不謹慎にも可愛いなと


小腹がすいたけれど夕飯と呼ぶにはまだ早くて。それじゃあ夕飯を作りながらつまみ食いでもしようかと思い立って、材料を選んでいる最中だった。彼女が入ってきたのは。

バタン、と扉の閉まる音がして、すぐさま思いついたのは自分の兄の顔だった。あれ?でも今兄ちゃんって部屋で寝てなかったっけ?と不思議に思いながらキッチンから顔を出すと、薄汚れた布で体を覆っている女の子がいた。

突然のことに驚いて持っていたトマトを落としそうになったけれど、なんとかそれは免れた。いつもなら女の子とわかればすぐに声をかけるのだけれど、その時ばかりはその行為をためらった。変な人だったら嫌だし、銃を向けられたりしたらどうしようとか、今すぐドイツに電話をすべきかとか二階にいる兄ちゃんだけは見逃してもらえないだろうかとか。

一瞬で頭に浮かんだあれこれに勝手にあたふたしていたけれど、女の子は扉の前から一向に動こうとしない。それどころか必死に外を警戒しているようで俺が後ろに立っていることすら気付いてないようだ。

そういえばさっきから外が騒がしいような?聞こえてくる声からして誰かを探している?

泥だらけの足はガタガタと震えいて、鍵をかけたままの状態の手には小さな傷がいくつか見える。肩を上下に動かしながら時折泣き声のような声も聞こえる。

何かがおかしい。でもその何かがわからない。

俺はいてもたってもいられなくなって、とりあえず声をかけてみることにした。


「あのー…」


俺が声をかけて初めてそこに人がいると気付いたのか、ビクリと思いっきり体を跳ねらせてこちらを振り返った。その顔に俺はまたも驚いた。

俺も良く知る友人のように黒い髪と目を持ち、俺の国にいる女性よりはるかに小さい体のその子は、言うならばこの世の終わりと呼ぶにふさわしい顔をしていた。


「あの、大丈夫?どうしてここに?何かあったの?」


怯えと恐怖を孕んだ瞳はだんだんと涙で滲んできた。俺の問いかけに一切答えることなく、ただ怖い、そう思っているのが手に取るようにわかった。

エプロンをつけて片手にトマトを持っている俺に恐怖を抱くほど、どうやらこの子は精神的に笑う余裕などないのだろう。俺ならこの状況がシュールすぎて腹抱えて笑っちゃうのになぁ。

刹那、扉を力いっぱい叩く音に俺たちの肩が同時に飛び上がったのは言うまでもなく。女の子は目にいっぱい涙をためながら俺と扉を交互に見やる。

か細い声で、何か呟かれるのが聞こえたけれど、全てを拾いきることは無理だった。その代わりと言っちゃなんだけど、せめてこの子を少しでも安心させてあげようと思った俺をドイツは叱るだろうか?


「ヴェネチアーノ様!いらっしゃいますでしょうか?!」


いまだ忙しなく扉を叩く人の声で、兄ちゃんが起きてきたらまたややこしくなるだろうなと思った俺は、はいはーいと間延びした声で返事をした。ぼろぼろととめどなく涙を流す女の子の頭にポン、と手を置いて口元に人差し指を作った。この子に似ている俺の友達の一人、日本に教えてもらったジェスチャーだ。

驚いて俺を凝視するその子にもう一度優しく頭をポンポンっとしてから今開けますよ〜っと言いながら女の子を扉の影に隠した。


「どうしたの〜?」
「は!お忙しいところ申し訳ありませんが、ここいらで見慣れぬ少女を見かけませんでしたか?もしくは家の中に入っている可能性もございますので上がってもよろしいでしょうか?!」
「俺丁度晩飯作ろうと思ってたところなんだけどー」
「すぐにすみますので!」
「ヴェ、そーじゃなくて〜。ずっとこの家にいたし今までこの部屋にいたけど誰も入ってこなかったよ?二階には兄ちゃんがいるし誰か来たらすぐわかると思うんだけどなぁ〜」
「そ、そうですか。いや、ご無理を言って申し訳ございませんでした!」
「別にいーよ〜。あ、君らも晩飯食べてくー?」
「い、いえ!私どもにはまだ仕事が残されてるゆえそれを放棄するわけにはいきません。そのお言葉だけで充分にございます!」
「そう?じゃぁお仕事頑張ってね〜」
「はい。お騒がせして申し訳ありません。それでは失礼いたします!」
「はいはい」
「あ、それと、不審な少女を見かけましたら直ぐにお知らせください!」
「ヴェ〜、了解〜」


それでは、と去っていく複数の兵たちの背中を少しだけ見送ってから俺は扉を閉めた。扉の影に隠れていた女の子が不思議そうにこちらを見上げていて、俺は大丈夫だよ、と笑った。

きっとあの兵が探しているであろう少女はこの子。何故だか俺はこの子をかくまってしまったけれど、その後のことなんて何一つ考えていなかったため、俺も悩むはめとなる。

とりあえずパスタ食べたら元気が出るだろうと思い、俺は鼻歌を歌いながらキッチンへと向かった。扉の前でポツンと残された女の子が後ろから恐る恐るついてくる気配に俺は不謹慎にも可愛いなと思った。

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