二度あることは三度ある!壱

深い海の様な暗闇の中に、白い月がポッカリと浮いている。まだ明けは遠く、夜のモノ達が謳歌する丑三つ時。全く人の気配が無い山間の祠の前に二人の青年が立っていた。
そのうち一人が祠に触れた。
石造りの祠は、表面が苔生し造られてからどれ程の年月が経ったかを伺わせる。

「……この目で見たとは言え、やはり信じられないな」

六年は組の食満留三郎はざらついた表面を指先で払いながら言った。
その隣に立つ同じく六年は組の善法寺伊作も頷く。

「乱太郎たちだけじゃなく、一年は組全員があの人に『会った』と言っているから、本当なんだろね」

奇妙なディスコの後、突風と共に姿を消したは組の良い子たちは翌日の夜明け頃戻ってきた。行った時と同じ様に、祠の前に突然吹いた突風と共に。
『乱太郎たちの言う通り、【天女さん】に会った』
『学園のことを忘れてしまっていたけど、未来で元気にしていた』
『いつもみたく、優しくて面白かった』
『一緒に帰れるかと思ったのに帰れなかった』
口々に告げられるのは、到底信じられないことばかり。けれど証拠として提出された引き千切られた天女の袖はまたも現実だと知らしめる。(ちなみに山田先生は少し頭を抱えていた)
そして一対の千切れた袖と共に齎された話は、秘される間もなく広まった。は組全員が一晩消えていたのだから隠しようが無い。
今のところ五年生以下の生徒には何処の祠か秘密にできているので、新たに天女の下に行った者はいない。辿り着いたとしてもあのトチ狂った方法に至るのも居ないだろう。いくらなんでも特殊すぎる。それに加えて、まだその条件だけとも考え辛い。

「留三郎はさ、あの人に会いたいって思う?」

伊作は留三郎に訊ねた。淡々とした声の中には、僅かに複雑な色が混ざっている。
留三郎も伊作も『天女』のことはよく知っていた。
彼等が一年生の時、彼女は学園にやってきた。何故学園に来たのかは学園長によって伏せられている。けれどそんなこと、どうでもいいくらい今までずっと学園で時間を共にしてきた。

「正直な話、分からん。まだよく受け止められてないんだろうな。全て現実味が無いと言うか」
「……それは分かるなぁ」

二人は天女が消えた時、その場に居合わせていない。忍務から帰ってくると、もう居ないのだと告げられた。突然で一方的な別れだった。
ざぁ、と夜風が二人の前髪を揺らした。

「今度は忍務帰りじゃなくて、ちゃんと来ようね」
「ああ、そうだな……と、そうだ」

留三郎は辺りを見渡した。その様子に伊作が「どうかしたの?」と問い掛けると、留三郎は少しだけ表情を和らげた。

「あの人は、花が好きだっただろ。だから、どうせなら何か花でも供えようかと思ってな」

まぁ、咲いてる花なんて、あるかわからんけどな、と留三郎はカラカラ笑う。
けれど、その言葉に昔の記憶が伊作の頭に過った。柔らかな木漏れ日の下で、過ごした微睡みのような優しい時間だった。
ゆっくりと瞬きをしてから、伊作は頷いた。

「……うん、そうだね。僕も探すの手伝うよ」

が半刻経っても花は見つからない。
ここで安心安定の不運発動と言ったところだろう。
もう明日にしようか、と思い始めた時に伊作があ、と声を上げた。

「葛の花でもあったのか?」
「花……じゃないけど、ほら」

手折ったそれは榊の一枝だった。青々しい葉が、留三郎の目の前で揺れる。
勿論伊作は花の一輪を見つけるつもりだったのだが、この辺りはいくらかあるはずの植物が全く見つからなかったのだ。
留三郎は草だらけの伊作と、その手の榊を見て少しばかりを笑いが漏れた。彼の記憶の中のその人なら、きっと笑い転げてそれでも心から喜ぶんだろう、と思った。

「ま、花は後日持ってくれば良いだろう」
「はは……そう、だね」

ごめんねー言いながらと、伊作が榊を祠の前に供えると静かに手を合わせた。留三郎も手を合わせる。
二人は組と違い、願いを口にしない。ただ無言で、一つのことを願った。
 
ゆっくりと目を開ける。
夜の優しい光が、薄く辺りを照らしている。
きっとそのせいだろう、うっすら祠が明るいのは。
二人は目を擦ってから、もう一度祠を見る。

「いや、なんかこれ光ってないか……?」
「あはは……そんなまさか……」

気の所為じゃ、と言いかけたところ目も開けられないような突風が吹いた。

「ッこれはは組と同じ現象か!?」
「なんで今!?」

轟々唸る風音で互いの声すら聞こえない。やっと静かになった時には、二人は奇妙な部屋に居た。
床全体に畳が敷かれ、書院造のようなだ。そして目を惹くのは須弥壇の様な豪華な漆塗り祭壇。細やかな彫りや金箔が所々にあしらわれている。一般家庭に到底置いてないだろう代物だ。隣室との境の欄間は天女の彫られ、襖は引き手まで細やかな細工がしてある。
しかし部屋全体の造りを見る限り寺院には到底見えない。
ほのかに香も炊かれているのか妙な匂いが漂う。二人は口元を抑え匂いの元を探ると、床の部分に置かれた素焼きの猪型香炉の中に、緑色の螺旋を描く奇妙な香が入っていた。残り火がその端を舐め細く煙がくゆる。
二人はは組の情報を思い出す。
『目も開けられないような風が吹いて、気付いたら大きな仏壇の前に居た』
となると、この奇妙な部屋は天女の家、ということだろう。
本当にそうなのか、と生唾を飲み込むとずり、ずり、と遠くから何かが引き摺りながら近寄る音が近付いてきた。
伊作と留三郎は静かに目配せした。息を潜め、外の気配を探る。じっとりと嫌な汗が背中を伝った。
段々と気配はこちらに近付いてくる。
もしかすると、自分達は天女の家ではなく、下生の家に飛ばされたのかもしれない。そんな考えが過る。
ぴたり、と障子の前で影が止まった。

来る。

──鬼が出るか蛇が出るか。
留三郎は鉄双節崑を構え、伊作は懐に手を伸ばす。
その瞬間だった。

「楽◯カードマァァァァァァアン!!!!」

勢い良く襖が開き、彼等は目を見張った。
その顔をよく知っていた。

「「三徹目の天女さん!?」」
「一般通過◯天カードマンです。通してください」

服装は見慣れないものな上、手に妙な光る棒と金属製の挟む道具を持ち何故か頭にお玉を引っ掛けているが、二人のよく知る『天女』だった。

「ただの通りすがりの楽◯カードマンです!!!見ての通り何処にでもいるでしょう!?!!!」

支離滅裂な言葉を叫ぶ姿も久しぶりに見た。
二人は(一応)武装した天女に生暖かい目を向けた。疑うまでもなく、学園で稀に見た疲れ切った時の天女だった。二人は小声で会話する。まさかこうなるなんて、誰も思わなかったので。

『どうする!?』
『どうするのあれ!?威嚇されてるの僕たち!?』
『されてるな……!?今《イ"ーーー!!!》ってあの人威嚇してるな!?』

更に意外としっかり距離は取られている。こちらが不用意な動きを見せると金属製の挟む道具をカチカチと慣らし牽制もする。
まぁ、全体的にが様子がおかしいだけではあるが。
しかし、こういう時の天女を知らない彼らではない。
眠気で隙を見せた瞬間距離を詰め、もう寝ましょうね、と伊作がさり気なく光る棒と金属製の道具を抜き取り、留三郎が肩に手を乗せ横になるよう促す。
すると「カードマァァアン……」とか細く鳴き声を上げながら座布団を枕に横になった。そのまますぐに穏やかな寝息が聴こえてくる。
すっ、と同じタイミングで留三郎と伊作は顔を上げた。何も言わなかったがお互いに言いたいことは分かった。

いや、これで天女の記憶が無いとか嘘だろ。絶対天女だろ。