俺は後輩くんにやっちゃったらしい

しゅさいど

 朝食の匂いが漂う食堂は、いつも通り賑やかだった。でも俺の心臓は、いつもより少しだけ落ち着かない。

(……やっちゃったなぁ)

 寝起きが悪いのは自覚してる。寝ぼけると何かと寝続けようとする癖も、昔からだ。だから部屋割りを光太郎と一緒にしてほしいとお願いしたのに。
 結果的に、よりによって赤葦くんを巻き込んで、抱きついて寝ようとしてたのは…。思い出すだけで顔が熱くなる。

 赤葦くん、すげぇ固まってたよなぁ、絶対引いてたと思う。と、そんなことを考えていたら、クロが俺の背中を軽く叩いた。

「佑月くーん、おはよ」
「おはよ、クロ」
「赤葦くんと仲直りできた?」
「できたって言うか、…、俺が聞きたい」
「なんだよ。木兎誘って卓球して、わざわざ二人きりにしてやったのに。なんかあったのか?」
「俺、やかしたっぽくってさ」

 そんな話をしていたら、「なぁ、あかしー!」と光太郎の声が響いた。

 待て待て待て。嫌な予感しかしない。案の定、光太郎はトレーを置くなり、赤葦くんに向かって大声で言った。

「なんで佑月と一緒に寝てたんだ?」
「っ……!」

 赤葦くんの肩がびくっと跳ねる。やばい。これは止めないと、急いでクロには構わず「ちょ、光太郎……!」と、慌てて腕を引っ張るが、光太郎は止まらない。

「だって俺見たぞ?赤葦が佑月にぎゅーってされてた!」
「ぎゅーって……!」

(あーもうそれ言うなって言ったよな!光太郎!!)

 赤葦くんの顔が真っ赤になっていく。俺の心臓も跳ねる。赤葦くん、そんなに嫌だったかな。と、申し訳なさと、なんかよく分からない胸の痛みが混ざる。

「あれ何してたんだ?仲良しの儀式?」
「違います」

 赤葦くんの声が震えている。光太郎は気づかない。

「じゃあ何?」
「……説明できません」
「なんで?」
「……説明したくありません」

 流石に光太郎、ほんと空気読め……!と、思ったところで赤葦くんの声が少し強くなった。

「木兎さん!!」

 食堂が一瞬静かになる。赤葦くんは怒ってるというより、必死に隠そうとしてる感じだった。俺のせいだよな。胸がちくっと痛む。

「赤葦くん、ごめんね。光太郎、悪気なくって。というか元は俺が悪いんだけど」

 袖をそっと引いて謝ると、赤葦くんは小さく首を振った。

「大丈夫です」
「……ほんとに大丈夫?」

 心配で聞いたら、赤葦くんは少しだけ目をそらした。そのとき、木葉が笑いながら言った。

「修学旅行んときもさ、佑月、寝起き最悪で俺の布団に突っ込んできたんだよ」
「木葉、それ言うなって!」

 俺は真っ赤になって抗議した。でも木葉は肩をすくめて続ける。

「だから赤葦、気にすんな。コイツ寝ぼけてるとこれだから。多分誰であっても抱きついてたと思うぜ」

 流石に誰でもというのは、言い過ぎだ。光太郎は妙に納得したようで、赤葦くんは、ぽかんとした顔で俺を見ていた。その表情が、なんだか少しだけ安心したように見えた。
 とりあえず、秋紀にこの場は救われたらしい。よかった。嫌われてはないっぽい。胸の奥がふっと軽くなる。続けて、木葉が笑いながら言う。

「佑月の寝起きは、まぁ……可愛いけど。あと6日間、頼むわ」
「だから、二人部屋がいいって言ったのにっ、」

 また真っ赤になって抗議する。でも、赤葦くんが小さく笑ったのが見えた。赤葦くんが笑ってくれたなら、結果オーライ。胸のざわつきが少しだけ心地よくなった。

それでも寝起きのあれが治るわけじゃないから、明日からは光太郎に起こしてもらえるように話をしておかなきゃいけないな、と思った。



 朝食のあと、練習が始まって、準備を手伝い終えてから、自室に戻って机に向かうものの、俺の頭の中はずっと落ち着かなかった。

 今朝のこと、赤葦くん、怒ってたというより、困ってたよな。恥ずかしそうで、顔が真っ赤で、声も震えてて。あれは完全に俺のせいだ。

 寝ぼけて抱きつくとか……ほんと最悪すぎる。しかも後輩に。結局気持ちが落ち着かない俺は自習を諦めて、また体育館に向かう。

「お、佑月だ」
「秋紀。ちょうどいいや、練習手伝う」
「ん?ちょうどいいって。失礼な、じゃあ玉拾い手伝って」

 スパイク練習の玉拾いを手伝っているらしい秋紀のいる列に並んで、ため息が出る。木葉が横から肘でつついてきた。

「お前、さっきからため息多すぎ」
「……だってさ」
「赤葦のこと気にして、自習できなかったとか」
「……まぁ」
「図星かよ」

 否定できなかった。木葉はにやっと笑う。

「っか、佑月、まじで赤葦のこと布団中入れたの」
「……まぁ起きたら、そんな感じで」
「しかも抱き締めてたって…まじどうしたんだよ。聞いた時、俺もビックリした」

 なんとか誤魔化したけど、と秋紀のアレはフォローを入れてくれてたらしい。

「…わかんない。とりあえず助かった」
「まぁいいけど。あんま無理すんなよ?またなんかあったら俺にも相談」
「秋紀、さんきゅ」
「それに赤葦、別に怒ってなかったぞ。むしろ照れてただけだろ」
「照れてた……?」
「お前に抱きつかれたんだからな」
「やめろって!」

 顔が熱くなる。木葉は楽しそうに笑っている。照れてた……のか?そう思った瞬間、胸が少しだけざわついた。

 そのとき、コートの向こうで赤葦くんがトスを上げていた。いつも通りの冷静な表情。
俺がいるのに気付いたのか、どこかぎこちない顔がする。

 やっぱり気まずいか。俺のせいで。そう思うと胸がちくっと痛む。

 練習が進むにつれ、赤葦くんの視線が時々こちらに向くのが分かった。目が合うと、すぐにそらされる。

 やっぱり気にしてる。そのたびに、胸がざわつく。

 昼休みになり、体育館のモップ掛けと飲み物の補給等を済ませた。体育館の隅で水を飲んでいると、赤葦くんが少し離れたところを歩いていくのが見える。

 声をかけようか迷った。でも、何を言えばいいのか分からない。

「…抱きついてごめんって……言えなさすぎる」

さすがに恥ずかしすぎる。結局、声をかけられないまま赤葦くんは行ってしまった。

 午後の練習。赤葦くんは相変わらず真面目で、冷静に光太郎の面倒も見つつ、梟谷は練習試合に何度も勝っていた。赤葦くんを意識してから、バレーしてるのをきちんと初めて見た。前々から上手だなとは思っていたが、今日はその数倍、どうにも赤葦くんの、その姿が一番かっこよく見える。



 練習の片付けが終わって、マネージャー達は先に風呂に入ってこいと監督達から命令が出た。
 夕食もついでに済ませて、部屋に戻るとまだ部屋には二人は居ない様子だ。まだ練習してるのかな、とまた赤葦くんのことを考えてしまうが、気持ちを切り替えて俺は机に向かう。

 しばらくして部屋に戻ってきた赤葦くんはタオルで髪を拭きながら俺を見た。

「……お疲れ様です」
「うん……赤葦くんも。今日は遅かったんだね」
「第三体育館で、木兎さん達と自主練してて。今、夕食はとってきましたがギリギリでした」

 その声が少しだけぎこちない。俺の胸がまたざわつく。どうしよう……ちゃんと謝ったほうがやっぱいいのかな。でも、謝ったら余計に意識させる気もする。どうしたらいいのか分からない。

 それから光太郎が部屋に入ってきて「風呂行くぞー!」と騒ぎながら飛び出していく。

「すみません、俺も行ってきます」
「あぁ、うん…いってらっしゃい」

 赤葦くんも荷物を持って、光太郎の後を追う。なんとなく勉強する気になれず、布団に寝転ぶ。

 結局一日中、赤葦くんのことばかり考えていた。理由は分からない。分からなきゃいけない気がするのに、布団の心地よさに負けて目を閉じた。
気づけば、眠っていた。