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 体育祭を終えた次の登校日の泉の行動は恐ろしいくらいに迅速だった。
 美雪が楽曲提供しているユニットと打ち合わせをする『日』があることを知っていた泉は、クラスメイト全員に今日美雪と予定があるかどうかを確認して回った。

「必死すぎて顔が怖いんだけど瀬名くん」
「綺麗な分、迫力が増すな!」
「いいからさっさと教えなよ」

 UNDEAD、なし。流星隊、なし。fine、なし。紅月、なし。MaM、なし。
 夢ノ咲学院でも実力派である、美雪から曲を貰っているユニットの大半がスケジュールを抑えていないことがわかった泉はくたびれた様子だった。事情を知らない薫と千秋は不思議そうに泉を見上げている。臨時ユニットに所属することになった皇帝はにっこり笑って泉の背中を見ていた。

(あとは斎宮だけだけど……もしかしてそもそも今日は『なんでもない日』だったりする……? そしたら今日はアイドル科に来ないってことじゃん。あ〜、早く曲をお願いしないといけないってのに……電話番号くらい貰っておけばよかった……ん? 電話番号?)

 閃いた泉は教室の端に座ってマドモアゼルの髪を整えている宗の元に駆け寄る。

「ねぇ、斎宮。今日って美雪のスケジュール抑えてる?」
「……氷室? 慣れていない体育祭で疲れるだろうと思ったから、今日は入れていないはずだけど」
「じゃあ美雪の番号は? 流石にアンタなら知ってるでしょ。アンタが一番あの子に近いんだから」
「フフフ……そうだな。僕以外に氷室と親しい生徒がこの学院に居るはずもない! あの子と僕は相思相愛なのだから!」
「うっざ。知ってるなら早く教えて」
「それが人にものを頼む態度かね?」
「マドモアゼル燃やすよ」
「このクラスの生徒は野蛮すぎる!」

 何処からともなくマッチを取り出した泉に、宗は青ざめてマドモアゼルを庇った。夏頃クラスメイト全員でゲームセンターに行くことになったときも同行を拒否する宗に英智が「来ないとマドモアゼルちゃんを爆発させるよ」と脅したことがあった。

 渋々スマートフォンを取り出した宗は電話帳を表示させて泉に見せた。泉は画面に映る美雪の番号を自分のスマートフォンに打ち込んで「ありがと」と宗に手を振って去ろうとする。

「待て」
「何?」
「せめて理由を教えるべきだろう。あの子の番号を知って何がしたいんだ」

 宗は眉間に皺を寄せて尋ねる。泉も似たような表情で見つめ返し、ハァと息を吐いて観念した。

「曲、作ってもらうだけ。美雪は作曲家でしょ〜?」
「……Knightsには月永がいる」
「……アイツが俺達に戦争を仕掛けてきた。引っ叩いて正気に戻すまで、一時的に美雪の力が必要なだけだよ」

 帝王の目が鋭くなった。

「氷室を巻き込むつもりか」
「俺だって出来ればやりたくないけど、今はこうするしかないんだよねぇ。……巻き込まれるかどうか決めるのはあの子だよ、アンタじゃない」

 泉は今度こそ宗に背中を向けて教室の外に出た。
 スマートフォンの画面を開くと美雪の番号が表示されていた。緊急事態とはいえ、彼女の連絡先を入手することができた泉の口角がニマニマと上がっていく。

「ねぇ瀬名くん、俺にも美雪ちゃんの番号教え」
「ウフフ……ウフフフフフフフ……♪」
「……うわぁ。げろぉ」
「は? なに人の顔見てゲロゲロしてんの」

 泉を追いかけて教室から出て来た薫がげっそりした表情に変わる。肩を竦めて泉に言い返した。

「いや……さっきやたらかっこつけてたけど、ただ美雪ちゃんの番号欲しかっただけなんじゃないの?」
「は、はぁ? そんなんじゃないし」
「ほんとかなぁ……? めっちゃ気持ち悪かったけど」
「アンタだって今俺に美雪の番号聞こうとしてんじゃん」
「それは純粋に美雪ちゃんと電波でも繋がりたいからだよ♪」
「きしょ」
「ちょっと?」

 どっちもどっち、団栗の背比べのような会話だった。
 泉は薫を無視して美雪に電話を掛ける。コール音が数回鳴るが、出る気配がしない。

「……全然出ないんだけど」
「お取込み中なんじゃない? それかまだホームルームが終わってないとか」
「ふぅん……まあ小まめにかけ直してみるか」

 その後、泉は休み時間の合間や昼食の合間にも頻繁に電話を掛けたが、美雪は一向に電話を取らない。泉は野菜だらけの弁当を置いた机に突っ伏す。

「なんで……なんで出てくれないの、美雪〜! お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃったの……⁉」
「いつの間に氷室の兄になったんだ?」

 体系管理の鬼である泉の前でもっちゃもっちゃとカロリーの爆弾のような昼食を食べる千秋が突っ込む。それに噛みつく気力もないのか、泉は涙目でスマートフォンの画面を見つめた。

「この間着てもらった服が気に入らなくて拗ねてるのかな……俺の趣味全開で魔法少女みたいなふりっふりロリータにしちゃったから……」
「え、何それ。何してんの瀬名くん」
「撮影会だけどぉ?」
「何その楽しそうなヤツ! 俺も呼んでよ!」
「俺も行きたい! 招待してくれ、瀬名!」
「……やだ」
「なんで!」
「どうしてだ!」
「羽風は露出多めの服着せそうだし、守沢はセンス無さそう。あと普通に俺が美雪を独占できる時間が無くなるのは無理」
「ちょっと〜、俺は確かに過激で背徳的を売りにしてるユニットに所属してるけど、女の子の服の趣味は意外と大人しいんだからね? 白いワンピースとか良いよね、美雪ちゃんに似合いそう。清楚で清純……♪」
「は? 何、ギャップ萌えでも狙ってんの? こういうときに育ちの良さ見せつけてくるのやめてくれる? 処女厨が」
「ねぇ瀬名くん今日当たり凄くない? 二日目?」
「そうか……俺はセンスがないのか……瀬名は二日目なのか……ん? 二日目って何がだ?」
「生理だよ」
「瀬名は生理があるのか⁉ ど、どんな感じなんだ⁉ 今後彼女ができたときの参考に教えてくれ!」
「ないわ! やめろ、食事中に!」

 三人の会話を聞いている教室のクラスメイトたちは全員(元気だなアイツら)という心境だった。薫がサラダパスタをフォークで巻きながら言う。

「というか、そもそも瀬名くんの番号知らないでしょ、美雪ちゃん。あの子のことだから『知らない番号からかかってきたら出るな』ってお家の人から言われてる可能性あるんじゃない?」
「……有り得る」
「でしょ? どれだけ電話しても意味ないかもね」
「はぁ……直接音楽科行くか」

 泉が諦めて野菜を突いていると「泉ちゃんいるかしら?」と教室の扉から嵐が顔を出した。すぐに泉を見つけた嵐はくねくねしながら泉の元に近づいた。泉は箸を置いて後輩を見上げる。

「なるくん、何?」
「美雪ちゃんと連絡ついたわよ」
「えっ、なんで⁉」
「なんでって……普通に連絡先を交換してたからよ?」

 きょとんと目を丸くした嵐に、泉はガタッと音を立てて椅子から立ち上がって距離を詰める。嵐はいきなり迫って来た泉のご尊顔に「ちょ、近い近い」と身を引いた。

「はぁ? 俺を差し置いて何勝手に交換してんのぉ⁉」
「え、これに泉ちゃんの許可って必要? あの子、放っておくとゼリーとスープとサプリメントしか食べないから、みかちゃんと一緒に食事の面倒を見てあげてるのよ。少しずつでも食べられるものが増えるようにね。まぁみかちゃんもなかなかな食生活だから主にアタシが二人いっぺんにお世話してるんだけど……だから、連絡する機会がまぁまぁあってね。ときどき『食べたくないです』ってちっちゃく駄々こねられるけど、あの子も優しくて純粋だから、ちゃんと電話には出てくれるのよォ。嫌なら無視すれば良いのに、ほんっと可愛いわよねェ♪」
「…………」
「痛ッ⁉ ちょっと泉ちゃんっ? 何で脛蹴ったの⁉」
「ムカついた」
「あらやだ。男の嫉妬ってほんとに見苦しいわね……『ゆうくん』だけにしておきなさいよ、そういうのは」
「勝手にゆうくんって呼ばないで!」

 荒ぶる泉に嵐は慣れた様子で「はいはい」と宥めると、放課後に美雪がKnightsのスタジオに来ることを伝え、『臨時ユニット』のメンバーの情報を入手するために三年A組の教室を出て放送部員の元に向かった。

***

「氷室さん」
「美雪ちゃん」
「美雪」
「美雪、お兄ちゃんたちの一生のお願い。力を貸して。Knightsに曲を作って欲しい」

 嵐の呼び出しを受けた美雪が部屋に入った途端に、王不在のKnightsの騎士たちは横一列に並んで土下座をした。アイドル四人がひれ伏している状況に、美雪は唖然とする。

「……? えっと、瀬名先輩は私の兄ではありません」
「どうして美雪っ……反抗期⁉ って今はそっちじゃなくて……!」

 泉は所々掻い摘みながら、ジャッジメントが開催されることになったこと、ジャッジメントに勝たなければKnightsが解散すること、ジャッジメントでは今まで使用してきたKnightsの楽曲を使うことが不可能であることを伝えた。

「……この学院の人たち、好きですね。……負けたら解散とか、勝負事が」
「まぁ、そういう場所だからね、此処は」
「……そんなことしなくても、輝きを失った星は、自然と死んでいくのに」

 四人は正座をしたまま返答を待とうと美雪を見上げていた。彼女の瞬きから髪の流れる様まで見逃さない。桜色の唇が動く。

「……Knightsに曲を預けられる機会は、今後あるかわかりません。……これも貴重な経験となり、私の成長に繋がるでしょう」
「……って、ことは?」
「……承りました、Knightsに私の武器を授けます」
「やっっ……」

 泉が立ち上がって拳を突き上げる。

「たぁぁあああっ! 大好きっ、大好きだよぉ、美雪! 愛してるよ! おいでっ、お兄ちゃんに抱きしめさせて、ちゅーさせて……!」
「……やめてください」

 美雪は腕を拡げながらじりじりと詰め寄ってくる泉から逃げて嵐の背中に隠れた。「あらあら」と美雪を庇った嵐は泉に向かってうふふと笑う。泉は舌打ちをして「クソオカマが」と罵倒し、嵐は「んまっ! 聞き間違いかしらァ?」と態と惚けてみせた。

 しかし、凛月だけが浮かない表情のままだった。

「あのさ、まだちゃんと伝えきれてない部分があるでしょ……? 『王さま』はステージ上で無限に曲を作って、俺達を攻撃してくる。美雪にはそれに対抗してもらうために、ジャッジメント当日も俺達の傍に居て貰わないといけない。……その場で、『王さま』に対抗して曲を生み出し続けることになる可能性があるんだよ。……それでも大丈夫なの? 俺達に協力してくれる?」

 凛月はいつも眠たげなガーネットの瞳を光らせる。ただ「曲をくれ」という申し出だけでは不十分だ。月永レオと対決するということは、そういうことなのだから。凛月の言葉に耳を傾けた美雪は事の重大さを理解した。

「……まずは、『Knights』を知るところから始めなくては。……皆さんのパフォーマンスを、いつものKnightsを、曲調を把握します、理解します。……私は、Valkyrieや紅月といった、曲に特性が滲み出ているユニットに作るのが、性に合っているのですが……『Knights』は、どうなのでしょう。……教えてください。『曲を作る』のは了承したけれど、『無限に作る』のは了承してない。それを判断するのは、今から」

 夢ノ咲学院のもう一人の天才作曲家は、王不在の騎士団を見据える。

「私が、貴方たちに何曲作るか、作りたいと思うか。寄り添いたいと思えるか。預ける曲は一つで良いと思えたら、私はそれだけの援助しかしません。貴方たちに生きていて欲しい、歌って欲しいと思えたら、私の未来も変わるでしょう。……だから、失望させないでね」
「……言うじゃん、一年生」

 はっきり言ってのけた美雪に、泉は冷や汗を流して応えた。
 彼女は完璧な舞台を作り上げる、かつて頂点に君臨していたユニット・Valkyrie専属の作曲家だ。名波哥夏だ。宗によって調律された芸術の舞台を間近で観ている彼女を、Knightsは認めさせなければならない。

「いいよぉ、生意気で小憎らしくて、可愛い美雪。斎宮ばっか見てるアンタに、目に物見せてあげる。Knightsを認めさせて、何曲でも吐き出させてやるから。夢ノ咲にはValkyrie以外にもアイドルは居るんだからねぇ……?」

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