ドアの音に、瞼が開く。隣を見ると、佑月さんの姿はなく、外に出かけたらしい。
こんな夜にどこに?と考えるも、佑月さんも子供でもあるまいし、そのうち帰って来るだろうとまた瞼を閉じた。
月島と、会っていたら?、ぎゅっと痛んだ。好きを自覚してしまった今、月島も同じ気持ちなら俺と同様に佑月さんに触れたいと思うだろう。
それをどうこうする権利はもちろん俺にはない。
寝れなくなったついでにお手洗いを済ませるために廊下に出た。向かう途中の廊下の大きな窓から月島と佑月さんが話しているのが見える。
声は聞こえないのに、空気が張り詰めているのが伝わってくる。
やはり月島も、佑月さんが好きなのだと、そう確信した。これ以上、二人を見ているのは気が乗らずにそのまま部屋に向かった。
帰ってきてほしい、俺の元に。
そんなことを思いながら、部屋の外で佑月さんを待つ。思えば、丁度一年前の合宿の時から佑月さんのことを好きだったんだと思う。
まだ部活に入りたての一年の頃だ。今年ほど話したりしたわけじゃないが、あの時も佑月さんと話す時間は俺にとって特別なものだったと思う。
『まぁ、気づかないならそれでいいけどネ。自覚したら面白そうだし、赤葦』
今年の合宿の一日目に黒尾さんから言われた言葉を思い出した。本当に恋心を自覚した自分がこんなことになるとは思わなかった。
佑月さんが戻ってきて、目が合った瞬間、胸が強く跳ねた。
「……佑月さん」
名前を呼ぶ声が、少しだけ震えていた。
「赤葦くん……」
返ってきた声は、驚くほど弱かった。その声を聞いた瞬間、胸の奥の痛みが少しだけ和らいだ。あぁ、戻ってきてくれた。
「暑くて、寝苦しかったので……」
本当は違う。でも、そう言うしかなかった。佑月さんは、小さく頷いた。
「ありがと……部屋戻ろう」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
布団の山がゆっくり上下していて、その寝息が妙に大きく聞こえる。 静かな部屋の中で、その音だけが規則正しく響いていた。
「……寝れそうですか」
「うん……赤葦くんの顔見たら、なんとか」
その言葉に、胸が跳ねた。顔に出さないようにするのが精一杯だった。俺の顔を見たら、なんて、そんな言葉をもらって平静でいられるわけがない。でも、佑月さんの表情はまだ不安定で、どこか遠くを見ているようだった。
月島のことを考えているんだろうか。
そう思うと、胸が痛んだ。でも同時に、その痛みを少しでも和らげたいと、そんな気持ちが強くなる。
「やっぱり寝れないですか」
問いかけると、佑月さんは何も言わない。
「……手、貸してください」
布団から出された手を、そっと握る。その瞬間、佑月さんの指が小さく震えた。あぁ、胸の奥が締めつけられる。月島の気持ちを断ったばかりで、心が痛いんだろう。
「佑月さん」
名前を呼ぶ声が、自然と柔らかくなる。佑月さんの肩が、わずかに震えた。
「泣きそうな顔してますね」
「暗くて見えないだろ……」
「泣きそうなんですね」
佑月さんの手に、少しだけ力を込めた。
「誰かの気持ちに応えられないのは、悪いことじゃないです」
「……赤葦くん」
「優しいから、苦しいんですよ」
佑月さんの呼吸が揺れた。
「なんでもわかっちゃうんだ、赤葦くん……」
「佑月さんが悩むことって、自分の事じゃない時の方が多いですから」
図星だったのか、佑月さんは小さく息を呑んだ。「でも……」と、声が自然と低くなる。
「佑月さんが、誰を見ているのか……それは分かりません」
その言葉に、佑月さんの指がびくっと震えた。
「佑月さん、誰を思い浮かべてる?」
指先でそっと手を撫でる。その触れ方は、自分でも驚くほど優しかった。
言ってほしい。でも、言わせてはいけない気もした。
佑月さんは今、弱っている。その状態で言わせるのは違う。そう思ったのに、佑月さんが手を握り返した瞬間、胸の奥で何かが決壊した。
佑月さんが手を握り返した瞬間、胸の奥で何かが決壊した。
「佑月さん」
「……ん?」
息を吸って、静かに言った。
「俺は、佑月さんが好きです」
言った瞬間、胸が軽くなった。でも同時に、佑月さんの反応が怖かった。佑月さんは固まって、息を呑んで、言葉を探しているのが分かった。
こんなこと言うつもりはなかった。そう思った瞬間。
「……佑月ぃ……おにぎり……食べる……?」
木兎さんの寝言が響いた。
「…………」
「…………」
空気が、一瞬で壊れた。佑月さんが小声で突っ込む。その声が、少しだけ震えていた。
思わず、笑ってしまった。
「木兎さんらしいですね」
「……ほんとに」
佑月さんの手をそっと離す。でも、指先が名残惜しくて、ゆっくり離した。
「……返事は、今じゃなくていいです」
それだけは、ちゃんと伝えたかった。
「佑月さんが落ち着いたときで」
「……ありがとう」
その声が、少しだけ震えていた。
「佑月さん、おやすみなさい。好きです」
「っ、おやすみ……」
その返事を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。まだ、返事はいらない。今は、これで十分だ。と、そう思いながら、静かに目を閉じた。