俺の弟がしょぼくれモード

しゅさいど

 合宿最終日。練習試合の結果は今のところ、梟谷は50勝の14敗。数字だけ見れば圧倒的な勝ち数だが、その裏に積み重なった汗や焦燥を思うと、とても単純な結果には見えなかった。

 そして、光太郎が「今日は烏野戦もあるんだ」と嬉しそうに話していたのを思い出した。蛍やそれに可愛い後輩の日向とも仲良くなったのもあって烏野とやる試合が余計に楽しみなんだろうな、光太郎は。

 そんな中、俺は夏の日差しの下、合宿の締めくくりとなるバーベキューの資材準備をしていた。 炭の匂いと草の匂いが混ざり合う中で、ふと小さくつぶやく。

「…合宿、楽しかったな」

 自分でも驚くほど自然に声が漏れた。今日の朝もまぁ散々な寝起きだったらしく。光太郎と一悶着はあったが…寝てる赤葦くんの写真が手に入ったので結果オーライということにするか。

(…まぁ、恥ずかしいことには変わりない)

 いろんなことをが考えて作業していると、あっという間に下準備はおわった。汗を流して部屋へ戻ろうとしたときだった。

「あ、佑月先輩!」
「?」
「来てください!今すぐ!!」
「え、何事」

 梟谷の一年に腕を引かれ、そのまま体育館へと連れ出される。



「今日はもう俺に上げんな…っ!」

 体育館の外まで、光太郎の声が響く。ああ、出たな、と胸の内で苦笑する。

 全国五本指のスパイカーでありながら、些細なことで調子を崩す。しょぼくれモード。双子の兄としては、見慣れた光景だ。

 体育館に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。熱気が肌にまとわりつき、踏み切る音、ボールが床を叩く音、誰かの叫び声が混ざり合って、空気そのものが震えているようだった。

「佑月!」
「ごめん…間に合わなかったみたいだな」
「もう始まっちゃったのアレ。…とりあえずこのまま試合見てってくれない?」

 雀田に促され、試合を見守ることにした。

 やっぱり、バレーってすごいな、見てるだけなのに、胸が熱くなる。コートの中の選手たちは、もっと熱いんだろう。

 光太郎はコートに立ってはいるものの、心ここにあらずといった様子で、俺が来たことにも気づいていないようだった。

「最終日でわざわざやらなくても」
「本当だねぇ」

 雀田も白福も、呆れ半分、心配半分の目で光太郎を見ている。

 でも、知っている。この落ち込みの先に、光太郎は必ず輝く。だから、目が離せない。

 そんなことを思っていると、不意に赤葦くんのツーアタックが決まった。鋭く、静かで、まるで一筋の光のように美しい一撃だった。

「……かっこよ」

 思わず漏れた声に、隣で雀田と白福が目を合わせて笑う。

「赤葦に言ってあげなー?」
「うんうん、喜ぶー」

 そんなことで喜ぶのか、と心の中で返しながらも、胸の奥がじんと熱くなる。

 あの一瞬の静けさと鋭さ。赤葦くんらしい。

 梟谷がマッチポイントを迎え、蛍のブロックが重い音を立てて決まる。

「…っ、」

 練習試合だと分かっていても、この熱量。この一瞬のために、彼らは積み重ねてきたのだと思うと、胸が締めつけられた。

 赤葦のトスが光太郎へ上がる。その瞬間、胸が高鳴る。

(あ、決まる)

光太郎の腕がしなり、空気が裂けるような音がして、ボールは一直線に床へ突き刺さった。笛の音が体育館に響く。

 それから、赤葦くんの合図で木葉達のおだてが始まる。外野からも白福、雀田と続く。

「キャー猛禽類!」
「ミミズクヘッドー!」
「それ、褒めてなくね?」
「まぁまぁ、ほら佑月も」
「…光太郎!一番かっこよかったぞー!」
「やっぱり俺最強ーッ!ヘイヘイヘーイ!!!!」

 試合が終わり、熱気が少しずつ薄れていく。

 さっきまでの落ち込みが嘘のように、光太郎は秋紀達を巻き込みながらはしゃぎ回っていた。

 ふと、光太郎がこちらを見る。目が合う。その一瞬だけ、双子の弟ではなく、一人の選手としての顔をしていた。

 次の瞬間には、いつもの笑顔に戻る。

(やっぱり好きだな、光太郎がバレーをしている姿)

「あれが単細胞ってヤツか」

 雀田が肩をすくめた。まぁ、このことについては俺も否定はできない。

「やっぱ佑月もマネージャーやったらいいのにネー」
「俺、あんまり関係なくね?」
「あるある。大アリだよ。ほら、お兄ちゃん補正ってやつ」

 そんな補正あるのかよ、と思いながらも、「佑月ーーーっ!!!見たかー!!」と、光太郎の声が体育館に響く。雀田と白福が、ほらね、と言わんばかりに俺をみる。そこへ赤葦くんが近づいてきた。

「佑月さん、お疲れ様です」
「赤葦くんも、お疲れ…さっきの、…」

 かっこよかった。その言葉を口にしようとした瞬間。

「なー!赤葦!やっぱ俺最強だな!!だな!!」
「そうですね」

 赤葦くんは微動だにせず、淡々と雀田からスコア表を受け取っていた。その横顔は、騒がしさの中でも不思議と静けさをまとっている。
 赤葦くんがふとこちらを向く。

「佑月さん」
「なに?」
「さっき、なんて言おうとしたんですか」

 まっすぐな瞳に射抜かれ、胸が少しだけ熱くなる。

「赤葦くんのツーが、かっこよかったって…」

 言葉にした瞬間、赤葦のまつげがわずかに揺れた。普段は崩れない表情が、ほんの一瞬だけ緩む。その変化は、知らなければ見逃すほど小さいのに、俺にははっきり分かった。

「……佑月さんにそう言われると、少し……照れますね」

 赤葦が視線を落とし、指先でスコア表の端を軽く押さえる。その仕草が妙に静かで、胸の奥がじんと温かくなる。

「赤葦、よかったネー」
「ほんとほんと、褒められてるじゃん!」

 横から雀田と白福が、嫌味のない笑顔で赤葦をからかう。赤葦は「やめてください」と小さく言いながらも、耳の先がほんのり赤い。

 その空気を切り裂くように、赤葦くんの後ろにいた光太郎の声が響く。

「えっ、なになに!赤葦褒められてんの!?俺も俺も!!」
「もー木兎さんいい加減叩くのやめてください」

 光太郎はまったく赤葦くんの話は聞かず、その勢いで、赤葦くんの肩をがしっと掴む。

「俺も褒めてーっ!!今日の俺も最強だったよな!?なぁ佑月!!」

 赤葦くんは完全に巻き込まれ、スコア表を抱えたまま小さくため息をつく。も、その横顔はどこか楽しそうだ。体育館の熱気がまだ残る中、笑い声が重なっていった。