だから記憶に無いんです!弐

現在、私は仏間にて正座していた。それだけならまだいい。ご飯を食べる時はいつもしているから。
問題は私の周りだ。私の背中、右腕、左腕に子どもが引っ付き、膝にも一人座っている。なんだこのフォーメーションは。暑い、重い、ついでに何か法に触れそうで怖い。あと足痺れる。

「「「「○✕△■▽◎●✕◇!!!?!!!!?!」」」」
「ええい!!お黙りボーイズ!!私は聖徳太子じゃないんだぞ!一斉に喋るんじゃありません」

と言えば、乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんを除く彼等は(後ろの子どもは雰囲気だが)ぽかんと口を開けて固まった。

「天さんだ……」
「天さんだね……」
「いつもの天女さんだ……!」

わー!と四方八方から興奮した子ども達に揉みくちゃにされているわけだが、知ってるかボーイズ。私はか弱い系なので普通に内臓出そうなんだ。頼むから力加減をしてくれ。

「ねぇねぇ、天さん!僕たちのこと、覚えてないって本当?」
「うーん……悪いんだけど何も覚えてないかなぁ……って今何て言った?」
「え、天さんだけど?」

脳内に某お月様見ると凶暴化したり、覚醒して金髪になる漫画に出てくる三つ目のキャラクターが過る。

「え、確認なんだけどそれ私のことだったりする?」
「あったりまえじゃないですか!」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないですよ!僕達いーっつも天さんって呼んでたんですよ」
「君達チャオズか?」

再び三つ目キャラと同時に脳内を流れてゆくチョットキョンシーみのある某キャラ。
この子達天女とは言ってるけどそんな略し方しちゃうの??え??と渾身の叫びを上げると何故か彼らは唇をグッと噛み締める。そんなに噛んだら痛いじゃないかと、良い子達のほっぺを順番にもちもちすると、更に難しい顔になってしまった。
どうして……?

「天さん、ほんっとに覚えて無いの……?」
「本当に〜?」

下からの窺う視線が痛い。
多分、彼らの知る『私』もそういう感じだったのかもしれない。同じ立場なら私だってそう言いたくもなる。

「うん……なんかごめんね」

居た堪れなくて、意味のない謝罪が口から出る。
これは歳上として良くないなと思う。でもこの子ども達の目を見てるとどうも弱い。

「もう!天さんは仕方ないんですから」
「でも、またこうやって会えたのは嬉しいです」

情けない私とは対照的に彼らは明るく笑う。

「僕たち、オトナで『かんよー』なので!」
「そうそう!だーかーら!許しちゃいます!」

お日様みたいなポカポカしたものが、胸の中にストンと落ちる。それがなんとなく、落ち着かない。私がこれを、果たして受け取って良いのか、分からなかった。
私は手持ち無沙汰になって、膝に乗る子の頭を撫でる。少しぱさついた手触りが猫のようだと思っていると、子どもは気持ちよさそうに頭を寄せる。

「へへ!こうしてもらうの、久しぶりだなぁ!」
「……そっか」

向こうでの私は、どうだったんだろう。
今の私とは、どう違うのだろう。
『君たちの知る私はいないんだよ』と告げるのも必要だ。どんなに言われても、私はこの子達を知らない。19年間、この時代で生きてきたただの一般人だ。
知っているように振る舞うのは残酷なことでは、と冷静な部分が呟く。それはそうだ。希望を持たせるだけ持たせて、落とすのは最悪中の最悪。そんなことを私は今彼等にしている。
胸の奥の暖かさが、急速に冷めていく気がした。
ゆっくり視線を持ち上げる。
襖から外を覗いたり、仏間内を興味深そうにしているそわそわしている子。色々話しかけてくれている子。何故か祖父の褌を見ている乱太郎くん。お腹を鳴らすしんべヱくん。目がお金になっているきり丸くん。
私の知らない私が結んだ縁と、不思議な巡り合わせで出逢った彼等。
6年、私は向こうで過ごしたなら彼等が帰れなくなる可能性だってやはりある。
ならば、私は彼らより僅かでも長く生きているのだから、なんとしても帰れるようにする責務がある。
その務めは、何と言われても果たさないといけない。
腹は決まった。やることは、やらないと。

「ごめん、ちょっと降りてもらえるかな?」
「はにゃ?厠ですかぁ?」
「はっはっは、そういうのは少し言葉を濁そうねー」

小首を傾げる子どもに私は笑みを返す。

「小腹空いてるだろうから何か、用意してこようと思ってさ」

すると子どもは表情を輝かせ膝からそそくさと降りた。
ちょっとばかり足に痺れがあるが、まあ耐えられない程じゃない。
よっこらせ、と立ち上がろうとすればちょっと凛々しい顔つきの子が手を貸してくれた。

「ありがとね」
「いえ!天女さんはよく一年生を膝に乗せた後、コケていたので心配で」
「そんなカッコ悪いことある!?」
「割とありますね」
「割と!?!?」

嘘だろと思いながらもゆっくり立ち上がる。
結局、向こうの自分は一体何だったのか……。謎ばかりが増えてゆく。

「天さん、天さん!おやつって、先の世のお菓子ですか!?」
「チャオズよ、良いかい?今日出せるおやつは蜜柑です!渋いとか言うなよ!後で未来感ありそうなもの持ってきてあげるから!」
「わー!ボク、ミカン大好きー!!」

先日お裾分けで貰った蜜柑があって良かった。
むしろ先の世らしいおやつってなんだ。あれか?パチパチする綿菓子でも食べさせてあげればいいのか?
子ども達の期待の籠もった視線を受けながらそれっぽそうなものを思い浮かべる。いっそ知育菓子なんかもいいのだろうが、この人数ではあまり食べれないだろうし、それではつまらない。
一先ず、みかんを出してから夕飯までの時間を稼ごう。買い出しにいかないと流石にこの人数は足らない。
少しだけ財布のことを考える。実家から幾らかもらってるとは言え、大分痛手だ。
バイトを少し増やすか……。幸い、祖父の知人から農作業のバイトなんかも声をかけてもらってるし。
この後のことを考えつつ襖を開けて廊下に出る。
いつの間にかガラス戸の向こうの空は、太陽が半分以上沈んでいた。遠く椋鳥の群れが帰ろうと鳴いている。
──前回もこんな時間だったっけ。乱太郎くんたちと出逢ったのは。
キッチンに向かう足を止め空を見る。
夜の始まりを告げる濃紺が滲む中に、少し痩せた月が浮かぶ。

「『彼は誰ぞ』で黄昏か」

──そう言えば、何故「お前は誰だ?」なんて問いかけを、この時間はするんだっけ。


※※※



「天女さん!早くしてくださいよぉ!」
「うわ、ちょっと待ってって」

 きり丸くんがグイと力一杯腕を引き急かす。彼の視線は開いた玄関の向こうのまま。一切こちらを見ていない。
 これは相当興奮しているな、と苦笑を浮かべながら私は運動靴を履いて上がり框から腰を上げた。
 玄関扉の向こう側、門の手前では団蔵くん、虎若くん、伊助くんの三人がソワソワと身体を揺らしている。

「天さん!遅いよ!」
「そうそう!もっと暗くなっちゃうじゃないですか!」
「早く早く!」

 ぴょんぴょんと跳ねながらこちらを急かす三人は、来た時の忍者姿ではなく甚兵衛姿だ。きり丸くんのみ、大変申し訳ないが女物の浴衣を着せている。下駄は無いので草履のままだが、これくらいならまだ誤魔化せるだろう。
 ちなみに四人に着せているのは全て私のお古だ。
 祖父母宅には、私が小さい頃に着ていた着物の類が保管されていたので、それをありがたく使わせてもらっている。
 何故、きり丸くん、団蔵くん、虎若くん、伊助くんの四人と共に買い物に出ようとしているのかというと、数分前に話は遡る。



「えー……これより買い出しに行くので、みんなにはちょっとここで留守番を」

 ミカンで大騒ぎする子ども達に向かって留守番を頼もうとしたところ、スッと手が挙がる。
 全員のまとめ役をしてそうな雰囲気の子だ。
 ただ、キリリとしたその顔にイヤなものを覚えるのは何故だろう。

「……はい、そこの君」
「はい!ちなみに君ではなく、一年は組、学級委員長の黒木庄左ヱ門です!」
「ごめんね!庄左ヱ門くん!!それで何かな!?」

 庄左ヱ門くんは全員とアイコンタクトを交わすと立ち上がった。
 背筋に汗が滲み始める。
 彼はキリリとした眼差しで此方を見つめ、口を開いた。

「僕達も一緒に行きます!」

 うん、言うと思った。
 このキラキラしたこの曇りなき眼の圧よ。
 どう説得するかな、と考えていると少し後ろにいたセンター分けの子も手を挙げ立ち上がる。

「ちゃんとお手伝いします!あ、ボクは二郭伊助です!思い出してくださいね!天さん!」
「あ、伊助ズルぅい!」
「天さん天さん!オレは加藤団蔵!ねえねえ!外ってどんな馬がいるんですか?」

なし崩しに自己紹介タイムにこうして入ってしまったわけだが、テンションアゲアゲ状態彼らは一斉に話すものだから聞き取れない。

「はいはーい!ボクはね!」
「天さん!こっちこっち!あのね!」
「みんな静かに!一斉に言ったら聞き取れないだろ!」

と、庄左ヱ門くんが音頭をとってくれたので騒ぎは収まったけれど、「外に出たーい」という気持ちは全くもって収まっていない。むしろワクワクした目でこちらを見ている。
しかしそうは言えども、こちらも安易に「イイヨー!」と了承できない。
青天のサンダーボルト、或いは寝耳にウォーターで成り行きとはいえ、今私は保護者(仮)。危険が伴う場所でこの数の子どもを安全に引率できる自信は全く無い。

「ダメですかぁ……?」
「ダメということはダメなんですよ」
「そこを何とか!」
「ダメということはダメなのでダメなんですよぉ……!!」

ウルウルと目を潤ませて下から見上げてくるが、これは分かる。間違いなく嘘泣きだ。
こら、と一番近くに居た間延びした話し方をする子の頬をつつく。

「うう……やっぱり“アイシャのじゅつ”は天さんに効かないかぁ……あ、ボクは山村喜三太ですからね!天さん!」
「天さんはお辞めなさい、チャオズ喜三太くん。それで、“アイシャのじゅつ”って何?アイシャドウの術ってこと?」
「“アイシャのじゅつ”はぁ、えっとぉ……」

喜三太、と名乗った子どもは上を向いて人さし指を口元に添える。どうにも上手い説明が思い付かないらしく、モゴモゴと口籠る。

「はい!天女さん!」
「ほい、庄左ヱ門……くん?」
「“哀車の術”とは相手の同情を誘い、自分の望む方向に思考を誘導する術です!これは五車の術の一つで、他に怒車の術、喜車の術、楽車の術、恐車の術があります!」
「おお……説明ありがとうね、庄左ヱ門くん」

「よっ!さっすが一年は組の学級委員!」と周りがやんややんやと褒めてるのを横目に、私は少し驚きながら腕を組んだ。
やはり忍者というとフィクション作品の存在というイメージが強く、それに引っ張られていた。なのでてっきり空を飛んだりなんだりするのかなぁ、と思っていた。けれど考えてみればそれはそうだ。忍者は謂わばスパイ。上手いこと相手を転がして情報をゲットしてナンボだ。
まだそんな歳じゃないのに、そういうことを教えてる辺りちゃんとした養成学校なんだろう。まぁ、何故か時折胃の痛そうな声が空間を貫通している気がしないでもないが。
そのついでに幾つか『もしも』の考えが頭を過る。が、どれも確定には至らないので何とも言えない。現状判断するにはパーツが少なすぎる。それに少なくとも、は組の子ども達に言うことでも無いだろう。
ゆっくり組んでいた腕を解くと、着物の袖を引かれた。確か先程、兵太夫と名乗っていた子だ。

「じゃあダメな理由ってなんですか!」

唇を尖らせ、年相応にまぁるい頰を更に膨れさせている。
なんとなく、誤魔化した方が面倒くさくなる気配がしたので、私は少し真面目な顔で彼等の服を指した。

「だって服装が変」
「え!?」
「明らかにおかしいから怪しまれる!」
「ええ!?」
「私が!!!」

この頃世間に蔓延るもの、不審者変態盗撮魔!そんな世知辛い世の中で、これだけの子どもに忍者の格好させて連れ歩いてたら、まず不審に思われる。
私が。
夜はまさにYesロリショタNoタッチ時代。女だから許されるものじゃない。

突然静かになったな、と思うと全員綺麗にひっくり返っていた。

「どうしたの?大丈夫?」

よっこらしょういち、と近くの喜三太くんや兵太夫くんを起こしていると、四方八方から「ふっふっふ」と言う謎の声が聞こえてきた。
ゆらりと立ち上がるその身体は謎の自信が満ちている。

「天さんは忘れてるみたいだけど!」
「僕たちは忍者のたまご!」
「着てる着物も秘密があるんですよ!」

そう言って、彼らは襟を拡げた。センシティブ!と目を閉じるが、見てみてーと言う言葉に薄目で確認する。

「あれ」

下にシッカリ黒いシャツのようなものを着ていたので、事案は発生していなかった。
むしろ目についたのは、広げられた井桁模様の忍者衣装の裏地。裏地にしては随分しっかりした生地だ。
これはもしかして、と口元に手を当てると彼らはイタズラが成功したみたいに笑った。

「これは裏表で使えるんですよー!」
「なんたって忍者ですから!」
「天さん、うっかり忘れちゃってるから今度は僕たちが色々教えるね!」
「……そっか」

続けそうになった言葉を喉の奥に押し込めてから、私は口を開いた。

「まぁ、それでもヘンなのでダメですね」

あ、またズッコケてる。



と、そんな感じで緩々と断ろうとしたのだけれど、結局押し負けてしまったのだ。
着物問題も、途中で私の子ども時代のものが見つかってしまったので解決してしまったし、一緒に連れて行くメンツも、外出のために着替えて戻る僅かな間に行われた厳正なるは組会議にてサクサク決まってしまった。

もうこうなったら腹を括るしか無いなーと、きり丸くんに腕を引かれながら考える。

「お待たせー!じゃあ、四人とも私との約束はちゃんと言えるかな?」

家を出る前に話したことを確認するよう問いかけると、良い子たちは分かってるよ!と手を挙げた。

「はい!勝手に道から逸れないこと!」
「うん、団蔵くん正解!」
「はい!不思議なものがあってもすぐ触らないこと!」
「虎若くんも正解!」
「はい!変な人に声を掛けられても付いて行かないこと!」
「伊助くん正解!変な人はどこにでも沸くからね……」

大学近くで治安がいいとは言え、変質者がいないわけではない。いや、まぁ、研究に狂った人の可能性もあるけれど、普通にアウトな奴はいるので。
最悪変な人が出たら威嚇してビビらせた後に、三人を抱えて走るしか無いんだよなぁ。できるかどうかの現実問題は置いておいて、と思いつつ動きの固まったきり丸くんに視線を移す。
彼は何故か視線を不自然に彷徨わせ、肩を震わせている。

「きり丸くん?」
「小銭の落ちる音がしても……うう」

顔色もなんだか悪い。
着れるならなんでもいい、と女装してくれたわけだが、やはりこれは嫌だったのでは?
しゃがんできり丸くんと目を合わせる。

「大丈夫……?調子悪いなら、無理しなくても良いんだよ?嫌なら家に居てもいいんだし」

なるべく穏やかに話し掛けると、きり丸くんはむにむにと口を開けようとしては閉じてを繰り返す。だがハッとしたように私の後ろを見た。釣られて振り返れば、乱太郎くんとしんべヱくんが玄関まで降りてきていた。

「きりちゃん!しっかり!」
「そうだよきり丸!頑張って!」

一体何が励ます要素が……?と困惑しつつきり丸くんに再び視線を戻すと、何故か泣いていた。号泣だった。

「うう……で、でも……」
「え、ええ……なにごとなの……?」

わけも分からず、反射的にハンカチを渡すと門の側の三人が首を横に振った。

「天さん、きり丸はドケチだからお金に関することだと結構キツイんだよ」
「どういうことなの!?」

うんうん、と頷く三人。振り返れば乱太郎くん達も頷いている。というかなんかオーディエンス増えてないか?いつの間に来たんだ君たち。

「きり丸」

庄左ヱ門くんが静かに呼びかける。
きり丸くんは、グッと唾を飲み込むと肩を落とし口を開いた。

「うう、小銭の落ちる音がしても道に飛び出さないことぉぉぉオレの銭ィ……」
「え、え??そういう??」

確かに半分ふざけてそんな注意はしたけど、それがそんなに引っかかるとは思わなかった。嘘だろきり丸くん。よくやったと皆が慰めてるが、そんなレベルで辛いのか。

「ちゃぁんと言いましたからねオレ……!置いてかないでくださいよ!」
「ああ、うん……連れてく連れてく」

しかし、俺の銭と言っていたけれど払うのはわたしなんだよなぁ。
大丈夫かなぁ、と心配が先走る。と言っても一度連れてくと言った手前、撤回するのもなんだし。守銭奴には多分一般人では分からない何か戦いがあるんだろうなと軽く流してから、私は歩き出した。
正直あの子達だけで残すのは不安で仕方ない。が、こうして買い物に行かなければ、ご飯を食べさせてあげられない。それは本当にまずい。なのて家電関連だけは壊さず、大人しくジェンガとかカルタとかで遊んでいてくれよと願うしかないだ。

「イタズラしないでねー!!」

半身だけ振り返って声をかければ、ひょっこり窓から顔が覗く。

「わかってまーす!」
「大丈夫です!わたし達がちゃんと見てるので!」
「いってらっしゃーい!天さん!きり丸!団蔵!虎若!伊助!」
「気を付けてくださーい!」

大げさなくらい彼らは手を振る。全力で必死に。
それがなんだか可笑しくって、思わず笑い声が漏れた。

「じゃあ、いってきます!」

自然に緩んだ口から、その言葉を久しぶりに発した気がする。今までは、防犯としてのもっとおざなりなものだったのに、なんだか違う意味合いがあるようにすら思えた。