スタジオに入った瞬間、白い光が視界を満たした。レフ板、三脚、無機質な床。高校生の自分には場違いなほど整った空間だった。
(……本当に、俺でいいんだろうか)
佑月さんの撮影を手伝うことになったが、俺はまだ高校生だからと顔出しはNGにしようと、佑月さんが提案してくれた。カメラマンとして参加した佐伯さんは「むしろそのほうがいい」と言った。理由は分からない。でも、その言い方は妙に迷いがなかった。
「赤葦くん、ここ」
佑月さんが示したのは、光が柔らかく落ちる位置。影が自然に伸びて、輪郭が淡く揺れる場所。
右隣に佑月さん。左隣に木兎さん。三人の影が床で静かに重なった。
(……なんだ、この感じ)
胸の奥が、理由もなくざわつく。木兎さんと佑月さんの小指には、同じリング。俺の小指だけが空白。
(……卒業したら、俺にも)
佑月さんが、そう言ってくれた日のことを思い出す。その笑顔が胸に残っている。
(でも……本当に、俺なんですか)
聞けなかった言葉が、喉の奥で静かに渦を巻く。
「赤葦くん、顔は写さないから安心して。手元と光の落ち方だけで十分絵になるから」
佐伯さんの声は軽いのに、その目は“何かを見つけた人”の目だった。
「佑月、もう少し赤葦くんの方見て」
「えっ、俺?」
「そう。そのほうが“物語”になる」
佑月さんがこちらを向いた瞬間、胸が跳ねた。
(……そんな目、しないでください)
触れない距離なのに、触れられたみたいに熱が走る。距離はほんの数センチなのに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
「あかーしと佑月と撮影とか楽しいな!」
「そうだね」
「……赤葦くん、緊張してる?」
「はい……少しだけ」
「あかーしは顔映んないから平気だぞ?」
木兎さんの手が肩に置かれ、その明るさが、緊張をほぐすように空気を揺らす。
ても俺の胸のざわつきは、緊張だけじゃない。佑月さんが、そっと俺の肩に触れた。その手つきは軽いのに、理由のわからない重さがあった。ただの撮影じゃない何かを、無言で伝えてくるような。
その二つの温度が、胸の奥で静かに混ざり合う。
「はい、そのまま——」
シャッターが切れる。光と影が重なり、三人の距離が一瞬だけひとつになった。その一瞬が、胸の奥に深く沈んでいく。
この写真が後にSNSでプチバズるなんて、この時の俺はまだ知らない。ただ、この瞬間だけは、確かに“何かが始まった”と感じていた。
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撮影後、佑月さんが投稿したポストは、通知が止まらないほどの勢いで広がっていった。
【#LUMINO #新ブランド #撮影】
三人のバランスが完璧
LUMINO世界観すごい
なんで真ん中の人は指輪つけてないの?
気づけば「LUMINO」がトレンド入りし、問い合わせが一気に増えていた。
このピンキーリング欲しいです!
予約できますか?
発売はいつですか?
そんな中、佑月さんは、迷いなく言い切った。
「赤葦くんに渡すまでは、誰にも指輪は売らない」
その言葉を聞いた瞬間、胸が強く跳ねた。ブランドの価値を守るためというより、俺のために決めたとしか思えない強さがあった。木兎さんが横で「だよな!」と笑っていたのを思い出す。あの人は、俺が気づけないものを、いつも先に察している気がする。その笑顔が、あの時妙に心を落ち着かせた。
ーこの指輪は非売品です。三人のための指輪なので申し訳ございません。
その頃、追加投稿された、その一文が、静かに胸に落ちる。
(……三人のための、指輪)
まだ俺の小指には何もない。それなのに、まるですでに“選ばれている”ような感覚があった。未来が、少しだけ形を持って近づいてくる。
佑月さんの意図は、派手じゃない。でも、揺るぎなくて、まっすぐで。その強さが、胸の奥をじんわりと温める。
そして話はとんとん拍子に進み、あの時撮影したビジュアルを使って、展示会が開かれることになった。
あの一枚が、すべての始まりだった。