宿題係
ドラコがその日、バタバタとホグワーツ城をかけまわるナマエを見たのは今で3回目だった。
ただでさえ広いホグワーツ内で、学年も寮も違う二人が偶然出会うことは珍しい。
その珍しいが3回目となり、加えてナマエは、その全てで手に大量の本やプリント類を抱えて忙しなく歩いていた。ドラコにも気づいていない様子だったので、ドラコも自分からわざわざ声をかけるのがなんだか癪だと思っていた。
しかしこの3回目、前が見えないくらいの本を抱えていたナマエを、よそ見をしていたゴーストがすり抜ける場面に偶然出くわした。
「おっと、失礼!」
「ああっ!私もすみません!」
驚いた拍子によろけてバランスを崩したナマエは、転びそうになったが、ドラコにとっては予想通りで、間抜けなやつだとドラコは思った。
「わあっ!!……あれ、本…?」
「おい、間抜け。そんなところで地面に頬擦りするのがお前の趣味なのか?」
「ドラコ!もしかして助けてくれたの?」
「僕の目の前で鼻血を出されても困る」
「ありがとう!本が無事でよかった!」
目の前で転びそうになる場面に出会してしまったものだから、ドラコは思わず本を浮かせるように呪文を呟いていた。
ナマエはそのまま転けて廊下に這いつくばっていたが、本が降りかかる二次災害は回避できたのでドラコは少し息を吐いた。
転けた本人は、スカートの端が捲れていることも気にかけず、本の状態の確認に勤しんでいた。
そうして本の無事を確認したナマエは、慌てて立ち上がり、いつものヘラヘラ顔でドラコにお辞儀をした。
「この本はフリットウィック先生に授業までに教室に運ぶよう頼まれていたものなの、ドラコのおかげで傷つかなくて済んだわ」
ありがとうと何度も言われると、ドラコも悪い気がしない。本人に嫌味を言ったつもりだったが、こうも喜ばれるとは思わなかった。
「馬鹿な教師だ、こんな間抜けな女子生徒に大量の本を運ばせるか」
「あ、いや私が自分で引き受けたのよ」
「物好きな奴だな」
「先生にはお世話になっているの、呪文の復習にも付き合っていただいてるし」
「へえ」
「ごめん私行かなくちゃ、ありがとうドラコ」
通りで慌ただしくしていたのか。
彼女は時計を見ると、急いで本を抱えて、また長い階段を進んで行った。後ろ姿は相変わらず危なっかしいので、誰かが角から出てきたらまた同じことが起こるのではないかと思ったが、まあドラコには関係のないことだ。ドラコも次の授業の教室へ向かった。
先日、友達について話したときから、彼女の交友関係は特に変わっていなさそうだった。朝昼晩の食事の時間も、彼女は特に周りと親しげな様子もなく、移動教室でも一人で歩いている姿を見かけた。
あれからドラコは、なんだかナマエと関わるのが気まずくて、それからハリーポッターとのいざこざもあり忙しかった。
ナマエを見かけても知らないふりをしていたドラコだったが、今日は思わず声をかけてしまっていた。あんな姿を見て放っておくのは紳士的ではないと、ドラコは心の中でなんとなく言い訳をした。
その日の夕食時、二人は大広間に入る入り口で再度顔を合わせた。今回、ナマエは大量のプリント類は抱えていなかったが、分厚い本を片手に歩いていた。
ドラコを見た瞬間、それまでは無表情だったが、頬に健康的な色が入り、瞳が弧を描いた姿は、いつものヘラヘラ顔よりも嬉しそうに見えた。その様子にドラコは少し気分が良くなった。
「相変わらずお前は一人だな」
「ドラコ!今日はありがとう」
揶揄ったつもりだったが、ナマエは何一つ気にしている素振りはなかった。むしろドラコと会えたことを喜んでいるようで、その間抜けさに、これまで会うことに少し抵抗感があったドラコは、なんだか考えることが馬鹿らしいと思ったし、ナマエといるとなんだかイラつくなと思った。
「ドラコ、嫌じゃなければ夕食を一緒に食べない?」
「は?君と僕はそんな仲だったか?」
スリザリンの女の子ならまだしも、まさかナマエにそんなこと言われると思ってもなかったドラコは率直にそんな言葉を返していた。
ハッフルパフとスリザリンの僕たちが?呑気に夕食を食べて一日の終わりに語らい合うのか?加えていうとナマエの眉が困ったように下がる。
「た、たしかにそうだよね!ごめん…」
「…」
さっきまではヘラヘラどころかにこにこと嬉しそうにしていたナマエの顔が途端に曇り、そうして眉を下げて困ったように笑った。
ドラコは、この少女のヘラヘラした顔にイライラする。確かに先日は瞳を潤ませていたが、基本的に彼女はきっと泣かないのだ。
ドラコは我ながら彼女にはそう優しくない言葉かけをしているつもりだし、間抜けなハッフルパフ生に優しくしてやる義理もないと思っている。
ただこうやって何を言われてもヘラヘラ笑って、そうして最後は悪いのか悪くないのかわからないのにごめんと謝る。一種の気味悪さに近いと思っていた。
しかし、彼女の自分より小さな背中が肩をすくめている姿を見るとなんだか余計むしゃくしゃするのでそれもドラコにとっては苛立ちの一つだった。
「今日だけな」
「えっ!?いいの!?」
ナマエは勢いよく振り返り、信じられないものを見たような顔をしてドラコを見つめている。その顔にも更に苛立ち、前言撤回しようかと思ったが、それはそれで負けたような気になるからドラコは苦虫を噛み潰したような顔をしてスリザリンの席の1番端に座った。ナマエはソワソワしながら、所在なさげにドラコの前に座った。
食事をお互い自由に取り、そして食べる。特に話すこともないからドラコは黙っていたが、ナマエは相変わらずのヘラヘラ顔で食事をしていた。ふと、彼女が抱えていた本に目が止まりよく見たら、魔法薬学の本で、それはしかも2年生が使う本だった。
「何で二年生の教科書をお前が持っているんだ」
「あ、これは、魔法薬学の勉強で、その」
ナマエはドラコの質問に、気まずそうな顔をして歯切れの悪い返事をする。
「はっきり言えよ」
「ほんとに、その、勉強したくて…」
「ふうん」
「魔法薬学、好きみたい」
他人事のようにへらっとナマエは笑った。その顔は頬に赤みが増し、それからこちらの様子を伺うようだった。
ドラコは魔法薬学が好きでも嫌いでもなかったが、魔法薬学はスネイプがいるからな…と思い出すだけでもにやけてしまう。今日もそうだったが、ハリーポッターがスネイプに罰を受けているのは本当に愉快だ。でもそれ以外で楽しいと思ったことも一度もなかった。なんなら面倒なくらいで…。そうして、ふと、ドラコはイイコトを思いついてしまった。
「二年の予習をするくらい余裕があるのか?偉そうだなナマエ」
「いえいえ!そんなつもりは…」
「そんなに勉強したいなら僕の宿題を手伝わせてやるよ」
「え?」
「あれこれ教授の手伝いしている暇があるんだから僕の宿題の手伝いができないわけないよな?」
「ええ、、??」
そうして唇の片端を上げてニヤリとドラコが笑うから、ナマエは冷や汗をかきながらハイということしかできなかった。
断ったらまた何を言われるかわからないし、今度こそ友達付き合いをできなくなってしまう。
ナマエは教授にも気に入られ、勉強面は熱心にできているが、今のところホグワーツに友達と呼べる人はドラコしかいなかった。
最初は友達ができるように頑張って周りに話しかけようとしていたが、入学から一週間、二週間とたち、周りも固定の友達ができてきたこともあり、ナマエは諦めるようになってしまっていた。もちろんハッフルパフのみんなは優しい人が多く、仲間に入れようとしてくれていたが、出来上がった人間関係に入るのはエネルギーがいるし、穏やかに勉強ができることがそもそも嬉しかったから友達がいないことはどんどん気にならなくなっていた。それから、それほど仲良くしたいという人もいなかった。
「えっと…私に何をお望みでしょうか…?」
「はあ?僕はお前が魔法薬学が好きだって言ったから、特別に手伝わせてやろうとしてるんだ」
「あ、はい、そうですね!」
「やりたいならやらせてやるよ!」
してやったり、そんな顔をしたドラコを見たら、ナマエはもう何も言えない。彼がそうしてほしいなら、もうそれでいいかと諦めてしまうのはよくないことかもしれない。けれど実際、ナマエは魔法薬学が好きだったし、一人で過ごすよりこうやってドラコと話せる時間も楽しかった。
特にそこまでの強いこだわりや正義感がないからこそ自分はレイブンクローでもグリフィンドールでもなくハッフルパフなんだろうなとミサは一人腑に落ちて、それから教科書を開く。
「宿題は何について?」
ドラコは宿題の手間が減ったからかいつもより嬉しそうに見える。その瞳が弧を描いているのを見ると、普通の男の子なんだなとも思った。
ちなみに二人は気づいていないが、周りはハッフルパフの地味な一年生とスリザリンの有名人が談笑している(ようにみえる)姿を興味津々に見ていたという。