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「にっしっし。拙者、完全に木に擬態しているでござる……♪」

 流星イエローこと仙石忍はガーデンスペースで忍術の修行に勤しんでいた。片足立ちをしてバランスを取りながら、全身で木を表現している。

「……仙石くん、御機嫌よう」
「おわぁっ⁉」

 突然綺麗な声が耳に入り込んできた忍はバランスを崩して尻もちをついた。声を掛けた人物である美雪は目を丸くしてしゃがみ、忍に目線を合わせる。

「……ごめんね、驚かせちゃった?」
「い、いやぁ……木に感情移入し過ぎたあまり、周りが見えていなかったでござる」
「……木に、感情移入。……仙石くんは、植物に感情があると思う?」
「うえっ⁉ そ、そこまで論理的に受け取られるとは思ってなかったでござる……」

 首を掻いた忍は美雪がじっと自分を見て返答を待っているのに気づき、慌てて考えてみる。

「う、う〜んと、あるかもしれないし、ないかもしれないでござるな。口がなくて喋れないだけで、もしかしたら気持ちはあるのかもしれない、と」
「……そうだね。優しい言葉をかけながら育てた植物と、厳しい言葉をかけながら育てた植物では、前者がのびのび育ち、後者が枯れていったという話もあるというから。……けれど、それは声をかけていた人物の心の持ち様ではないかとも言われるし、単なる偶然の可能性もある」
「そんな逸話があるんでござるか……知らなかったでござる」
「……客観的に判断するのは難しいけれど、植物に罵倒するようなことは、したくないね」
「そうでござるね。植物は光合成をして酸素を作ってくれてる、有難い存在でござる!」

 美雪は薄く微笑むと忍に手を差し出した。美雪の笑った顔をはじめて見たように思えた忍はドキリと固まり、ゆっくりとその手を掴んで引き起こして貰った。細い腕は非力で、忍は体重をかけまいとほぼ自力で立ち上がっていた。

「そういえば、隊長殿から聞いたんでござるが……美雪殿、大丈夫でござるか? なんでも、Knightsのリーダーと一悶着あったとか……」
「……ああ、うん。……ここは、噂が回るのが早いね。そう、今日はそのことでお願いをしに来たの」
「せ、拙者に何か手伝えることがあるでござるか!? 美雪殿は流星隊に曲を提供してくれる、お優しい御仁でござる! 美雪殿に助けが必要であれば、拙者が助太刀するでござる! 例え火の中水の中……☆」

 ドン、と胸を叩いた忍に美雪は「ありがとう」とお礼を言った。

「それじゃあ、私の臨時ユニットに入ってくれないかな」
「──へっ? り、臨時……?」
「うん、そう。ナイトキラーズと対決するための、臨時ユニット」
「……せ、拙者で……良いのでござるか? ど、どうして? 美雪殿なら、もっと人脈があるでござるよね……?」
「? ……まず、私の作りたいアイドルユニットを想像してみたの。……やってみたい曲調、舞台を構成する人数を決めて、そこから声質とハーモニーを考慮してみた。……お願いしたい人がいて、仙石くんはその内の一人。手伝ってくれると、嬉しいんだけど……どうかな?」

 美雪に「貴方が必要だ」とお願いされて、断れる人が一体何人いるだろうか。忍は自分が美雪という少女に助けを請われ、アイドルとして求められている・選ばれているという事実に震えた。歓喜が彼の全身を駆け巡る。
 忍はがっしりと美雪の両手を掴んだ。

「拙者、拙者! 必ず美雪殿の力になるでござる!」
「……協力してくれるの?」
「勿論! 拙者は流星隊の流星イエロー! 困っている人を見たら駆け付けるのは当然のこと!」
「……ありがとう、嬉しい」

 忍の了承を得た美雪はまだ他の三人には声を掛けていないこと・メンバーが全員揃ったら連絡することを伝えて、次の臨時ユニットメンバー候補の元に足を運ぶことにした。

「──美雪ッ」
「……?」

 メンバー候補を探している最中、美雪は後ろから声を掛けられる。振り返ると焦った様子の凛月が駆け寄ってきた。余程の距離を走って来たのか、十一月中旬で肌寒い時期だというのに汗がにじんでいた。

「……ごめん、俺、王さまを止められなかった」
「? ……何の話ですか?」
「王さまと、戦うんでしょ? 王さまが暴走したとき、俺、傍にいたのに、止められなかった……俺、俺……ごめん」

 言葉が上手く纏まらないのか、凛月はただただ謝罪を繰り返す。

「……謝らないでください。……月永先輩は、火炙りとか言っていましたけど、実際に燃やされるわけではありません。……なるべく平和的なライブになるよう、あんず先輩にもお願いしましたから。……舞台を、一年前のように凄惨なものにしたくありません。Valkyrieが関わっているなら、尚更」

 俯いて頭を下げている凛月に近づいた美雪は控えめに彼の髪を撫でた。凛月はきゅっと眉を顰めて、唇を噛んでいる。今にも泣きそうな顔だった。ジャッジメントで自分たちを助けてくれた乙女に、このような仕打ちをするのは凛月の本心ではなかった。いくら自分が手を下すのではなく、ナイトキラーズが出動するとしても。

「……そうだ。月永先輩がナイトキラーズで来るということは、Knightsはお暇なんですよね?」
「え? まあ、うん。そうなるけど……あ、なんか手伝う? 俺が作戦立てようか?」
「……ふふ、じゃあ、臨時ユニットに入ってください」
「──え、俺が?」

 凛月は自分が誘われた事実に驚いて瞳に浮かびかけていた涙が一気に引っ込んだ。美雪は薄く笑っている。オータムライブで凪砂と五年ぶりに触れ合ったことと、今までの夢ノ咲で過ごした日々の両方が彼女に影響を与え、感情の表現を学び始めているのだろう。

「ええ。私のValkyrieに手を出そうとしたんです。ちょっとくらい、意地悪をしても良いと思いました。……Knightsの呪いを解く、でしたっけ。……そのための儀式にKnightsの一人が敵として立っていたら、あの人、どう思うでしょうね」
「……美雪。結構、怒ってるね?」
「……そう見えますか?」
「うん。相当怒ってるね。怒ってる顔ではないけど」

 美雪はぺたぺたと自分の顔を触る。今自分がどういう顔をしているのか確認しようにも、鏡がない。

「……怒ってる顔は、どうしますか? この間、していたみたいなんですけど……鏡を見ないとわからなくて」
「いや、良いよ。練習はまた今度にしな」

 凛月は「わかった、臨時ユニットね。入るよ」と頷いた。

***

 上質な布に針を通した宗は切ない気なため息を吐いていた。
 全ては噂で回って来た、美雪とレオの衝突が原因。まさか自分が部室で待っている間に、美雪がレオに剣を向けられていたとは思ってもいなかったのだ。あの後、美雪はいつも通りに手芸部室にやってきて、宗の用意したベッドで昼寝をしていた。宗は彼女の違和感に気づくことができなかったのだ。自分の不甲斐なさに苛立ち、針を指に刺してしまっていた。その傷にはみかが用意した絆創膏がついている。

 みかは憂欝そうな宗の横顔をちらりと盗み見ていた。Valkyrieにとって大きな存在である彼女が、多数のユニットに力を貸している彼女が、まさか学院内のいざこざに巻き込まれることになるとは。

 手芸部室の扉からノック音。宗が促すと扉が開き、美雪がひょっこりと顔を出した。

「氷室! ぶ、無事か⁉ 月永に何もされていないか⁉」
「……はい。特に何も」
「ああ、そうか、良かった……だが、油断はできないからね。聞いたよ、ヤツと戦うことになったと。まったく、月永は何を考えているんだッ、理不尽にも程がある! 氷室はKnightsの騒動に巻き込まれただけだというのに……八つ当たりなど、子どものすることだ」

 椅子から立ち上がって美雪に駆け寄った宗はぷりぷり怒った。扉を閉めた美雪は部屋を見渡し、みかが居ることに気づくとぺこりとお辞儀をした。みかもそれに返す。

「……言っておくがね、氷室。僕は月永に曲を押し付けられても絶対に跳ねのけるよ。君が、Valkyrieの作曲家なんだ。僕たちが必要としているのは君なんだよ」
「………………はい」

 美雪の肩を掴み、目線を合わせて真剣に語る宗に、美雪は小さく返事をした。きゅっと唇を噛んでいて、髪の毛で見えないが、耳が少し赤くなっていた。

「……今日は、そのことでお願いがあって」
「ああ、勿論! 僕の力が必要なんだろう⁉ 貸すとも、貸すとも! 舞台構成は考えているのかい? 曲はどうする? 僕たちValkyrieがナイトキラーズなんて小者を蹴散らしてやる!」
「あ、いえ。それは大丈夫です」
「へ? え?」

 ルンルン気分で用紙を取りだし鉛筆を持って舞台セットや衣装を考えようとしていた宗の手が固まる。美雪は宗とみかの前の椅子に座ると、二人を見据えた。

「……臨時ユニットを結成するにあたって、何人かに声を掛けまして。既に三人から了承を得ています。……あちらが四人ですから、こちらも四人にしようと思いまして」

 三人から了承を得ていて、四人ユニット。ということは、残りは一人だ。宗とみかは顔を見合わせる。

「成る程。残りの一人を僕にお願いしたいと」
「せやな。残りの一人をお師さんにお願いしたいってことやな」
「いえ、影片先輩にお願いしたいです」
「──んあ?」

 みかはポカンと口を開けた。

「なッ、なにぃぃぃぃいいいいいいッ⁉ か、か、影片ァ⁉ ぼ、僕ではなく⁉」
「? はい。ですから、影片先輩のご了承をいただきに参りました」
「あ、あわわわわわわ……」
「……? 影片先輩、どうでしょう?」
「え、ええっと、あの」

 みかは宗をチラチラと確認する。自分ではなくみかを選んだ美雪に、宗は少なからずショックを受けている様子だった。今にも泡を吹いて倒れそうになっている。

「……お、お師さぁん」
「……ふ、ふん。自分で決めたまえよ」
「んああ……でもお師さん、おれが断ったら『何故断るのかね! 失敗作の分際で!』って言うやろ?」
「……言わん」
「ほんまに〜? かと言っておれが引き受けても怒るやろ?」
「…………怒らん」
「もう顔が怒ってるんよな〜……」

 苦笑いを浮かべたみかは、今度は美雪の顔を窺う。みかの返事を待っている美雪は、真っ直ぐに自分を見ていた。はじめて会ったときと同じように真剣な眼差し、しかし柔らかさも帯びている。

「あの……お師さんじゃなくて、おれっていうのは、何か理由があるん? それを教えてくれへん?」
「……ええ」

 宗ではなく自分を選んだ理由を、みかは聞こうとした。美雪のことだ、きっと何か理由があるだろうと思ったのと、美雪の口から説明することで宗もある程度納得がいくと考えたからだった。

「私が作りたいユニットのイメージには、斎宮先輩は強すぎます」
「……強すぎ?」
「はい。雰囲気……オーラが、情熱的すぎる、というのでしょうか」
「す、すまない、抑えるよ」
「いえ。抑えろと言っているわけではありません。『私の作りたいユニット』の話であって、Valkyrieの話ではありません。ありのままの、舞台の貴方で居てください。私が好きなのは、そういうValkyrieですから」
「……そうか」

 宗はやや頬を染めて口を噤む。美雪は続ける。

「他の三人との声質や、混ざったときの調和を考慮した結果です。私の臨時ユニットには、影片先輩が相応しいと思いました。荘厳な四重奏にしたいと考えています、そのために、影片先輩の歌声が必要。影片先輩にはユニットのリーダーとなって、彼らを導いていただきたいのです」
「り、リーダー⁉ おれが……⁉」

 思わず椅子に座ったまま身を引いたみかの隣で、宗は美雪の意図を汲み取った。

「……ふむ、成る程ね。そういうことならわかったよ。氷室、君に影片を任せる」
「え、えええっ⁉ お、お師さん……⁉」
「勿論、影片。心得ているとは思うが、必ず氷室の力になるんだよ」
「ま、待ってぇ……? お、おれがリーダーって……」

 みかは自信が無さそうに縮こまり、縋るように宗を見る。宗は腕にしがみついてくるみかを見下ろし、仕方が無さそうに息を吐く。

「……ほう。影片、君は氷室の力には成れないんだね? なら断ると良いよ。氷室の顔を見て、あの可愛いお顔を見て、『自分には出来ません』とはっきり断れるものならね」
「……う」

 目の前にいるつぶらな瞳のお人形さんのような少女に、みかがそんなことをできるはずもなかった。自分の力を必要としている、宗にとっても大切な少女を、みかは見捨てることはできない。

「……わ、わかった。臨時ユニット……リーダーは、おれには不相応な気がするんやけど、その」
「はっきりしないか」
「やる! や、やる! うん、やる」
「……ありがとうございます、影片先輩。……良かった、これで全員。理想のアイドルユニットが出来ました」

 きゅっと微笑んだ美雪を見た宗は「はぁっうあぁぁう……♪」と奇声を発しながらカメラを取り出して盗撮した。

***

 用意されたレッスン室の中、みかは体育座りをしていた。
 美雪の呼びかけた臨時ユニットが集結した。サクサクとメンバーが決まり、サクサクとレッスンが始まる。夢ノ咲学院ではしょっちゅうライブが行われ、それの準備期間も極端に短いため理解はしていたが、美雪とレオの対決もやはり何週間後というものではなく、数日後だった。お互い臨時ユニットとはいえ、向こうはジャッジメントを経験している。つまり臨時ユニットの経験数としては向こうの方が上だ。

(美雪ちゃんの選別を疑ってるわけでもないし、メンバーが信用ならないわけじゃないんやけど……やっぱり、不安やなぁ。向こうは三年生四人やろ? こっちは三年生一人、二年生が俺を合わせて二人、一年生が一人や。……まあ凛月くんは留年してるから三年生みたいなもんやけど)

 みかが憂欝そうなため息を吐いていると、横からひょっこり顔を覗かせた人物が声を掛けた。

「みかくん、大丈夫ですか? リーダーって緊張しますよね〜、俺も去年、そういうの合わないのにやっていましたから、何となくわかる気がします。しかも、美雪ちゃんのユニットに行ってこいって宗くんから言われているわけですし、もし負けたらレオくんがValkyrieの作曲をするって言ってるんですよね? まあ宗くんのことですから、僕らが勝っても負けても、死ぬまでずっと美雪ちゃんの曲を使うんでしょうけど」
「それでも『勝ってこい』って言われたし、美雪ちゃんのためにも勝たんと……あの綺麗なお顔に泥を塗ったらあかん……」

 つむぎはみかの隣に腰を下ろすと、みかと同じように体育座りをした。四人目の臨時ユニットのメンバーはつむぎだった。みかは恨めしそうにつむぎを見上げる。

「うぅ……最年長はつむちゃん先輩なんやから、つむちゃん先輩がリーダーやないの? こういうのって年功序列やないの?」
「あはは、そうでもないですよぉ。相応しい人がやるんです、こういうのは。俺たちSwitchだって、リーダーは二年生の夏目くんですし。美雪ちゃんがみかくんに任せたいって言ったんですから、リーダーはみかくんですよ」
「そうだよ、みかりん♪ だから精々、俺たちを導いてね?」
「よろしくお願いするでござる、リーダー殿!」
「プレッシャーかけるのやめてぇな……! 他人事やと思って面白がって……!」

 メンバーに囲まれたみかはその中心で嘆いた。凛月と目が合ったみかは「ん?」と疑問を抱く。

「というかKnightsのメンバーがいてええの?」
「いいんじゃない? 向こうはあくまで『ナイトキラーズ』だし、『王さまを除くKnights』は美雪に恩があるし全員あの子を可愛がってるから、美雪を傷つけることなんて出来ないしね。流石の美雪もちょっと頭にきてるみたいだから、敢えて俺を入れたみたいだよ? 王さまを挑発してるんだって。あんなに可愛い顔しておいてよくやるよ♪ 気が強い女っていうのも良いね」
「はわ……美雪ちゃん、怒ってるんや……」
「そりゃあ自分が大切にしてるものに手を出されそうになったんだから、怒るんじゃない? 美雪の中で、それだけValkyrieがデカいってことだよ」
「……うん」

 ガチャリとレッスン室の扉が開く。楽譜やプレイヤーを持った美雪がちょこちょこと入って来た。

「……すみません、お待たせしました」
「いえいえ、俺たちが気合入れすぎて早く来ちゃっただけですから〜」
「……えっと、これって私が、何か言った方が良いんですよね?」
「そうですね、一応、臨時ユニットの主催者っていうんでしょうか。それは美雪ちゃんなので」
「……はい、わかりました。……まずは、臨時ユニットへの参加のご了承、ありがとうございます。皆さんが来てくださったお陰で、私はナイトキラーズに……対抗、できます。……すみません、争いはあまり、したくないんですが、今回は私にも譲れないものがあり、このようにライブを開催することになりました」

 ぺこりとお辞儀をした美雪が感謝と経緯を話す。

「今回のライブの勝敗次第で、私がValkyrieに曲を作り続けられるか否かが決まります。……契約書を書いたわけでもないので『そんなの知らない』と突き通すことも出来なくはないのでしょうが、『やる』と言ってしまったからには、そういう名目でやろうと思います。約束もして貰いましたから、私も勝たなければならないということですね。……もし私が負ければ夢ノ咲学院をやめて、夢ノ咲学院のアイドルには二度と楽曲提供しない」
「えっ」
「と、勝つために言いふらしても良かったのですが……汚い戦法な気がするので、やめておきます。美しくないですから」

 とんでもないことを言い始めた美雪に全員が目を剥くが、冗談だとわかり脱力する。
 美雪は持ってきた楽譜を抱え、指でなぞった。その数が相当なものに見えた忍は唾を飲む。

「……私が誰に曲を作るのかは、誰かに決められて良いものではない。決めるのは私と相手であり、第三者ではないのです。……貴方たちは私の夢の、理想のユニットです。こういうユニットに、曲を作ってみたかった。こういうユニットに、私の世界の曲を歌って欲しかった。たった一夜の出来事でも、我らの永遠の糧となりますよう。どうか、力を貸してください。誰の耳からも消えない、至高のメロディを授けます。──歌ってください、私のアイドル」

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