だから記憶に無いんです!肆


 暗い夜道を抜けて家の門まで辿り着くと、家の窓から明かりが見えた。
 大学に入るに当たって、祖父母の家の管理人となり人気のない真っ暗な家に帰ってくることが日常だった。慣れていた。一年間、そうして生きてきたから。別に実家と折り合いが悪いわけじゃない。家族仲は至って良好だ。いつだって帰っておいでと言われている。この家のことは気にしなくていい、と施設に入った祖父も言っていた。
 だから、ここに下宿すると言うのは私のワガママだ。
 もう二度と帰れないあの日に縋っているだけの、幼くて、どうでもいい、もうとっくに切り捨てなければいけない、小さくて邪魔くさくて、そんな醜いエゴだ。
 窓の中に逆光で子どもの影が揺れる。
 その近くに過去の残像が揺れて見えた。

「天さん、早く入りましょうよ!」
「ああ、うん。そうだね。行こうか団蔵くん」

 一つ瞬けば、残像は跡形もなく消える。
 私は何も見なかったようなふりをして、ドアを開いた。


 
 正直なところ、私は彼らへの認識間違っていたのかもしれない。
 痛む頭を押さえて考える。

「ええと……それで、電源を全部引っこ抜いて移動させた、と……」
「はい!」
「返事は良いんだよなぁ……」

居間に所せましと並べられたのは、テレビ、扇風機、サーキュレーター、ロボット掃除機、普通のハンディ掃除機、パソコン、加湿器、炊飯器、DVDレコーダーと、風呂場で冷やしていたスイカ。スイカを除けば並んでいるのはこの家の家電類だ。さながら警察の押収品のように奇麗に陳列されている。まだコンセントに繋ぎ続けなければいけないものが無いのは救いだ。もしここに冷蔵庫と洗濯機とガス乾燥機が並んでいたら、私は泣いていた。胃が痛くて。
 ただいま、と帰ってきた私たちを出迎えてくれた庄左エ門くんと乱太郎くんに引っ張られ、居間に連れてこられるとこの光景が広がっていた。まさにその心境はまさにスペース天女。虚無を見つめるナニか。
 曰く、「こういう尻尾が付いている物は壊したらダメなんでしょう?だからうっかり壊さないよう移動させておきました!」とのこと。善意と知識が宜しくないかみ合わせをしてしまったようだ。こればかりは何故か、を説明しなかった私が悪い。
 悪気が無ければなんでも許すのか、という問題だが、そもそも彼らの生きていた時と理も常識も違うのだから、家の中のことくらいは年上である私が生暖かく、接していかなければいけないだろう。
 しかしそれはそれとして、いくつかの家電に分解しようとした形跡があるのは気のせいだろうか。そうだろうと思いたい。多分きっと経年によるキズだろう。多分。ちらりと三治郎くんと兵太夫くんがこちらを窺っているのも多分気のせい。
 それよりも気にすべきは時間だ。いい加減お風呂に入れなければいけないし、夕飯も食べさせなければいけない。成長期には睡眠のゴールデンタイムだってある。将来のために早いところ寝かせなければいけないわけだが、果たしてうまく私が誘導できるかというと、自信が無い。これをサッとやってのける世の中の親御さんってすごい。
 ぐりぐりとこめかみを親指で押してから、これからの時間配分を考える。
 まず班を分けて何人かはお風呂に入れつつ片付ける。以前お風呂の扱い方を教えた三人をリーダに据えて、三班を作ってお願いしよう。まず、きり丸くんをリーダにした先程お買い物に一緒に行ったメンバーで一班。次に乱太郎くんをリーダに据えた班。最後にしんべヱくんをリーダーにした班。きり丸くんの班以外のメンバーはじゃんけんかあみだくじで決めてもらおう。
 そうと決まればタイムイズマネー。ちゃちゃっと指示を出してから、スイカを抱えてキッチンの勝手口から外に出る。そうしなければ食の魔人、しんべヱくんが丸ごと食べてしまいそうだった。
 家の裏手の蛇口を捻って、タライに水を張ってそこにスイカを入れておく。夕飯後に冷やしてこれがちょうどいいデザートになるだろう。一人で食べれる気がしなかったのでこれは助かった。
 濡れた手をTシャツで拭きながら、中に戻ればどたばたと民族大移動が始まったいた。

「あ、天さーん!!着替えってこないだの着物でいいんですかー!」
「きり丸くん今持っていくからお風呂入ってて!お湯の張り方は大丈夫だよね!」
「はい!赤い玻璃のつまみと青い玻璃のつまみで温度調節するんですよね」
「そうそう!じゃああとはお願いね!」
 
 きり丸くんは頷くとお買い物メンバーを引き連れて脱衣所に走っていく。それを見送ってから急いで部屋に駆け込んで、Tシャツと今日購入した子ども用下着を持って脱衣場の洗濯機の上に置く。これで一先ず全裸放置なんていうセンシティブ案件にはならないだろう。
息吐いてから汗を拭っているとロボット掃除機の本体を両手に持った喜三太くんが走ってきた。

「天さん!この子のお家はどこなんですかぁ?」

 生き物に接するような優しい手で掃除機を撫でる。
 すまない、それは無機物なんだ。たまにネットの画像で野生のロボット掃除機が野に放たれているものがあるけれど、その子は命を持たないものなんだ。
 と、いうのは少々言いづらい。

「ええと、その子の家はね、これくらいの長方形で黒い奴なんだ。持ってきた時、そこにいなかった?」
「うーん、この子は僕が見つけた時、縁側の壁に何度もぶつかってたんですよぉ。だから分からなくなっちゃったのかなって」

 またかお前は。
 何も言わずに、喜三太君の抱えるロボット掃除機を見つめた。
 何故か知らないが、この掃除機は縁側の倉庫の戸に恨みでもあるのかというレベルで引っ掛かっている。といっても頻度はそう多いわけじゃない。4回に1回くらいだ。
 確かハブは押収品に並べられていたはずだから、一緒に戻しに行くか。
 
「じゃあちょっと待ってて。今、その子のお家持ってくるから」

 そう言って居間に駆け込むとコンセント近くに小さな団子が出来ていた。おおー!と感嘆の声も聞こえてくる。
 一体何をしているんだと上から覗き込むと、そこに中心にあったのはDVDレコーダーだった。

「何事……?」
「天さん!見てください!」

 兵太夫くんがキラキラした顔でこちらを見上げる。

「ここを押すと開くんです!それでここに丸い凹みがあるでしょ!?きっとここに当てはまるものを入れたら、中から密書が出てくる仕掛けだと思うんですけど、違いますか!?」
「……うん、ナンテ?」

『密書』とは?
 そもそも我が家は家は古くても一般公務員家庭だし、そもそも密書なんて小学校の頃に書いた『秘密のお手紙(はーと)』くらいしか思い当たるものはない。機密なんて早々一般人は持たないので。
 わくわくしているようだが、本当にそれはただのDVDレコーダーなんだ。録画再生機器でしかないんだ。
 これがどういうものか説明するしか、と口を開きかけたところ、三治郎くんがDVDのディスクを両手に駆け込んできた。

「見て!これ!滝夜叉丸先輩の戦輪と同じの!いっぱいあったよ!?」
「なんて!?」

 無限に増える知らないワード。助けて広辞苑。
 というか、コンセントとか配線はこちらで直すから、元あった位置に戻しておいてと言ったのに勝手に色々開けてるなこの子たち!
 
「天さん、あんなに『私は忍じゃないよ』って言ってたのに、やっぱりそうだったんじゃないですか!」

 ぷんすこぷんすこしながら、三治郎くんがハンドスピナーのようにディスクを回す。
 
「違うよ!?というか『せんりん』って何!?滝夜叉丸センパイって誰!?」
「四年い組、体育委員の平 滝夜叉丸先輩だよ!戦輪は滝夜叉丸先輩の得意武器だよ!もう!」
 
 増えるワードと増える人物。もしかして彼らの中の私って、相当顔が広かったりするのか?と思うと知らない私が恐ろしい。今はまだ、子ども相手だからいいけれど、これが大人だったら私何かやばい生き恥あったりしないだろうか。
 何処からか「そういう自覚をしっかり最初から持ってください……」とストレス性胃炎にやられてそうな声が聞こえた気がする。まあ恐らく気のせいだ。
 それより問題なのは、なんだか虚空から「今、滝夜叉丸を呼びましたね!忍術学園一優秀な!平滝夜叉丸を!呼びましたね!!」と、ものすごく自身に満ち溢れた声が聞こえた気がすることだ。もしかしたら、今日は頭を打って疲れているのかもしれない。私自身が思うよりもずっと。きっとそう。あと夏バテ。
 ふるふると頭を振って三治郎君へ意識を戻す。
 
 「少し貸してもらえるかな?あ、回さないでね!?飛ばさないでね!!?」
 「大丈夫ですよって、あ」

 三治郎くんの手から、抜けたDVDディスクがスポーンと空を舞う。きらりきらり、クルリクルリとLED電灯の明かりを反射して。
 「飛べねえDVDはただのDVDさ」とありもしない記憶が脳内を駆け抜ける。
 そして。

「あ」

 さく、っとDVDディスクが突き刺さった。仏間と居間の間にある襖に半分以上その本体を沈み込ませ、無機質な光を反射しきらめいている。
 全員の間に、沈黙が流れた。
 
「あ、あの……」

 三治郎くんは顔を青くする。悪気はなかったのだろう。
 しかし、ここで叱るかどうかが問題だ。正直この襖だって私が小さい頃に落書きをしてしまい、張り替えたことだってあるし歴史ある云々ってものじゃない。けれど大人として、器物を軽々しく扱っちゃいけないというのも大切なことだ。
 一方でこの様子から見るか限り本人もまずいことをしたとはっきり自覚している。そこを責めすぎるのもよくない。
 私は少しかがむと三治郎くんに視線を合わせた。
 
「これはね、君たちが思っている物とは違くてね。DVDディスクっていう、記録を残すものなんだ。投げて飛ばすものじゃないんだよ」
「はい……」
「あとこれは割れやすくてね。しかも割れると結鋭利な破片になるし、刺さると痛いんだよ。ほんと」

 天女さん、それ体験談じゃないですか、金吾、シーッ!と後ろから話し声が聞こえるが一旦置いておく。

「もう十分三治郎くんは自分を責めているみたいだから。これ以上は私も言いません。でも罰としてDVDディスクが刺さった場所をキレイにすること。できるかな?」
「うん。ごめんなさい、天さん」
「そこで天さんはやめなさいね、三治郎くん」

 たてたてよこよこマルかいてチョン、と軽くつまめばあっという間に変な顔がいっちょ上がり。
 ぽかんと呆ける顔がつい面白くて、くすくす笑うと背中に現れるおぶさりお化け。声的に兵太夫くん。なんとかその場で踏みとどまると首に回った腕が緩やかに締まる。
仕方ないなと落ちないように腕を入れて支えたところ、ルンバを抱えた喜三太くんと片手にみかん持ったしんべヱくんが居間に入ってきた。
 
「天さーん!まだですかぁ?この子のお家、もしかして無くなっちゃったりしてたんですか?」
「天女さーん!おみかんこれで最後ですー」
「しんべヱくん、キミまだ食べてたのか……」
 
 驚くべきダ〇ソン。吸引力の変わらないただ一つのブラックホール。
 もぐもぐするしんべヱ君の頭を撫でてから、喜三太くんに声をかけた。

「今三治郎くんに襖を直す道具を渡したら持ってくよ。あと少しだけ待ってくれる?」
「はにゃ?直す?」

 コトリと喜三太くんと何故かしんべヱ君がシンクロして首を傾げる。
 
「ん〜三治郎、何を直すの?」
「喜三太、えっと、あのね、ボクあの襖を『でいべいだいどすこい』っていうので傷つけちゃったの。だからそれをきれいに直さないといけないんだ」

 時代的聞き間違いだろうが、なんかものすごいパワーワードが通り過ぎて行かなかっただろうか。
 なんだ、『でいべいだいどすこい』って。相撲か?相撲なのか?と突っ込む間もなく話は進む。
 
「あ、じゃあそれは僕たちに任せて!」
 
 喜三太君はニコニコしながら三治郎君に答える。
 それを不思議そうに眺めていると、二人はスッと顔の作画を変えた。なんだこれ。
 彼らはこちらの戸惑いなどお構いなしに、びしりとポーズを決め叫んだ。

「だって僕達!」
「用具委員会ですから!」

 なんだろうこれと、狼狽えていると背中の兵太夫くんがが「二人は用具委員会だから直すのは得意なんですよ」と教えてくれる。先日、確かに色んな委員会があることもさらっと聞いた気がするし、買い出しの際にも虎若くんが生物委員会だと言われていたはず。
 しかし、用具委員会だから直すのが得意とは?そもそも用具委員って何をしているんだろう。私がまだ生徒だった頃、通っていた学校にはそういった委員会は無かったが、字面だけで考えると道具の扱いに関する委員会だろうか?
 そんな疑問に答えるように喜三太くんとしんべヱ君は手を取り合い、くるくると回りながら話し始めた。
 もう一度言おう。なんだこれ。
 
「そう!僕達、用具委員は学園の備品とかの整備をしているんですよ!」
「委員長の六年は組の食満先輩と一緒に手裏剣を磨いたり!壁を直したり!」
「体育委員長の六年ろ組の七松子平太先輩が掘った塹壕とか、四年い組の綾部喜八郎先輩が掘った穴を埋めたり!」
「「いーっぱい直しているんです!」」

 そんな二人にはスポットライトのようにDVDディスクの反射が当たっている。用具委員会Showここに開幕。いつの間にかお風呂から上がっていた団蔵くんに聞けば「良くありますよ!」とのこと。よくあるのかい。そんなんでいいんかい。

「だから僕たちに任せてくださーい!!」
「ぴっかぴかに仕上げて見せますぅ〜!」

 タララララ〜と軽快なBGMが鳴っている気がする。今きっと後ろに『完』って出たところくらいだろう。
 ぱちぱちと拍手を送ると、しんべヱくんと喜三太君くんはえへへと可愛らしく笑って照れた。
 
「それで実際大丈夫なの?その辺どうなの三治郎くん、兵太夫くん、団蔵くん」
「大丈夫だと思いますよ!」
「僕たちもやりますし!」
「頑張ります!」

 上から団蔵くん、兵太夫くん、三治郎くんの回答だ。
 喜三太くんもしんべヱくんもほやほやしているので心配だが、付き合いのある彼らが言うのだからきっと問題ないのだろう。そう信じよう。それに作業と言ったって、DVDを抜いて、目隠しに紙を糊で貼ってくらいでいいのだから。難しくはない。幸いにもDVDが破損している風でもないので、手を切ったりも無いだろう。
 ……そういえば、あそこの襖は何故かスライドできないんだよな。取り外せはしても無駄に大きな音が鳴るし。
 この家の仏間と客間と居間は、襖で区切られている。しかし建付けが悪いのか仏間と接する襖は、縁側のもの以外動かない。
 あそこ一枚直すのに、立てたままで彼らが作業しやすいか、聞いてみないといけないだろう。勿論、家の管理人として私は取り外し方のコツだって教わっているが、骨が折れるのは事実だ。ま、仕方ないということで。

「よし、じゃあ修復用の道具を探しにいくか!」
「「「「おー!!!」」」」

 と、手を上げたところで怪獣の鳴き声が聞こえた。
 怪獣爆誕の地はただ一つ。しんべヱ君のお腹だ。
 
「え、えへへ……お腹すいちゃったあ」

 もうこればかりは仕方ない。修復よりも腹ごしらえの準備が先だ。