先輩の寝起きがすごいらしい

赤葦あかあしさいど

翌朝。部屋に差し込む光は柔らかく、まだ早朝の静けさが残っていた。意外にも俺が起きた頃には木兎さんも起きていて、先に挨拶された。

「佑月ー!起きろー!」
「……ん……無理……」

 そして、佑月さんだ。寝起きが悪いのはこちらだったようだ。木兎さんに起こされてるというのに布団に丸まったまま、くぐもった声が返ってくる。

「赤葦、起こしてくれ!」
「え、俺がですか」
「俺じゃ慣れっこでダメだ!赤葦なら起きるって!」

 根拠のない自信を押しつけられ、木兎さんは「あとは任せた!」と、洗面所へ向かった。仕方なく佑月さんの布団のそばにしゃがむ。

「……佑月さん、起きてください」
「ん、誰…」
「俺です、赤葦です」
「ん……赤葦くん……?」

 布団から半分だけ顔を出した佑月さんは、寝ぼけた目でこちらを見た。

 その瞬間、胸が跳ねた。髪は少し乱れていて、目元はとろんとしている。声は掠れていて、息が少し甘い。

え、可愛い。

「……もう朝です。起きないと」
「赤葦くんが起こすの……反則……」
「は?」
「起きたくなくなる……」
「え?」

 次の瞬間だった。佑月さんが、ふらりと布団から手を伸ばして、俺の腕を掴んだ。

「ちょ……」

 引かれるままに、俺は佑月さんの布団の中へ倒れ込む形になった。温かい。近い。近すぎる。

「赤葦くん、一緒に寝よ……」
「っ……!」

 寝ぼけた声で、そんなことを言うな。腕が俺の背中に回される。ぎゅっと抱きつかれた。心臓が跳ねる。跳ねすぎて、痛い。

「佑月さん、起きてください。これは……」
「んー……赤葦くん、あったけ……」

 完全に寝ぼけている。理性が追いつかない。

(ほ、本当にこれ以上はやばい)

胸のざわつきが一気に爆発する。

「……離れ……」と、言いかけた瞬間、佑月さんがさらに腕に力を込めた。

「むり、…もうちょっと……」

 その声が、反則だった。俺は目を閉じ、深く息を吸った。落ち着け。落ち着け。でも、無理だ。

佑月さんの体温が近すぎて、
呼吸が耳元で聞こえて、
胸の鼓動が伝わってきてくる。

 そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。

「赤葦、起こせたか?準備して、朝ごはん行くぞー!」
「……っ!」

 木兎さんの大声で、佑月さんがびくっと動き、ようやく目を覚ました。

「……え、赤葦くん?なんで……」
「説明は後でします」

 俺は布団からそっと抜け出し、胸のざわつきを抱えたまま立ち上がった。



 朝食の時間。食堂は部員たちの声で賑やかだったが、俺の心臓だけはまだ落ち着いていなかった。

 さっきの、なんだったんだ。寝ぼけた佑月さんに布団へ引きずり込まれ、抱きつかれた。
 あの体温も、腕の重さも、耳元の息遣いも、まだ全部残っている。

「赤葦、佑月の寝起きどうだった?」

 隣に座った木葉さんが、にやっと笑いながら聞いてきた。

「木葉さん、どうって……」

 言葉を続けようとしたところに、元気いっぱいの声が飛んできた。

「なぁ、あかしー!そういえばさー!」

 嫌な予感がした。案の定、木兎さんはトレーを片手に、どんっと木葉さんの隣へ座り、木葉さん越しに俺へ身を乗り出す。

「なんで佑月と一緒に寝てたんだ?」
「……っ!」
「ちょ、光太郎……!」

 背後にいた佑月さんが慌てて木兎さんの腕を引っ張る。肩が跳ねた。
視線が自然と佑月さんを探す。
彼も同じように驚いていて、どこか申し訳なさそうで。
 (……やめてください)と、心の中でそう呟いた瞬間、光太郎さんはさらに続けた。

「え?だって俺、見たぞ?赤葦が佑月にぎゅーってされてた!」
「ぎゅーって……!」

 その言葉が、食堂の空気を一瞬止めた。言うな。
言うな。
言うなってまじでこの人何考えてるんだ。心臓が跳ねすぎて、息が詰まる。

「あれ何してたんだ?仲良しの儀式?」
「違います」
「じゃあ何?」
「……説明できません」
「なんで?」
「……説明したくありません」

 声が震えた。
否定したかったのは事実じゃなくて、
“その場で晒されること”のほうだった。木兎さんは首をかしげ、さらに追い打ちをかけてくる。

「でもさ、赤葦、顔真っ赤だったぞ?」
「光太郎っ!」

 佑月さんが止めようとするが、木兎さんは止まらない。

「だってさ、赤葦が佑月に抱きつかれて固まってて」
「木兎さん!」

 思わず声が大きくなる。
食堂が静まり返る。
怒っているわけじゃない。ただ、必死だった。佑月さんが袖を引いて、小さく謝ってくれた。

「赤葦くん、ごめんね。光太郎、悪気なくって。というか元は俺が悪いんだけど」

 その声が、妙に胸に刺さった。

「大丈夫です」

 そう答えたけれど、本当は大丈夫じゃなかった。
ただ、困らせたくなかった。

「え、怒った?」
「怒ってません。ただ……その話は、やめてください」
「なんで?」
「……理由はありません」

 理由はある。あるけど、言えない。胸のざわつきがまた強くなる。そのとき、木葉さんがふっと笑った。

「まぁまぁ。赤葦が困ってんだろ」
「えー?なんで?」
「なんでって……お前、佑月の寝起きの悪さ知ってるだろ」

 木葉さんはスプーンをくるくる回しながら、俺と佑月さんを見比べた。

「修学旅行んときもさ、佑月、寝起き最悪で俺の布団に突っ込んできたんだよ」
「木葉、それ言うなって!」

 佑月さんが真っ赤になる。

「だって事実だろ?まぁ俺は寝てるとこにダイブしてきて骨折れるかと思ったけど」
 
 木葉さんは肩をすくめて笑った。

「だから赤葦、気にすんな。コイツ寝ぼけてるとこれだから。多分誰であっても抱きついてたと思うぜ」
「っ、秋紀、誰にでもは言いすぎ!」
「いや事実だろ?」

 佑月さんがむくれ、木葉さんが笑い、木兎さんは「確かに」と感心している。その光景を見て、俺も思わず小さく笑ってしまった。

(……なんだ。俺だけ特別ってわけじゃなかったのか)

 木葉さんが俺の肩を軽く叩いた。

「赤葦、お前も大変だな。佑月の寝起きは、まぁ……可愛いけど。あと6日間、頼むわ」
「だから、二人部屋がいいって言ったのにっ、」

 佑月さんが真っ赤になって抗議する。そのやり取りが可笑しくて、俺はようやく、朝食の味が分かった気がした。