ホグワーツに入学してから、文化や言語の違いや、多くの授業、そして降りかかる範囲外の課題に目眩がしていたナマエではあったが、なんとか慣れてきた頃、ハロウィンパーティが行われた。
その数週間前から大広間は飾り付けが行われ、誰もがその日を待ち望んでいたが、ナマエもその一人だった。今まで日本にいたこともあり、馴染みのないイベントに心を躍らせていたのだ。
そういえば先日、ドラコとの関係について悩んでいたナマエだったが、ひとまずこの件はさらに先送りし、"見ないことにする"ことに決めたようだった。
今後、ドラコとナマエの価値観が混じり合うことはないかもしれないが、そこに触れ合うことがなければ、一緒にいるにあたっての問題はないとナマエは判断したからだ。
幸いなことにナマエと一緒にいるときにドラコが誰かをイジメている場面に出くわすことがなかったことが理由として一つある。
そしてもう一つは、彼がどんな人でどんな思想を持っていたとしても、ナマエは彼とそれについて思考を共有することはないし、ドラコもナマエとの関係にそれは求めているように見えないということだ。
元々ナマエは人と正面からぶつかり合うことを避けて生きてきたし、自分に確固たる信念があるわけでもない。ナマエが見えないものはないものと同じとして向き合うことから逃げるを選ぶのは自然な流れだった。
平凡なハッフルパフ生の導き出した答えはそれだったのだ。
そうして、ハロウィンパーティが始まり、大広間にはかぼちゃを使ったパイやケーキなど、たくさんの料理が現れて、皆思い思いに好きなものを食べたり、友人と盛り上がっていた。
ナマエはというと、寮内に友達といえる人がまだいなかった為、好きなものを食べて、雰囲気を楽しんで、それからすぐに自室に帰ろうとしていた。
スリザリンの席ではクラッブ、ゴイルを隣に従えた(ているように見える)ドラコが、その他の大勢の友人と談笑していた。もちろんナマエと視線が合うことはない。
ここ一週間で、課題は2日分も付き合ったし、今日はドラコと話す機会は無いと判断したナマエは、夜食用にかぼちゃパイを一切れ取り、紙に包んで大広間を後にした。
大広間からの帰り道、ナマエは図書館に少しだけ寄ろうと考えて階段を使った。
その際、動く階段の不規則な動きに翻弄され、思っていたところに辿り着けないのは、一年生あるあるだ。ナマエはそのあるあるに則って、思っていない場所に降り着いてしまった。
そうして階段がまた戻ってくることを待っていたとき、ナマエのいる階の廊下で何やら騒がしい声が聞こえてくることに気がついた。
何かしらのトラブルがよく起こるホグワーツで、ナマエはいつもは自分に関係のないトラブルには関わらないようにしていたし、それほど興味を持たなかった。しかし今日は何故だか胸騒ぎがして、自然と声のする方へ向かってしまった。
何故か水に濡れた暗い廊下を進む。この空間だけ異様に冷たい空気が漂い、足跡がよく響いた。
先にはハリーポッターと、愛猫を抱えて叫ぶフィルチ、そして壁に赤字で書かれた『秘密の部屋は開かれたり』の文字。
その日、かぼちゃパイは食べずに捨ててしまった。来なければよかったと、ナマエは自分の衝動的な行動を心底後悔した。
そしてこの冷えた暗い空間と、フィルチのつんざくような叫び声はその後何度もナマエの夢に出てきて、その度にナマエはうなされた。
あのミセスノリスの石化事件から、ホグワーツ中が秘密の部屋の話で持ちきりだった。その後第二の被害者も現れてからはホグワーツは安全な場所ではないと口にする者も増えていた。それは友達のいないナマエの耳にもよく入ってくる程の大事件だった。
特にドラコと会ったとき、ドラコはよくこの話をしてきた。彼曰く、ハリーポッターが怪しいとのことだ。真偽はナマエにとってはどうでもよかったため、いつもその話には適当に相槌をうって、聞いているふりをした。ナマエの望みは、とにかく安心して穏やかに学校生活を送ることだけだった。
「ドラコ、本当はお前が秘密の部屋の継承者なんだろ?」
「教えろよ」
また始まった、ナマエはこの話題は極力聞かないようにしているが、この流れはこの間もあったなとつい思い出してしまった。
今日はドラコの課題を手伝うために大広間で待ち合わせをしたが、珍しくクラッブとゴイルが着いてきていた。たまに二人が付いてくることがあるが、大抵は退屈そうにして途中で帰ることが多く、そもそもついてこない日の方が多かった。
そんな彼らが今日は一緒に課題をするつもりだったようで、ナマエの書いたレポート(ドラコの分)を盗み見しているのがバレバレだったが、真面目に取り組む気があることにナマエは感心していた。しかし課題に取り掛かってから数十分で、彼らのやる気と集中力は削がれたらしい。
「こんなところで馬鹿でかい声でその話をするなよ!だから僕は違うって言ってるだろ!」
「じゃあ誰なんだよ」
「そんなの僕が知るわけないだろ!」
図体のでかい二人は顔を見合わせて肩をすくめる素振りをした。
「どいつもこいつも僕を疑いやがって」
「ドラコが優秀だからスリザリンの後継者だと思っちゃったのかな」
「まぁそれはそうだろうな」
この前も同じようにドラコが機嫌を損ねて、そのときはナマエに対して八つ当たりのような言動が酷かったので、ナマエは慌てて声をかけた。
ドラコの怒りは少し収まったようだったが、今度はダンブルドアが無能だからこんなことになったんだと、文句を言い出した。
ナマエはあの日以来、一人で帰るのが怖くなっていた。そしてこの話は先日のハロウィンのことを思い出すので、出来る限り聞きたくないと思っていたし、あちこちで聞こえてくる噂話も極力避けていた。
そのためにドラコとの接触もできる限り避けていたが、彼もナマエを探して声をかけてくるときがあったので、実際この話題はドラコ達から聞かされることがほとんどだった。
「…ハリーポッターは?」
「あんなクズに後継者が務まるわけがない」
「あいつパーセルなんとかだよな?」
「お前らうるさいぞ!」
この話題になってから一つだけナマエが面白いなと思ったことがある。これはあちこちの噂話で聞いたのと、彼等の反応からわかったのだが、どうやら決闘クラブでハリーとドラコが決闘したらしい。そして大事なのはその戦いでドラコがハリーの攻撃で尻もちをついたらしいこと。
周りの人はその先が重要らしかったが、ナマエはその話だけは想像するだけでなんだか笑えてきてしまう。こんなに偉そうなおぼっちゃまも、相手にやられて尻もちついたり怖気付いたりすることがあるんだと思うと、日頃の理不尽や横柄な態度も可愛く見えるからだ。
とはいえこれはナマエが心の中で勝手に思っているだけで、実際その場にいたらドラコが気の毒で、罪悪感で笑えなかっただろう。
「おいナマエ、何笑ってる」
「あ、え?笑ってたかな?」
急に自分に降りかかってきた不機嫌な声にナマエは身を固くした。クラッブとゴイルはニヤニヤと笑いながらナマエとドラコの様子を見ている。二人は基本的にナマエを助けてはくれない。
「課題の内容が興味深くてつい…?」
「へぇ、角ナメクジの茹で方が興味深い?頭がイカれてる」
「へへ…」
ドラコはナマエを鋭く睨み、結局機嫌を損ねてしまった。こういうときは何を言ってもこうなるということをナマエはここ数ヶ月でよくわかった。
ただし今回はクラッブとゴイルの余計なアシストのせいだとも思っている。
「でもそのイカれてる女のおかげで課題終わりそうだよ」
「その課題はお前の予習のために、僕のをわざわざやらせてあげてるんだ。終わるのは当然だろ!そもそも僕は課題なんかやらなくても内容は理解しているさ」
「…そうだよね、さすがドラコ」
クラッブとゴイルがお互いの顔を見合わせて笑ってる様子が視界の端に映る。
ドラコの言い分は置いといて、実際にドラコは優秀だった。課題はナマエに丸投げすることが多かったが、ナマエがわからないことがあって聞いたときは、大抵のことはドラコは答えられたし、ドラコの答えは正しかった。
もう少しで課題が終わる。少し前まではナマエが課題をしているときはドラコは別のことをしていたり、任せてどこかに行くことが多かった。それが最近は、ナマエが課題が終わるまで待っていてくれる(真相は定かではない)ことがほとんどになっていた。ドラコの心境がどういったものかナマエにはわからないが、課題の間にドラコの自慢話を聞き流す時間は意外と悪くないと感じていた。
それから、ナマエにとってもうひとつ嬉しいことがあった。あの恐ろしい事件以来、ドラコはナマエと放課後に課題をした日は必ず、ナマエの寮の近くまで送ってくれるようになったのだ。
生徒の一人歩きが禁止されたこともあり、ドラコはひとつ上の先輩として振る舞ってくれているようだった。
「終わったなら暗くなる前に帰るぞ」
「まだ終わってない」
「俺も」
「お前らは後で自分でやれよ!」
クラッブとゴイルはドラコの号令に慌てて抗議をしたが、意味はないようだった。
そうして何も言わずともハッフルパフの寮の近くまでみんなで歩く。話す内容は大体ドラコの自慢話かハリーポッターの悪口だ。
初めてドラコがナマエを(恐らく)見送った日、ナマエはドラコの意図が読めずに、何度もドラコをスリザリン寮の方向へ帰そうとした。その際にドラコがブチギレて「先輩として当たり前のことをしているだけだ!自惚れるな!」と廊下で大声で言ったことをナマエは思い出す。
近くにいたハッフルパフ生にもその話は聞かれていて、それは少し噂になったが、大体はナマエが気の毒な少女に見えてることもあり、同情されるような内容だった。
「ドラコありがとう。ここで大丈夫!クラッブとゴイルもありがとう
「フン、せいぜい感謝しろ」
役目を果たすと足早に去っていく後ろ姿を見ると胸がいっぱいになってほとんどの嫌なことは忘れてしまう。
あの事件以来、ドラコが送ってくれるというのは半分正解で、半分間違いだったりする。
実は以前、ドラコにだけはミセスノリスの石化した姿を偶然目撃してしまったことを無意識でぽろっと伝えてしまっていた。一人で抱え込むには一年生の気弱な少女には重荷だったのだ。
そのときに怖くて声が震えてしまっていたことをドラコは見逃さず、恐らくそこからこうやって送ってくれるようになったとナマエは感じている。
確かにドラコは善良な人ではないかもしれない。誰かにとってきっと彼は悪者で、それはこれから先もきっと変わらない。
しかしドラコがナマエにとって良き友人であるならば、ナマエは彼がナマエをそばに置いてくれる限り、一緒にいようと思う。それが間違っているかどうかを考える余裕すらない。今のナマエにはそれしか選べなかった。