線を上げるとふ、と息を吐き出した立花くんと目があった。

「天女さん、どうします?」

挑発的に目を細め、口は緩やかな弧を描く。クソガキ感がある気がするのは多分私の感性だろう。
私は白石を打った。ぱちん、軽い音が響く。

「おや」

綾部くんのように、立花くんは声を漏らした。そちらの挑発に乗るとは思ってなかったらしい。
別にイラッとしたから乗ってあげた、なんて理由じゃない。
単純に、『そちらの方が面白そう』だから。勝負なんてそんなもの。全力でやって勝つのが楽しいのだ。何より盤面では誰も死なない。何度試行実験を繰り返してもいいのだから。

「どうぞ、立花くん」

次はどうする?どう面白くする?
定石の手を打つか、はたまた奇策に転じるか。
──思考する。
──見る。
──打つ。
指先と脳だけが加速する。次。次。次。さて、どうしたら相手より有利なる?どう来てくれる?
目を追いかける。目を潰す。目を。目を。目を。
考えだけで即座にいくつも浮かんでは消えていくのに神経が焼き切れそうな熱さはなく、酷く冷めてクリアだった。
黒、白、黒、白が減って、また白が増え、黒が増え、と盤面をモノクロで染めた後、立花くんは固まった。余裕のあった表情をすっかり崩している。こちらの手に気付いたようだ。
まぁ、もう遅いわけなんだが。
ここから逃げたところで、すぐに終わる。そういう風に罠をばら撒いた。

「はぁ………」

後ろに手をついて、立花くんは片手で顔を覆った。

「あなたは、本ッッッ当に言動性格とは真逆の手を打ちますよね」
「エッッッ!!?何処が!?」
「そういうところですよ。あ"ー……」
「エッッッ!!!?」

突然治安が悪くなった立花くんは、口を大きく開けて笑った。それまでの大人びた敬語優等生キャラから、年相応の幼さがある笑い方だった。
それが落ち着くと、あーあ、と呟いて立花くんは居住まいを直し両手の拳を畳に着け、上半身を倒す。

「負けました」

たった一言。
されど一言。
そのためだけの綺麗な所作だった。
ふ、と空気が緩んだ。立花くんははらりと落ちた髪を払い上体を起こすと、夕飯の時に一瞬覗かせたあの表情を浮かべた。

「ええ、負けです、私の負け。記憶が無いというなら勝てると踏んだんですが、やはり駄目でしたね」
「ええ……」

人をこき下ろしたいのか、褒めたいのかどちらかにしてくれ……!
膝上の伝七くんの頭を撫でながら、私は肩の力を抜いた。いつの間にか、随分力が入っていたらしく凝ったようなダルさがある。ぐるりと首を回し、すっかり冷めた湯呑みに手を伸ばした。

外の闇は予想よりも深くなっていた。そろそろだろうか。彼らが来るのは。時間までは流石に予想できないので、遅ければ遅いほど仕掛けられるものが増えるので助かる。
冷めきったお茶で口を潤しながら考える。

むにゃと伝七くんが呟いた。
深く寝入っているようだ。頬をつついてもまったく起きない。伝七、と立花くんが揺すってもむにゃと身体を丸めるだけだ。


「よく寝てるね」


サラサラと顔にかかってしまった髪を払った瞬間だった。

──がたん。
外から物音がした。方向は勝手口の辺り。素早く息を殺す。
……来たか。

あの夕方に来た泥棒、そして警察。
どちらにしてもおかしなところが多かった。
まず、明らかに電気が付いているのに不審な動きをして、さも「入りますよー」と言わんばかりの泥棒。それに、見計らっかのように来た警察。
あの時間は警察の見回りをしている時間ではない。それに、私がおかしいと強く感じたのは、彼らが持っていたトランシーバーが、ハリボテだったからだ。
目の悪いお年寄りなら騙せたかもしれないが、これでも私とてサバゲー同好会所属。トランシーバーオタクの同期から色々教わっているのだ。まぁ、その同期程瞬間的に分かるわけではないが、犯人を捕らえたというのに、どこにも連絡を取らない時点で随分おかしいだろう。
きっと、あの三人は最初からグルで、夕方のあれそれは威力偵察件、警戒を解かせる目的だろう。
それならちゃんと警察に、と思うかもしれないが、この辺りは監視カメラが少ない。それにインターフォンも通話機能のみ。提出できる証拠が無い。となると、話は聞くだけで終わる可能性が高いだろう。

もう一度だけ、さらりと伝七くんの頭を撫でた。


「てんにょ、さ……」


そう幸せそうに呟いた。力が緩んだのか、洋服を握っていた手が滑り落ちる。
私は伝七くんの頭の下に手を入れ抱えると、近くにあった座布団を枕に寝かせた。起きる気配は、やはり無い。
よかった、と思いながら腰の交通誘導灯に手を伸ばした。これでも手近な扱い慣れた武器だ、一応。
私は頬を叩くと立ち上がった。


「……立花くん、伝七くんを、」


お願い、と言おうとした私の言葉を遮り立花くんが言った。


「大丈夫ですよ。天女さん、何も心配することはありません」
「いやでも」
「問題、無いんです」


ぱちり。
どこからか出した扇を広げると、薄桃色が立花くんの顔を半分隠した。


「あの物音は、大方喜八郎でしょう。勝負であなたも疲れているんですよ、ほら仰いであげますから休んでください」

涼しい風が送られる。それに混じって、何か変な匂いがする。あれか、お香を焚いてあるとか?
しかし、それは絵面がまずい。女の子と見間違う少年に扇子で仰がせなんてコンプライアンス委員会が来てしまう。


「……ぁ、れ?」


突然、ぐわんと視界が歪んだ。目の前の平行が上手く掴めず、壁に手を付く。
なんだ、おかしいぞ。
今は立っている。それなのに落下しているような感覚がする。右と左が分からない。前を見ている。あれ?下を向いていた?右?だめだ完全に方向感覚が狂っている。
せめて、体勢を直さないと。
けれど足の力が抜けていく。ズルズルと畳に座り込んだ。
意識すらもうつらうつらとしている。


「な……は……」


無駄に光が入って眩しい。
口がうまく動かない。
せめて頭だけでも、と思ってもそちらも動きが鈍い。強めの風邪薬を飲んだ時のようだ。

「大丈夫ですか?」

ぱたり、と薄桃色が視界の中で揺れる。
何か盛ったか……?食べ物?盛る余地は無かったはずだ。飲み物もそう。お茶を淹れたのは私で、そこに彼が手を加えることはできなかった。ならば囲碁の最中?それもできないだろう。立花くんの一挙手一投足全て見ていたのだから。

まぶたが重くなる。
駄目だ駄目だ。このままでは。

詳細な像を結ぶことすらできない視界で、ちらちらと薄桃色の影が何度も揺れる。
──ああ、そうか。

「ッ扇か……!」

全身で、腹の底から声を出したのに、出たのは低い吐き出したような声だった。
恐らく立花くんは、何かしらの薬物をこちらに嗅がせたのだろう。扇の紙にそれが塗り込めてあるのか、薬をまぶしてあるかは知らないが。

「その通り」

くく、と悪戯が成功したみたいなな顔で立花くんは笑った。なーに笑ってるんだか、と冷や汗を流しながら眉を潜めると、彼はこと可笑しそうにする。


「いや、貴方にこの手が通じたのがどうにも愉快でして」


ぱちん、と立花くんは扇を閉じた。
同時に私も限界を迎えた。むしろ、ここまで一般大学生が忍者(ガチ寄り)の薬に耐えたのは、快挙と言っても差し障りない。
せめて、何もありませんように。
意識が暗闇に包まれるまでの短い間、私の耳に寂しそうな立花くんの呟きだけは届いた。


「お休みなさい、天女さん。どうか良い夢を」