イタリアの飯は最高


弟の呼び声にゆっくりと体を起こしてしぱしぱする目をこする。実を言うと結構前から夢から覚めていた。誰かが大袈裟に扉を叩く音が酷く耳触りで、俺は布団の中へと深くもぐった。それから数分、かぐわしい匂いとともに弟が俺を呼びにきたんだ。

ふらふらとした足取りで一階まで下り、そのままリビングへ向かう。綺麗に盛り付けられたパスタに焼きたてのピッツァ、ああ、美味そうだな。

ふとテーブルに違和感を感じたが、喉の渇きに負けてそれを追求することなく水を飲み干した。水を飲んだため少し冴えた頭でもう一度テーブルをぼんやりと見る。忙しなく動く弟を視界の端に入れながら俺はようやくそれに気付いた。


「おいヴェネチアーノ。今日ドイツの野郎来てるのか?」
「ヴェ?来てないよ〜。なんで?」
「いや…、なんでパスタが三つ盛られてるんだ?」
「ああ。それ?実はさ〜ちょっと…」
「?」
「兄ちゃん怒らない?」
「あ?何でだよ。俺が怒るようなことなのか?」
「ヴェ〜わからないけど〜」
「早く言えよコノヤロー」


少しだけ言うのを渋っていた弟が小声で俺に話しかけてきた。兵士から逃げていた女の子をかくまってしまった、簡潔に言えばこういうことだ。そしてその女の子は?と聞くと今お風呂に入れているときた。


「このバカ!なんでそんなめんどくさいことを!」
「ヴェ〜!だってしょうがなかったんだってばー!あの子の怯えた顔見ると助けてあげなきゃって思っちゃって!」
「だからお前はバカなんだよ!」
「でも兄ちゃんが俺の立場でもきっと同じことすると思うけどなぁ」
「俺は絶対そんなことしねぇ!」
「ヴェー、でも可愛かったよ?」
「!、………マジか?」


弟が苦笑いで俺を見たと同時に、後ろから小さくパタン、とドアの閉まる音がした。振り返ったそこにはブロンドの髪でもナイスバディな女でもなく、こじんまりとした少女が一人呆然と立ち尽くしていた。

俺を見てビクリと肩を揺らしたかと思えば、急にあわあわとうろたえだした。乾ききっていない独特の黒い髪がなんとも艶めかしい。


「あ、上がったねー。どうだったー?」
「………?」
「髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」
「…?」
「あ!ご飯出来てるよ!食べるよね〜?」
「???」


どうやら言葉は通じていないらしい。のにも関わらず弟は関係なしに喋り続けている。


「おい。通じてねぇじゃねーか」
「そうなんだよー。困ったよねぇ」
「お構いなしに話しかけてたのはどこのどいつだよ」
「今度日本を連れてこなくちゃねー」
「話聞けよバカ!」
「それよりご飯ー!冷めちゃうよ〜!」


少女の頭をポンポンと叩いてから椅子に座るように背中を押す弟に、困惑の表情を浮かべながらも流されるまま席につく。目の前に広がる料理に少しだけ和らいだ顔は、まぁ、わ、悪くねぇかな。


「じゃあ揃ったことだし食べよっか〜!いただきまーす」
「いただきます」
「あ。どうぞ食べてね〜!」


手で食べるように急かす弟のジェスチャーに、小さい手でフォークを掴んだ。くるくるとパスタを巻きつけて食べる様子に俺もヴェネチアーノも様子を見ていた。一口、二口、食べ始めるにつれだんだんと下を向く少女に俺たち二人は顔を見合わせる。


「ヴェ、口に合わなかったかな?」
「さぁ?」


終いにはカラン、と手からフォークが外れ、皿の上に無造作に置かれた。その手がふいに顔を覆い、肩からかけていたタオルで目元を拭っているようだ。泣いてる、と気付いたとき、少女の口が少しだけ動いた。


「…ッ…おい、しい…」


微かに聞こえた声は確かにそう言った。なんだ、不味かったわけじゃなかったのか。弟にも聞こえたのか、よかった〜と笑っていた。

まだ止まらない涙を流しながら少女はもう一度フォークを持った。よしよし、と弟に頭を撫でられながらしっかりと食べ始めた様子を見て、何故だか俺もホッとした。

なぁ、イタリアの飯は最高だろ?

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