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「え、美雪ちゃんってまだ十五歳なの?」

 昨今、以前よりも真面目にユニット活動や授業に参加するようになった薫は泉の綺麗な顔を見つめた。話題に上がっているのはアイドル科の『アイドル』とも言える音楽科の美少女・氷室美雪だった。

 美雪の誕生日を把握しているのは何もValkyrieだけではない。特にValkyrie二人へのプレゼント選びの手助けをした者たちは、話の流れで彼女が誕生した日付を尋ねていた。

 泉の「もうすぐ美雪も十六歳だねぇ」という台詞を拾った薫は目を丸くして間抜けな面を晒している。泉は不愉快そうな表情を浮かべて鼻で笑った。

「着眼点が変態」
「え、何でよ。至極当然で真っ当な着眼点でしょ、これ」
「何処がだ」
「だって十五歳って結婚できないんだよ? せなっち、法律って知ってる?」
「知ってるわ阿呆。ゆうくんにどこまでやって良いのか調べたからね」
「動機が怖いんだけど」

 現在の法律では男性の結婚できる年齢は十八歳、女性は十六歳とされている。バレンタインデーまで十五歳である美雪はまだ結婚ができない年齢、ということは間違いない。しかしそれを女性好きの薫が言うと怪しさを帯びる。いくら近頃は女性と遊ぶのを控えるようになったとはいえ。

「十六ってなると『高校生だな〜』って思うけど、十五って言われると『わっか!』ってならない?」
「……まあ、わからなくはない」
「でしょ⁉ 中学三年生と高校一年生ってすっごい違うんだよ! 全然違う!」
「力説すんな、きしょい」

 いつの間にか薫と泉と千秋で弁当を囲むのが多くなっていた。千秋は現在用事で席を外しているため、薫と泉は机をくっつけて顔を見合わせながら弁当を突いていた。

「そっかぁ……美雪ちゃんも結婚できる年齢になるんだぁ……今のうちにプロポーズしておこうかな」
「ちゃんと段階を踏め。いきなりプロポーズって有り得ないでしょ」
「結婚を前提にお付き合いしてください、って文言があるくらいだからねぇ」
「アンタのは『前提のお付き合い』もすっ飛ばしてるでしょ。それに、フライングしたら色んなヤツから刺されるよ。俺を含めて」
「怖。というか恋愛にフライングも何もないでしょ、早い者勝ちだよ。略奪愛なんてしなきゃの話だけど」
「……したことあんの」
「ないないないない。ないから『マジかコイツ』みたいな顔しないで。平和に行こうよ、恋愛も、俺とせなっちも」

 はいはい、と軽く受け流した泉はトマトを摘まんで口に入れた。ぷちっとした感触を味わっていると、薫が切なげなため息を吐いた。

「はぁ……美雪ちゃんも大人になるのかぁ」
「十六なんてまだまだガキでしょ」
「そんなこと言ったら俺達十八歳だってまだまだガキじゃない? 夢ノ咲の人達ってなんかジジ臭いよね、すぐ年上ぶって『子どもたち』とか言うし」

 たらこスパゲッティをプラスチックのフォークで綺麗に巻き付ける薫の愚痴に、泉は訝し気に眉を寄せる。

「アンタも言ってたよ」
「え、嘘。いつ?」
「ウチの子たちが〜って。よく言ってんじゃん」
「あ、あれはノーカンでしょ!」
「朔間がうつってんじゃない?」
「やだー! 俺あんなおじいちゃんじゃないもん!」

 最初はノリ気じゃなかった薫も、やはりUNDEADというユニットに対して愛着を持っているのだろう。約一年間、時間を共にしていれば嫌でも似てくるというものだ。知らず知らずのうちに朔間零の影響を受けているのだろう。あれだけ魅惑的な男の影響を何一つ受けないというのは無理な話だ。

「っていうかさ、美雪ちゃんのバースデーパーティーって計画してるのかな?」
「さあ? Valkyrieのヤツらはやるんじゃない?」
「じゃあ参加させてもらお」
「……斎宮が招くかねぇ、野蛮人を」
「野蛮人って誰?」
「わかってんだろ」
「あ、せなっちのことか♪」
「ブッ飛ばされたいのぉ⁉」

 泉は机の下でゲシゲシ薫の足を蹴った。流石に手加減はしてあるのか、薫は痛くも痒くもないと言った様子でニマニマと長い脚アピールをしようと泉のテリトリーに伸ばしていく。血管が一本切れた泉は本気の一撃を食らわせた。薫はギャッと引っ込める。

「でも真面目な話さ。二月十四日ってバレンタインじゃん、ショコラフェスじゃん」
「だね」
「美雪ちゃんの誕生日を祝う余裕があるかなぁ……結構な規模でしょ? アイドルが作ったチョコレートを貰えるってなったら女の子たちも大喜びだろうけどさぁ、その分俺達に負担が強いられるわけで。勿論どんなに忙しくても、美雪ちゃんという世界が産んだ奇跡の女神の誕生祭をしないなんてのは有り得ないけどさぁ……あ、いっそショコラフェスの題名変えない? 美雪ちゃんのバースデーパーティーにしちゃうのはどう? 『氷室美雪誕生祭』って」
「天祥院に提案しな、あっさり却下されるよ。ショコラフェスは夢ノ咲だけのイベントじゃないからね。うちだけ名称を変えるわけにもいかないでしょ」
「え〜、じゃあ『氷室美雪誕生祭withショコラフェス』」
「そっと添えるな。そよ風じゃないんだから」

 泉はサラダの中に入っている最後まで取っていた好物の海老をぱくりと食べた。

***

 厨房にやってきてせかせかとエプロンを装着した創は、昨日作ったチョコレートがどんな具合に出来上がっているか冷蔵庫を開けて確認した。ころんとした丸いトリュフに、兎の耳に見立てた薄いチョコレートが二枚添えられ、チョコペンで顔が描かれていた。如何にもRa*bitsらしい、可愛いチョコレートだ。この可愛いチョコレート欲しさにRa*bitsのファンになる観客もいるだろう。創はにっこり笑って冷蔵庫を閉めた。

「どうだ?」
「ばっちりです♪ この調子でどんどん増やしていきましょう」
「ああ。流石にお客さん一人に対してトリュフ一個、なんて寂しいことはできないもんな」
「はいっ。三個くらいはあげたいですよね」

 創と共にやってきた友也は後ろに手を回してエプロンの紐を結びながらトリュフの様子を尋ねた。創は両手で丸を作ってぴょんぴょんと跳ねる。友也は「埃が立っちゃうだろ〜?」と肩に手を置いて落ち着かせた。

 二人が先に厨房に入っていることに気が付いたなずなは少し早足で近づいていこうとしたところで、近くに美雪が佇んでいるのを発見した。彼女はValkyrieを離れた自分のことを良く思っていないだろうと思いつつ、なずなはスターライトフェスティバルで貰った楽曲のお礼をするためにも話しかけることを決意した。放置させていては、ふらっと怪しい男に着いて行ってしまいそうな危うい子だ。

「名波っ、どうしたんら?」

 緊張のあまり噛んだ。声を掛けられた美雪は不思議そうになずなを見て「何でしょう」と淡々と言う。なずなは恥ずかしさで口を押さえて咳払いをした。

「い、いや。ぼーっとしてたから、何か困ってるのかなーって」
「……困って、ます」
「そ、っか。なんか手伝うか?」
「……」

 口を結んでじっと自分を見つめてくる美雪に、なずなはたじたじになった。透き通る瞳は、なずなの穢れた心まで見透かしてくるように見える。なずなは口角を引き攣らせ、首を掻いた。

「あ、えっと……手伝えそうもないか? 相談とか……あ、いや、おれより斎宮と影片に聞いた方が良いよな。悪い、余計なお世話だった」
「……いえ、貴方に、お願いします」
「う、うん? まあ手伝えるなら聞くけど……」

 何を言われるのか、なずなは肩をきゅっと硬くさせて身構えた。

「……少しで良いので、厨房のスペースを貸していただけますか」
「……? なんか作るのか?」
「……カップチョコを」
「カップチョコか、懐かしいなぁ。簡単に作れて良いよな。意外とチョコの枚数が必要になるからびっくりするけど」

 その言葉に美雪は固まり、なずなに尋ねる。

「……どれくらい必要でしょう?」
「え、そうだなぁ。作りたい量によると思うけど……何人に渡したいんだ?」
「……できるだけ、沢山」
「あ、アバウトなんだな……」

 美雪は横に引いていた小さめのキャリーケースを前に出した。なずなが首を傾げると、美雪はケースを開けて中身を解放する。

「うわっ⁉ これ全部チョコか⁉」
「……ええ」
「なんでこんなにあるんだよ……しかも、うわ。なんか高そう」

 びっしり詰まった板チョコの量に、なずなは飛びのいた。これだけあれば問題なくカップチョコが作れるだろう。寧ろ多すぎるかもしれないくらいだ。板チョコはスーパーやコンビニなどで見かけるメジャーなものではなく、一枚一枚が高級な貴族の食べ物のようだった。パッケージにはうねうねと蛇のようなロゴが書いてあり、なずなは目を凝らしたが全く読めなかった。

「……これで、足りますか?」
「こんだけあるなら心配しなくて良いと思うぞ。ってか全部使おうとしたら朝陽が上ってきちゃうレベルだ」
「……そうなんですね。時間のことも、考慮しないといけません」

 パタン、とケースの蓋を閉めた美雪は立ち上がってなずなを見つめた。一緒に厨房に入ろうとしていたなずなは首を傾げる。

「どうした? 来ないのか?」
「……お借りして、良いんですか?」
「ん? ……ああ、了承してなかったっけ。話の流れでついて来れば良いのに、真面目なんだなぁ、お前」
「……」
「……良いぞ、おいで。一緒に作ろう」
「……一緒には、作っていただかなくて結構です」
「同じ場所で作るんだから、そういうつもりで良いだろ〜?」

 なずなはちょいちょいと手招きをして、後輩二人が待つ厨房に足を踏み入れた。なずながエプロンを付けながら後ろを振り返ると、美雪も家の者が用意したお上品なエプロンを装着していた。エプロンとはいえ、女の子の着替えシーンを見てしまったように感じたなずなはぱっと目を逸らした。

「あ、に〜ちゃん! 今トリュフの……仕上げ、に……」

 厨房に到着したなずなに気づいた創はトリュフの乗ったトレーから顔を上げて顔を明るくしたかと思えば、なずなの隣に立つ美雪を見て目を丸くして言葉が途切れ途切れになった。

「……創ちん?」
「は、はぇ……妖精さん?」
「妖精?」

 ぽぽぽっと頬を染めた創はチョコペンを取り落として「はわわっ」と声をあげた。厨房の床を汚してはいけない、と大急ぎでチョコペンを拾い上げて、勿体ないことをしてしまったとチョコペンを三角コーナーに捨てた。お客さんに渡すものだ、地面に落ちたものは使えない。

「ああ、妖精じゃなくて人間だよ、コイツは。人形でもない。名波哥夏、って言ってわかるか? おれはこっちの方が馴染があるんだけど……」
「あ、えっと、確か、Trickstarに作曲してる……」
「Trickstarはメインじゃないけど、まあ作曲家で合ってるよな」
「……ええ」

 なずなが賛同を求めて美雪を振り返ると、美雪は小さく頷いた。落ち着きを取り戻した創はエプロンで手汗を拭いて美雪に向き合う。

「凛月先輩と英智お兄ちゃんがよく話してます。『美雪さん』、ですよね?」
「……うん」
「はじめまして、紫之創って言います。実は、何回か美雪さんのことはお見かけしたことがあるんですけど……こんなに近くで見たことがなかったので、ドキドキしちゃいました」
「……私も、貴方のお名前、聞いたことがある」
「ほぇ?」
「……姫宮くんが、仲良しだって、言ってた」
「桃李くんが……? え、えへへ。嬉しいです」

 創はもじもじと恥じらってみせた。ほわほわとした空間が広がっているように見えたなずなは微笑ましくなってしまう。

「おーい、創〜。アーモンドスライスってこれで良かっ……たっけ」

 片手に材料の袋を持った友也が近づいてくるも、創と同様に言葉を途切れ途切れにさせて静止した。わなわなと震え、目を輝かせた友也が発言する。

「……め、女神さま?」
「あはは、創ちんと全く同じリアクションしてるぞ。中学からの友達だとやっぱりどっかしら似て」
「──お、俺の本物の女神が降臨した!」
「……友ちん?」
「と、友也くん?」

 嫌な気配を察知したなずなは表情を落として友也を警戒した。日々樹渉という女神に惚れ、日々樹渉という変態に騙された友也は、今度こそ本物の女神だと妄想が働いてしまったのだろう。いつもの模範的で普通の友也は何処かへ飛んで行ってしまった。

「う、うわぁ〜可愛いっ……近づいたら浄化されそう……! 綺麗……いや、綺麗とかそんな一言じゃ言い表せないな。くそっ、色んな劇を観てきてるはずのに、表現できないなんて……! 俺はなんて頭の悪い人間なんだ! なんで俺は普通なんだ!」
「現在進行形で普通じゃなくなってるんだけどな」
「ヴィーナス……いや、人間がヴィーナスを忘れる程の絶世の美女・プシシェか……? クレオパトラ? 楊貴妃? この二人に並ぶ新たな三大美女の一人? ああ、貴女は誰なんだ! 教えてくれ、美しい人よ!」
「ごめんな、今日の友ちんなんか可笑しいみたいだ」

 演劇部モードになってしまった友也は厨房に膝をついて、窓辺のジュリエットに手を伸ばすロミオのように問いかけた。すかさずなずなが間に入って遮る。

「……私は、氷室美雪。音楽科の一年生」
「えっ、人間⁉」
「友也くん、本当に大丈夫ですか……?」
「お前、実は友ちんに変装した渉ちんじゃないだろうな」
「あんな変態仮面と一緒にしないでください」
「あっ。ちゃんと友ちんだ」

 突然の真顔で否定する友也はいつもの彼だ。すると突然、厨房の外からバタバタと走る音が聞こえて来た。特徴のある掛け声と共に飛び込んできたのは光だ。

「ダッシュダッシュだぜ〜! ごめんっ、ちょっと椚せんせぇに、捕まっ……てて」
(あ、これデジャヴだな)

 この言葉の切れ方には聞き覚えがある。なずなはこの後の展開を予測して遠い目になった。

「すっげーキレーな女の子がいるんだぜ〜?」
「そうだよな、お前はそういう子だよな、光ちん! 良かった、良かった〜!」

 光は真っ直ぐに育っている。友也のようにドラマチックな語彙を、創のようにメルヘンチックな語彙を身に着けていないのだ。なずなはきょとんと目を丸くするだけで済んだ光に抱き着いた。

***

 やっとのことで落ち着いたRa*bits四人は、先日に引き続きショコラフェスに向けてのチョコレート作りを再開した。隅っこのスペースで、美雪は板チョコを細かく切り刻んで湯煎していく。事前に湯煎の際の温度は上げ過ぎないようにするべし、と勉強しておいた美雪はゆっくりチョコレートを融かしていった。

「困っていることはありませんか、女神」
「はいはい友ちんはこっち」

 きりっとした顔で美雪の傍に寄った薔薇騎士の友也の首根っこを掴んで、なずなはズリズリと引きずって行く。とはいえ、なずなも美雪の様子をちらちらと確認してはいた。放っておいて火傷でもしたら大変だ、と思っていたが美雪は思いのほか手際よく作業をしていた。以前、泉と嵐とクロワッサンを作った成果だろうか。

 アルミカップにチョコレートを注いだ美雪はレオの言葉を思い出す。彼はこの上にアラザンを振る、と言っていた。それを素直に覚えていた美雪は家の者にチョコレートとアラザンを用意させたが、同じものを作り続ける作業というのも退屈だ。美雪は十個ほどアラザンを振ったカップチョコを作ったところで辺りを見渡し、チョコペンでトリュフに顔を書いている創を目に止めた。創は視線に気づいてドキッとする。

「……あ、えっと、どうかしましたか?」
「……それ、何?」
「これですか? チョコペンですよ」
「……チョコレートを、ペンに?」
「はい。文字を書いたり、絵を描いたりできますよ。チョコの量は限られるんですけど……」

 創はトリュフとチョコペンを持って美雪に近づき、兎の顔を書いて見せる。美雪は目を丸くして「……うさぎ」と呟いた。

「こうやって、可愛い動物さんにできるんですよ」
「……それは、球体のチョコレートじゃなくても、できる?」
「はい、できますよ。チョコペン、欲しいですか?」
「……うん。欲しい」
「ふふ、何色にしますか?」
「……色、沢山あるの?」

 創は美雪に「こっちですよ」と言ってチョコペンが置いてある場所まで誘導する。小さな段ボール箱の中にはミルクチョコ、ホワイトチョコ、ストロベリーチョコ、抹茶チョコ、バナナチョコのペンが入っていた。

「ここには五色しかないんですけど、最近は凄いんですよ。百均で赤とか水色とか、カラフルなチョコペンが手に入っちゃうくらいで」
「……百均って、何?」
「知りませんか? ほとんどのものが、百円で手に入っちゃう凄いお店です」
「……百円」
「あ、ぴったり百円ではないんですけどね。消費税がついてくるので」
「……ああ、税は、払わないとね」

 創からチョコペンを一種類ずつ貰った美雪は、アーモンドスライスやナッツなどを使った動物の耳の作り方を教わり、それを実践していった。なずなは創と美雪が仲睦まじくチョコレートを作っている様子を見てほっと胸を撫で下ろし、自分も制作を続けた。

「ふふふふふ〜ん、ふふふ〜ん♪ ふ〜ん……──はぇっ⁉」

 材料を取りに行った創がキッチンに戻ってくると、そこにはチョコペンで描いたとは思えない程に繊細な模様がプレートの上に広がっていた。美雪は手を止めて創を見上げる。

「……ごめんなさい。これ、やっちゃ駄目だった?」
「そ、そそ、そんなことないですっ! 凄い……細やかで綺麗だったので、びっくりしちゃって……このままカップチョコの上に乗せたら、とても素敵だと思いますよ」

 蝶々や薔薇や百合など、このままお店で出てきても良いくらいの出来だった。『ペン』と呼ばれるこれでどこまで描けるのだろう、と疑問に思った美雪の行動は目を見張るものだった。友也と光も覗き込む。

「すっげー! これ、『たべるのがモッタイナイ』ってヤツなんだぜ! ゲイジュツ的だぜ!」
「素晴らしいです、女神。もっとチョコペンが必要でしたら、俺が今すぐ百均に行って買ってきます」
「……百均、私も行きたい」
「えっ⁉ め、女神と同伴⁉ い、良いんですか⁉」
「……うん。教えて?」
「こ、光栄です!」

 これではチョコペンの数が足りないだろうと思った友也が言うと、先程から百均に興味を示した美雪が一緒に行きたいと強請った。友也は大慌てでエプロンを脱いで商店街に繰り出そうとする。

「……百均は、小切手で買える?」
「こぎっ……え、どうなんだろう。創、わかるか?」
「え、えええっ? え、英智お兄ちゃんに聞いてみないとわかんないです……」

 庶民は小切手に触った経験すらない。どの店で使えるかなんて把握していなかった。以前、宗とみかとお祭りに行った際に小切手を使おうとした美雪は慌てた様子の彼らに止められ、結果的に宗の小銭を持たされた。その経験から、小切手には使える場所とそうでない場所があるのだと美雪は学んでいた。最も、百均と屋台ではフィールドが違うようにも思えるが。

「最悪、俺が自腹を切るので大丈夫です」
「……ううん。使った分だけ、貴方に小切手を渡すから。……貴方、お名前は? シンデレラの子、だよね」
「ひょえっ⁉ み、観てたんですか⁉」
「……うん。学園祭、行ったから。……友也くん、で良いの?」
「お、俺なんかを下の名前で呼ばないでください! 貴女に呼ばれる価値なんて俺にはありませんから……俺なんて、俺なんて『普通』で良いんです!」
「いつも『普通』に敏感な友ちんの台詞とは思えないな」
「……わかった。よろしくね、普通くん」
「ちょちょちょ、違う違う。真に受け過ぎだろ」

 そのまま友也を『普通くん』と呼び始めた美雪に、なずなは友也の名前をしっかり教えてあげた。その流れで光も自己紹介をし、なずなは彼女がRa*bitsの新曲を作ってくれた作曲家であることを後輩の前で告げ、改めて礼を言った。

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