黒く美しい箒

湖畔から自室に戻ったナマエは、荷物を置いて急いで訓練場へ向かった。手紙には、夕方とは記載があったが明確な時間は書かれていないため、その夕方が何時なのか判断しづらくナマエを悩ませた。
とりあえず、自分が待つのは構わないし、もし万が一ドラコを待たせるようなことがあったら、どんな理不尽を言い渡されるかわからないため、早めに向かうことにした。

一方ドラコは、買ってもらったばかりの黒と銀色の美しい箒を使い、仲間とひとしきり飛び回ったようだった。
クディッチチーム全員に渡されたこの箒に、チーム全員が喜び感謝し、マルフォイ家を讃えたものだからこんな気持ちの良い日はない。

そして昨日のハリーポッターとの話がスリザリン生の中では持ちきりでそれもドラコの優越感を助長した。あの赤毛のウィーズリーの姿を思い出すだけで笑いが止まらないのだ。

周囲に箒をひとしきり自慢したが、ドラコはそれでもまだ自慢し足りないような気持ちでいた。

それで思いついたのがナマエだった。
あいつなんて特にこんな箒見たことないに決まってる。彼女の瞳がこの美しい箒を見てキラキラ輝くのを想像すると、ドラコは何だか胸がむず痒くなって、居ても立っても居られないようだった。

殴り書きのように手紙を書いて呼びつけたのは夕方。箒で飛び回ってみんなが疲れた頃にあいつが来ればいいかと適当に考えて呼びつけた。

「ドラコ、そろそろ帰ろうぜ」

日が暮れ始めた頃、チームメイトらが疲れて帰りたいと言いだした。まあ確かに今日は十分に飛んだ。明日からクディッチの練習もあるし、今日はもういい頃合いだろう。

「先に帰ってろ」

「お前は?」

クラッブが不思議そうにしている。

「僕はまだいる」

「俺も残ろうかな」

「お前らは全員先に帰れ」

「なんでだよ」

「いいから帰れよ!」

チームメイトの一人がまだ乗り足りなかったようで食い下がってきたが、説明するのも煩わしくなったドラコは思わず強く言ってしまった。

周りはやれやれと呆れたような様子で訓練場から去っていく。クラッブとゴイルは先行くぞと声をかけてから歩いて行った。

ナマエといるところを他のスリザリン生に見られることにはドラコも慣れてきた。
最初は見慣れない組み合わせに、周りから揶揄われたり、関係についてあることないこと言いふらされたり質問されることもあった。
もちろんドラコはどんな内容であろうと否定していたし適当にあしらうことも多かった。

ただ、さすがに煩わしくてナマエと会わないようにしたり、周りがいないタイミングを見計らったりしたこともあったが、それはそれで自分がナマエとの関係を意識しすぎているようで腹が立つのでそれからは気にしないように振る舞うようになっていた。
ちなみにナマエは何の気なくドラコと会っているのでその呑気さにも苛立っていた。

ニヶ月ほどは周りの注目を浴びることが多かったが、ナマエとドラコがいる場面のほとんどが、ドラコがナマエに宿題をさせている場面だったこともあり、スリザリン生の中でナマエの存在は、ドラコの子分の一人のような扱いで落ち着いていったのだった。

そうして二人でいることは増えてはいるが、何故か今日だけは一緒にいる姿を他の奴らに見られたくなくて、ついやけになってチームメイトを訓練場から追い出した。

別に何かあるわけじゃない。ただ、ナマエに箒を見せてやりたかった自分の気持ちと、ナマエの嬉しそうな瞳をあいつ等に揶揄われることを考えて、気づいたら追い出していただけだ。

ふと、空がオレンジ色になり夜に差し掛かっていることにドラコは気づいた。
それから、ナマエがまだ来ていないことと、そういえば彼女が手紙の返事をまだ寄越していないことにもドラコは気づいた。

もしかしたら手紙に気づいていないかもしれない、よぎった不安にドラコは苛立たしい気持ちになってきた。
少し前まではこんなに気持ちのいい一日はないとすら思っていたのに、この気持ちの急降下にも苛立ちを隠せない。

ナマエと関わると苛立つことが多い。何故そんなやつとわざわざ僕が関わる必要があるんだ…ドラコがそこまで考えたとき、廊下から走る足音が聞こえてきた。

「はぁ、はぁ…ドラコ!ごめんなさい遅くなって!」

現れたのは、息を切らし額から汗を垂らしながら走ってきたナマエだった。

「かなり待たせちゃったよね…?」

「……」

「はぁっ、はぁ……怒ってるよね、ごめんなさ…」

「…ハハッ!」

ナマエは目の前の光景に理解が追いつかず目を丸くしたまま、ドラコの挙動を見つめた。

なるべく急ごうとしたものの、思っていたより時間がかかってしまい、日も暮れだしたから余計に焦って走ってきたところだった。
案の定ドラコは先に訓練場に来ており、その顔もかなり不機嫌そうに見えたものだからナマエは余計に汗が止まらなかった。

何とか機嫌を直してもらおうと何度か謝って見たが、ドラコはしばらく不機嫌そうにしていたかと思えば今度は笑い出したのだからナマエは状況が読めずに混乱した。

「あの、その…」

「お前っ…本当に間抜けで変なやつだなっ!」

「え?…何か変だった、、?」

とりあえず彼がもう怒ってなさそうなことにナマエは安堵したものの、ドラコは今度はナマエのことを変だと言って大笑いしている。
ナマエは慌てて身なりを気にしたが特に変わった様子はないし、どんな反応をするのが正解かわからずとりあえずドラコに合わせてへらへらと笑ってみせた。

それにしてもドラコがこんな風に笑うなんてナマエにとっては意外だった。いつも人を馬鹿にしたり揶揄ったり嫌味を言ったりしたときの笑顔が彼の笑顔の定番だったからか、その年相応の少年らしい笑顔を見れて、ナマエは少し嬉しいと感じた。

「お前の必死な顔っ!ハハッ」

ドラコはどうやら走ってきたナマエの顔があまりにも必死に見えたようで、そこを馬鹿にしているようだった。
夢に出てきそうだ、なんてことまで言われてナマエはどんどん恥ずかしくなってきた。

「…もう、わかったから忘れてよ!」

「嫌だね!忘れたくても忘れられないさ」

ドラコはニヤつきながらナマエを見つめている。
こんなことなら走ってこなければよかった、ナマエはそう思ったが、走ってこなければ彼の不機嫌がどう当たり散らかされるかもわからなかったので、これが正解なんだと項垂れた。

「お前返事は?」

「あ、せっかく手紙くれたのにごめんね、急だったから走ってくる時間しかなくて」

「フン、マナーがなってない」

散々、人の顔を見て笑っておきながら何がマナーなんだ、そう言いかけてナマエは慌てて黙った。

「おい、それから言うことはないのか」

「…え?」

それまで人のことを大笑いしていたと思えば、今度は突然ドラコの眼差しが鋭くなる。
ナマエは自分が何かやらかしてしまったのか、それとも手紙の件なのか、それとも他に何かあったのかと思考を巡らせる。

それからもしかして昨日のことを言っているのかと考えて、身体中の血の気が引くのを感じた。
その件はもう少し後回しにしようと思っていたけど、ここで終わりなのだろうか。そもそもナマエがあの場を見たのは一瞬で、それも遠くからだった。
ドラコはもちろん気づいていなかっただろうから、その件についてナマエが知っていることをドラコは知らないはずだ。
誰かがナマエがいたことをドラコに言ったのだろうか?でもそんなの何のために?頭の中でぐるぐると疑問が巡る。

「何でそんな死にそうな顔なんだ!」

「…え!あ、いや…」

「シーカー!」

ドラコはナマエが何も言わずに考え込むので怪訝に思った。
そうして数秒の話ではあるが顔色がどんどん悪くなり、顔に汗をかき出したから、ここまでくるとナマエが何か違うことを考えていることに気づき、苛立つどころか呆れてしまった。

「あ、シーカー!!そうだよね、そう!!シーカーなんてすごい!おめでとう!」

「…気味悪いぞお前」

「はぁ、よかった…」

まるでドラコがシーカーになったことなんて忘れていたかのようなナマエの態度には引っかかり、心底幻滅した。しかし、それでは自分がナマエに期待をしていたようで、そんな自分も嫌なのでドラコはもうこのことは考えないようにした。

それにしてもこの数分で目まぐるしく変わるナマエの表情にドラコは驚いていた。
いつもヘラヘラと笑っているだけに見えていたが、こんな風に焦ったり死にそうな顔をしたり、彼女が自分と会話するだけでこんなに乱されるのは意外と悪い気がしなかった。

「シーカーってすごい!ドラコは箒が上手なのよね、見て見たいなあ…あ、箒は??」

「ほら見ろ!ニンバス2001だ!お前みたいなやつはどうせ見たこともないだろ!」

「初めて見た…!美しいフォルムと色合い…ドラコみたい」

「…ん?」

褒められているのはわかったが、色はどちらかというと黒がメインで自分とは真逆だとドラコは思った。

「どちらかというとお前の髪と瞳の色だろ」

「え!」

ナマエは大袈裟な声を出しドラコを見つめた。その顔は驚いてはいたが、嫌そうな印象はない。

そしてナマエは、ドラコの言葉に深い意味がないことはわかっていても、ドラコの言葉に喜んでしまったことを恥じていた。
先程まで、自分が仕切りに褒めていた美しい箒と、色が同じだと言われたからだ。

ドラコが、ナマエの存在がただそこにあることを認めてくれているようで嬉しかったのだ。

「ドラコが乗ってるところも見たいなあ」

ナマエは、照れ臭さに話を逸らしてしまったが、ドラコは嬉しそうに鼻を鳴らした。

「フン、いいだろう。少しだけな!」

ドラコは片手にピカピカの箒を構えると、なめらかな動きで箒を浮かせ、そうしてあっという間にナマエの頭上高くへと飛んで行った。

頭上を旋回したと思えば、その場で止まってナマエを見下ろ
すような仕草をする。まるでその華麗な箒捌きをナマエに見せつけているようだった。

ナマエは、クィディッチも箒もあまり詳しくはなかったが、ドラコの飛び方が他の人より上手なことだけはわかった。

しばらくしてから満足したようにドラコは地上に戻ってくると、今度はシーカーになったことや箒の自慢を始めた。

ナマエはいつものドラコらしいなと思い、話し聞くに徹した。ようやく肩の力が抜けたようだった。

そういえば、以前ドラコがクィディッチのシーカーになる思いを話してくれていたことをナマエは思い出した。選抜試験がもうすぐあると言っていたし、そのときナマエは、「受かったら教えてね」と話していた。

それで連絡をくれたのだろうか、ドラコの真意はわからないが、ナマエはドラコが意外と律儀であることにこのとき気づいた。
図書室で勉強していたときも、寝てしまったナマエを待っていてくれた(ように見える)し、さっきもナマエは返事をしなかったが、訓練場で待ってくれていた(ように見える)。

「でも間抜けなお前がクィディッチを知っていることに驚いた。今日はまずクィディッチのルールから説明するつもりだったからな」

「ええ!私は見るの専門だけど、さすがに日本でもクィディッチは有名だったよ」

「まぁ確かに、日本の選手にも悪くない動きの奴はいるな」

「知ってるの?」

「僕を馬鹿にしてるのか?昨年はお父上が…」

シーカーと箒の自慢をしていたかと思えば、今度は家族で行ったクディッチの世界大会の話しが始まって、ナマエはそれをへらへら笑って聞いた。

そろそろ日は暮れて、夕食の時間になったようだった。ひとしきり話して機嫌を直したドラコにナマエは安心するが、結局昨日の件は何も話さなかった。

ドラコもわざとなのかどうかはわからないがその話をナマエにしなかった。

「大広間いくか」

「…ええ、今日の夕食は何かなあ」

今日は夕食を一緒に食べようと、ナマエから誘ったわけではなかったが、何となく二人で食べる雰囲気になり、二人並んで訓練場を後にする。

大広間につくまでも終わらないドラコの自慢話をナマエは聞き流して適当に相槌を打つ。
ナマエの頭の中は、昨日のことが半分以上を占めてしまっていて、ドラコの話は正直あまり聞けてはいない。笑ってはいたが、心は追いついていなかった。
しかしその一方、ドラコのことを知れば知るほど、この関係にしがみついて離れたくなくなることをナマエは実感した。