不思議な出会いから二日。
あれから誰かが来ることは無く、私はぼんやりと夏休みを過ごしていた。何度かやはり夢だったかもしれない、と思おうとしたが出来なかった。何せしっかりとした証拠に気付いてしまったから。
そう、何故か着ていたTシャツの両袖が引き千切られるというミステリー。なんか肌寒いな?と思っていたら、袖が消失してワイルドな私が爆誕していた。
いや、なんで?
そんな疑問も多々あるが、非日常が残した、明らかすぎる爪痕だった。
未だそのTシャツは捨てられず、部屋に吊るされている。
「ただいまー」
バイトから帰ってきて玄関に入ると、ガランとした家に1人分の声が響いた。
ここで暮らし始めて一年。最初はこの静かさを寂しく感じても、いつの間にか何とも思わなくなっていた。
……筈だった。
少し前から無性にこの無音が寂しく感じた。タイムスリップした、私の知らない私を慕う子ども達に会ってしまったからだろうか。
なんて、らしくないセンチメンタルな考えが、頭の中で図々しく幅を利かせている。
本当に私らしくない。少し前までの私はそんな風じゃなかったのに、と思いながら靴を脱いで、ふと今日はまだ郵便受けを見ていなかったことを思い出す。
面倒くさいという気持ちと、家の管理責任の二つが攻めぎあう。1日くらい取らなくてもまぁ良いんじゃないか、とイマジナリー祖父が右側で囁き、二十歳手前なんだからしっかりしないと、とイマジナリー祖母が言う。少し迷って、私はイマジナリー祖母の言葉に従うことにした。「遺影はイエーイで」と孫に依頼する祖父より、イタズラをした時ケツをしばき上げながら説経する祖母の方が真っ当だったので。
溜息を吐いてから運動靴を履き直して外に出る。
外は陽が僅かに傾き始めていたが、暑さは引く気配を見せない。お蔭で汗が止まらない。
あーやだやだ、めんどくさいと口にしながら郵便受けを開けると、真っ先に目に入ったのは地元の夏祭りのお知らせだった。
そう言えばそろそろかと思い出す。確かこの時期になると、祖父母と両親とよく行ったな。あの時は浴衣に桐の下駄をカラコロ鳴らしながら、手を引かれて星空の下を歩いた。りんご飴を買ってもらって、それが上手く食べられずに苦労した思い出が蘇る。
去年はバイトが入っていて行けなかったんだよな、と眺めていると、とある一点に目が吸い寄せられた。
「……!?」
思わず息を呑んだ。『夏祭り特設ステージ!一発隠し芸大会!』と書かれたそこに、燦然と輝く『特別審査員賞 金券二万円』の文字。
……狙うしか無いこれは!
お知らせを高く掲げ、太陽に透かす。これぞ神からの天啓也。
待っていろ金券。別名お肉券。今そう決めた。お前の名前は金券じゃなくてお肉券な。分かったら返事をしな、お肉券。
取らぬ狸の皮算用とは言ったものの、負けるつもりはサラサラ無い。くふくふと笑いながら、ポストに入っていたもう一枚のチラシを見る。
「……げ」
それまで楽しかった気持ちに冷水が掛けられた気分だった。
もう一枚の内容は、この辺りの再開発について。
地元議員の一人がこの計画を猛烈にプッシュしてるらしいが、多くの人からは反対にあっている。ここ最近、街頭で煩く喚き散らかしているとは思っていたけれど、ついにチラシまで各家に配り始めたからしい。いま協力すれば新しく建てる予定のオシャレマンションに優先的に入れます、なんて書かれているけどちゃんちゃらごめんだ。ボロくても私はこの祖父母の家が大好きなのだから。
べ、と小さく舌を出して私はチラシをぐちゃぐちゃに丸めてポケットに突っ込んだ。
ああ、もう、本当に最悪だ。
これが法律的に何か引っ掛からないか調べてやろうか、なんて地味な嫌がらせを考える。
だって祖母は言った。『法は弱者の武器なのよ』と。パワーisジャスティス。武器は揃えてなんぼ。
なので明日、本屋さんでポケット六法でも買うか。
「お、いたいた!お孫ちゃぁーん!」
見知った声に呼び止められ、振り向くと近所のお婆ちゃんがえっちらおっちら歩いていた。その手にはパンパンになったスーパーの袋が一つ。
嫌な予感がする。
「これなぁ、今日採れたんだけどねぇ!良ければもらってほしくてねぇ!」
「おわ……」
ほほほ、と笑いながらも素早く私に袋を握らせ、お婆ちゃんはまたえっちらおっちら去っていった。何であの歩き方なのにあんな速いのか。こちらが断る間もなかった。
その背中を呆然と見送ってから顔を下に向けると、袋の中には丸々太った西瓜が一つ。
……どうしよ、これ。
※※※
とりあえず西瓜は湯船に水を張って投げ込んだ。この家の水は地下水なので夏場でもキンキンに冷たいのだ。数日に分けて食べるにしても、一度冷やしてから西瓜は食べたい派だ。
ついでに水浴びをして汗も流した。バイト帰りでびっちゃり汗にまみれたままではいられなかった。
タンクトップにショートパンツ姿で、胡座をかいて腕を組む。「さて」と卓袱台の上にお祭りのチラシを広げた。
お肉券争奪戦にどうやって挑むか。それが問題だ。
何せ私は一人。友人や先輩、後輩を巻き込んで、と行きたいところだが、果たして自由人な知人ばかりで何人が連絡が付くか分からない。ましてや今は夏休み。彼等は解き放たれてしまっている。確実に一人はアラスカに旅立ったし。
と、なると一人でも派手に決めなければ、審査員賞には成れまい。
ふむ、と顎に手を当てる。
そして思い出した。
「そう言えば、ジジイの箪笥に新春隠し芸大会で使ったやつ、あったな……」
──某上様のキンキンキラキラ着物、と。
思い立ったら即行動あるのみ、立ち上がって祖父の部屋の箪笥を漁る。
しかしお目当てのものは見つからない。記憶では間違い無いはず。
そうなると、施設に入る前に何処かに移したのだろうか?
祖父が物を入れてそうな戸棚を片っ端から開けていく。居間、寝室、キッチン、脱衣場、書斎、屋根裏。上見て、下見て、左見て、右見て、確認しても見つからない。出てきたのは褌、褌、穴の開いた祖父のステテコ、なんか良くわからない文字の書かれた紙、謎のお札、以上。
一体、何処に入れたのか。考えつく場所は全て見てもやはり無い。
残るは仏間。あそこには仏壇の他に箪笥が置かれていたはずだ。昔のように先祖代々の写真が無くても、クソデカ仏壇があるあそこに、そんなものしまうだろうか?
と考えたところで脳内をフラガール姿の祖父が腰蓑を靡かせ駆け抜ける。
いやまぁ、確認するだけしてもいいのかもしれない。だって祖父だし。
流石に捨ててる可能性だってあるのだから、と仏間の箪笥を開ける。
そしてマジかと固まった。
OHマ◯ケン。YESマツ◯ン。光り輝く黄金の加護を授かりし者。その証たる金ピカの着物がそこに鎮座ましましていた。
しかも謎のポンポン付きの棒まで出てきた。
何を思って祖父はこれをしまったのか……。今すぐ問うことができないもどかしさ。血縁ながらに行動が読めない人だ。
「けど、これならワンチャンいけるよね」
そう呟いて手元の着物をじっと見つめる。
キンキンキラキラ輝く光。これぞ我が秘策也。
ひとまず来てみるか、とタンクトップとショートパンツの上から羽織り、適当な腰紐と半幅帯で着付ける。あっという間にマ◯ケンスタイル。
これで一緒に出てきた棒を持てば完璧だ。どうせ誰も見てないし、とちょっとリズムに合わせて身体を揺らしバッと両の腕を上げる。
その瞬間だった。
ドン、と地面が揺れた。
地震か!?と思うも身体は咄嗟に動かず頭を庇うこともできない。私にできたのはただ、その場で目を閉じて固まることだけだった。
けれど、第二の揺れは来ない。
恐る恐る目を開けると、私がいるところから数歩先。同じ仏間の中に見たことのある三人と、見たことのない八人の子どもたちが祈るようなポーズでそこに居た。
「……え"」
パチリと彼等と目が合う。
パクパクと口を動かすと、その内一人が叫んだ。
「か、確保ー!!!!!!」
「ォぁあ"あ"あ"あ"!?!!」