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 ジャッジメントが始まる。審判が下る。

「おれがKnightsの『王さま』だ! 月永レオさまだっ、わはははは☆ 知ってるひとはお久しぶりっ、初めましての人は覚えて帰れ! 忘れてもいいぞっ、何度でも繰り返し刻み込んでやるよ! おれの名を! おれたちの物語を! わははははは……☆」

 高らかに名乗りをあげたレオは、一番手である紅郎となずなに場を譲って舞台袖に捌けて行った。Knights側の陣営は嵐と泉。この二人が出陣し、相手の引き出しを曝け出させ、その後に控えている凛月と司で残敵を滅ぼす戦法だ。今までもそうして勝ち続けてきたKnightsにとってこの筋書きは覆らなかった。

「戦況はよろしくないのですか、凛月先輩?」
「即席ユニット相手だったら楽勝かなぁと思ったんだけど、こっちも慣れてない曲だしねぇ」

 英智とレオと同じように、二対二の初戦が終わるまで待機している凛月と司の会話。
 凛月は舞台袖からステージを観察しながら唇を噛んだ。

「いつも俺たちがやってることを、『そのまんま』やられちゃってる感じ。手の内を晒されてる、めいっぱいライブを引き伸ばされてさぁ。おかげでこっちが用意してる曲とかパフォーマンスとか、どんどん露見しちゃってる」

 ジャッジメントを開催することになった時点で恐れていたことではある。レオがいることで、敵対する臨時ユニットである『ナイトキラーズ』には無限に曲が用意されてあるのだ。その場で与えられた初見の曲であっても、観客がそうとは察することもできない程のパフォーマンスができるメンバーが揃っている。

「学院から支給された曲はもう底を尽きる。──あとは、美雪の曲を出すしかないね」

 司がステージを見たそのときに、嵐と泉の額から伝った汗が雫となって落ちた。
 名波哥夏の曲が流れ始める。


 Knightsとは逆、ナイトキラーズ側の舞台袖で観戦していたレオが顔色を変えた。ぞわりと肌が粟立ち、ぶわりと汗が噴き出る。

(──これは……なんだっ? 音が変わった。学院が用意したチープな、どこでも買える手軽なスナック菓子みたいな曲じゃない……なんだ、これ。なんだ、なんだ、なんなんだ。この不気味なメロディは……⁉)

 レオは観客から見えないギリギリの位置まで駆け出してステージを凝視した。舞台の上では泉と嵐が歌い、舞っている。レオの知らない曲で。

(……暗闇に潜んでる魔物が、おれを狙ってるみたいな音がする。勝手におれの中に入ってきて、染み付かせようとしてるみたいな声がする。……これは常人の歌じゃあない。選ばれた者しか聴くことのできない、語り継がれるべき、異常な領域の歌──)

 焦ったレオは呼吸を荒くしながらギリ、と壁に爪を立てた。

「…………誰だ、お前」

 レオの尋常ではない行動を冷静に見ていた英智は、泉と嵐の歌に、長い睫毛を伏せて耳を澄ませた。
 計算された音の響き、神々しいほどに最上級の音節、心に澄み渡る清らかな音色。

「……ああ、これはきっと、名波哥夏の曲だね」
「──名波?」
「君が知らないのも無理はないね。彼女はValkyrie専属の作曲家で、夢ノ咲学院の有力なユニットのほとんどに楽曲提供している、君と同じ天才だ。……そうだね、君を失ったKnightsは、彼女に頼るしかないだろう」

 英智はレオの隣に並んでステージを眺めた。運命の悪戯か、本来であれば月永レオ以外の曲を歌うはずがないKnightsが、名波哥夏の曲を手にしている。
 レオは酷く焦燥した様子だ。脚が震えている。

「Valkyrie……シュウの? だから、こんなに気持ち悪いのか……?」
「気持ち悪い……? そうかい? 心地よいと思うけれどね」
「……だとしたら、お前は洗脳されてる」

 鋭い目で舞台を睨んだレオは、敵対する舞台袖に女子生徒が立っているのを見つける。あんずではない、人形のような娘。

「……アイツか? アイツが名波か?」
「そうだよ。凛月くんの隣にいる、他学科の制服を着た綺麗な子が、名波哥夏だよ。とはいえ、これはペンネームだけどね。君も奇妙な名前で作曲をしているだろう?」
「…………」

 レオは英智に話しかけられても反応を示さず、ただ美雪を睨んでいる。元気な返答を求めていた英智は詰まらなそうにして(まぁいいか)と続ける。

「……君は覚えているかな? 乱凪砂くん……そう、去年fineにいた子さ。彼がね、彼女ととても親密な仲なんだよ。凪砂くんはValkyrieの曲を聴いただけで、彼女が作ったとわかったらしくてね。僕はそれを聞いて、なんだか悔しくなってしまって。彼女が作った曲を全て聴いて分析してみたんだ……けれどなかなか、天才というのは理解し難い生き物だよね、去年のことでわかっているつもりになっていたけれど。……彼女の曲は難しい。音楽的で芸術的で、流麗で、時に逸脱していて、時に幼気で、時に天使のようで、時に悪魔のようだ。ころころと姿を変えてしまって掴めないんだよ。必ず、そのアイドルに適した音楽を届けてくれる。だから今回もきっと、Knightsに適した曲を授けているはずだ。味方であれば心強く、敵であれば恐ろしい……今のKnightsにとっての君のような存在だね。僕は七夕祭で彼女の恐ろしさを知ったよ。あの子はValkyrieの『魔女』なんだ」

 何かを呼称するのは英智の癖なのだろう。七夕祭で彼女を見つけ、焦慮のあまり心中で恨み言をしたときの呼び名をレオに零していた。

「…………魔女」
「あ。やっと反応を示してくれたね。良かった、どこかにトリップしているのではないかと思ったよ。ずっと独り言を喋っているみたいで寂しかった♪」
「お前はいつも一人でべらべら喋ってるだろ〜……?」
「おや、手厳しいね」
「話が長いんだよ、お前もケイトも」
「幼馴染だからね。互いに影響し合って似てしまったんだよ」
「そんなとこ似せるなよな〜」

 歓声が沸き上がる。レオと英智が目を向けると、長引きに長引いた初戦の決着が漸くついたらしい。肩で息をする泉と嵐、なずなと紅郎が見える。文字通り、戦場で負傷した戦士のようだ。

「おっと、終わったね。ぎりぎりで瀬名くんたちの勝ちか……ここまでは想定していたかい?」
「まぁな。この後、お前がセナとナルを潰す。その次に向こうからリッツが出てきて……どうなるかな。リッツのことだから『新入り』のためにお前と相討ちにでも持ち込むんじゃないか?」
「相討ちねぇ……ふふ、そう簡単にやられてあげるつもりはないけれど、まぁ程よく、ね。fineに支障が出るようなことはせずにやってくるよ。臨時ユニットとはそういうものだから、どのような結果になっても恨まないでね?」
「……わかってるよ」

 軽く手を振った英智はステージに上がっていく。

 レオの想定通り、紅郎となずなによって疲弊した泉と嵐は英智によって倒される。凛月がステージに上がり、再び名波哥夏の音楽が流れ始めた。曲が変わっても、名波哥夏の音はレオの背筋を駆け巡っていく。不気味な旋律が耳に突き刺さり、レオは顔を顰めた。

(おれのKnightsが……操られてるみたいだ。気に食わない。……いや、おれのKnightsではないのか。今は、もう)

 曲が止まり、再び歓声が響く。凛月と英智が戦場で倒れていた。相討ちだ。

 レオは覚悟を決め、マントを翻しながら久々のステージに踏み出す。名波哥夏の音がまだ彼を痺れさせていたが、踏ん張って司の前に立った。

「やっほー、『新入り』。なかなか、良い顔になったなー」
「……? そちらはなんだか、疲弊しているような……大丈夫ですか? これから私と最終決戦だと言うのに」
「ははっ、一丁前に心配か? 気にすんな、慣れない音がちょっと刺さっただけ。棘みたいなもんだからすぐ抜ける」

 敵を心配する余裕はないだろう、とレオは司を突き放す。

「おれはね、全知全能の神さまじゃないから。もちろん、神さまに愛された大天才ではあるけど、神さま『そのもの』じゃないんだよな。むかし、おれは『そこ』を勘違いしてた。おれには何でもできるし何でもわかるって、思いちがいをしていたんだよ」

 司の思いを聞いたレオは苦笑いを浮かべて返す。
 自分は『裸の王さま』であり、Knightsを率い、忠誠を尽くされる価値はないと。

「このジャッジメントにお前たちが勝ったら、おれは素直に立ち去る。また当て所ない旅にでもでるよ、誰もおれのことを知らない遠い国とかにさ。最後に、おまえたちのことが心残りだったんだよなぁ。だから、ふらっと立ち寄っただけ。でもまぁ、この様子だと何の心配もいらないっぽいか……」

 去年、打ちのめされたレオは遠い国をあちこち旅した。
 そこで彼は見たこともないものを見て、聞いたこともないものを聞いた。世界を知った、自分は小さな存在であることを知った。

「Knightsはおまえらのもんだよ、あとは好きにしろ。無能で自分勝手な『王さま』からの、それが最後の命令だ。代替わりの時代がきたんだ、ジャッジメントはそういう儀式だよ」
「いいえ。Leader、我が侭ばかり言わないでください。さんざん私たちを振り回しておいて、『良い思い出ができたよ』なんて……何かをやり遂げたような笑顔で、立ち去ることは許しませんよ。貴方には、まだ教えてもらいたいことが山ほどあります。与えていただきたい『武器』が……技術が、Knightsの流儀があるのです。それらをきっちり伝承していただきます」

 首を振った司が、まだ決着もついていないのに諦めたように語るレオを止める。司はKnightsに憧れた、そこに王がおらずとも。そして王が帰って来たことを何よりも喜んでいた。司がレオに脱退を命令するはずもなかった、ただアイドルとして、Knightsの一員として共にあって欲しいだけ。

「……この学院には、貴方の他にもう一人、天才がいます。アイドルとしてではなく、作曲家としての『天才』です」
「──!」

 表情を強張らせたレオは司を見る。そしてその後ろ、舞台袖から、暗闇から此方を見ている少女に気づいた。透き通る瞳が、レオを真っ直ぐに見ている。名波哥夏が、月永レオを見ている。

「今までのKnightsの音楽の全て聴いたその『天才』は語っていました。Knightsに曲を作るべきなのは貴方だと。……その座を明け渡して良いのかと。貴方が居ないのであれば、自分がKnightsを貪欲に食い荒らすと、自分の色に染め上げると」
「…………」
「Leader、貴方はKnightsに愛着を持っているのでしょう、愛しているのでしょう。先程、貴方自身がそう言っていた。私は、貴方からその言葉を聞くまで半信半疑でした。Knightsを愛しているのであれば、解散を突き付けるようなことはしないと。しかし、その『天才』は、貴方のことをよく知りもしないというのに、『天才作曲家』であることくらいしか共通点は無いでしょうに、私にこうも言いましたよ。──Knightsの王は、Knightsを誇りに思っていると。Knightsの王にとってKnightsとは、自分にとってのValkyrieなのだと」

 司は左腕を拡げ、マントに風を纏わせた。

「──ならば! そう易々と! Knightsを手放すようなことはしないでいただきたい!」

 レオはそこで漸く、耳だけ意識を向けていた司に目を向けた。司は勝気に笑う。

「私が、勝利したら……。とりあえず、まずは『新入り』ではなく名前で呼んでいただきます。自己紹介から始めましょう、ようやく帰還された我らKnightsの王よ。Repeat after me……私の名前は、朱桜司です。どうか、以後お見知りおきを♪」


 最終決戦。舞台袖で眺めていた美雪は、レオが悪足搔きをして曲を生み出し続けることはない、自分の出る幕はないと判断した。その場を去ろうとする美雪をあんずが引き留める。

「……もう、大丈夫だと思います。……きっと、朱桜くんが勝って、Knightsは元に戻る。……月永先輩を合わせた、五人に」

 ステージ上の音に消されてしまうのではないかと思う程に静かに話した美雪に、あんずはお礼を言った。美雪は首を傾げる。

「……何故、あんず先輩が頭を下げるんですか? …………Knightsが、消えずに済んだから? ……プロデューサーの、力もあるでしょう。……あの人は、Knightsに緊張感を与えて、成長させたのでしょうね。……特に、朱桜くん。……彼、私の曲を見て、文句を言ったんです、『キーが高いから下げてくれ』って。……ふふ、でも、こうして舞台の上では歌えているんだから、人の、感情というものは、凄いですね。……体育祭の前、朱桜くんが言っていたけれど、『負けたくない』という気持ちが、彼を動かしているんですね。……今回は、とても良いものを見せてもらいました」

 薄く微笑んでいる美雪を見たあんずが息を荒くして美雪に迫った。あんずの行動を、美雪は不思議そうに見る。

「……笑った方が、良い? ……そうでしょうか。…………プロデュースしたい? ……あんず先輩は、不思議なことを言いますね。……私は音楽科、作曲家……アイドルじゃないから、プロデュースの必要はありません」

 美雪はゆるく首を振って、あんずから離れた。少し歩んだところで振り返り、綺麗なお辞儀をする。

「……では、御機嫌よう。あんず先輩。……また、曲を求めているアイドルが居たら、教えてくださいね。……私の、経験と、成長に繋がるから」

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