06

 あっさり『ヴィーナスちゃん』の正体が『名波哥夏』である情報を入手した敬人が、それを英智に報告したほんの数日後の話である。

 英智は、ここ最近アイドル科に頻繁に出入りしているらしい音楽科一年生・氷室美雪に接触する機会を伺っていた。英智の耳となってくれる生徒から聞いた話によると、彼女はValkyrieだけでなく流星隊やTrickstar、紅月とも交流を持っているらしい。

 実際に彼女と話したという敬人に話を聞くと、「好奇心旺盛で疑問に感じると何でも尋ねてくる幼稚園児のような少女(可愛すぎて直視できない)」という返答。英智は教室で見た彼女の姿とリンクしないように思い、自らの目と耳で彼女と関わりたいと考えていた。敬人は紅月のリーダーとして、ちゃっかり彼女に次のライブで使いたい曲の作成を依頼し、了承を得たと言う。

(まったく。抜け駆けするなんて狡いなあ。……僕の幼馴染なんだから、狡くて当たり前か。お互い嫌なところばかり似てしまって辟易するね、敬人)

 生徒会室から見上げる空は雲一つない。眩しすぎる日差しは英智にとって毒だ。カーテンを閉めようとした英智の目に、カラフルな何かが飛び込んでくる。英智はそれが気球であることを理解して、生徒会室の窓を解き放った。舞い込んできた風がカーテンを靡かせる。

「あーっはっはっはっはっは! Amazing……☆ おはようございます、皇帝陛下。本日も良い日和で」
「僕を皮肉っているのかな? その口癖、僕と深いようで浅い、浅いようで深い関わりだった子がよく使っていた気がするのだけれど」

 英智が与えた金を遠慮する素振りも見せずに使い、好物の高級キッシュを買っては振る舞ってきた、かつての戦友。夢ノ咲を離れ別のアイドル養成学校に転校した彼が、新たなユニットを結成して猛威を振るっているという噂を、英智はすでに耳にしていた。

 気球に乗って現れた彼の左腕は鳩と花を出す手を止めて、皇帝の顔色を窺った。

「おやぁ、ご不快でしたか? そんなつもりはなかったのですが……皇帝陛下は受け取り方がマイナスに寄っていますねぇ。このままでは純粋な好意すらも邪推してしまいますよ?」
「果たして僕に純粋な好意が向けられるかな」
「少なくとも、ファンは信用した方が宜しいかと」
「ファンも人だからね、心変わりをしてしまうものさ。勿論、そう簡単に離れさせないように戦略を練らなければいけないけれど……人の心は移り気だ。僕が何をしても止められない変化はある。『女心と秋の空』と言うだろう?」
「男女に関わらず、人の心は秋の空ですね。昨今は秋の空よりも夏のゲリラ豪雨の方が余程移り気のように感じますが。ああ、全世界の民の愛が、私のように永遠であれば良いのに……!」
「渉は無限に無償の愛を与えられる?」
「ええ、勿論。私を誰とお思いで?」
「僕の日々樹渉」
「大・正・解☆」

 渉は気球から身を乗り出して、どこからともなく一輪の薔薇を出して見せた。英智は「おお」と拍手をして受け取る。

「フフフ、薔薇だけでは御座いませんよ。私が皇帝陛下を喜ばせるのに、薔薇一輪で済ませるはずがないでしょう!」
「へぇ、なんだろう」

 渉はシュバ、とマントを登場させたかと思うと、手のひらに乗せた鳩の上に被せた。英智はこれから起こるマジックに期待で胸を躍らせた。

「それではご唱和ください。one、two……Amazing!」

 渉が指をパチンと鳴らしてマントを引くと、そこに鳩の姿はなく、代わりに麗しい乙女がポツンと突っ立っていた。

「──す、凄い。渉、凄い。どうして僕が彼女を探してるって知ってたの?」
「私はあなたの日々樹渉ですから」

 渉はアイドルらしく華麗なウインクを英智にして見せた後、茫然と気球を見渡している乙女に「さあ、お手をどうぞ、マドモアゼル」と言って手を差し出した。乙女は渉の手をじっと見て、指先だけで触れた。渉はしっかり乙女の手を握り直すと、ぐっと引き上げて気球から生徒会室へと移動させた。渉もその後に続き、気球は何処かへと飛んで行ってしまう。

「……あの気球は、良いんですか?」
「ええ。私の優秀な鳩たちがAmazingな魔法をかけて元の場所に戻してくれますので」
「魔法……手品ではなく?」
「おや。先程花を出したらあんなに不思議そうに見て『どうしてどうして』と小鳥のように囀ってくれたのに……半分面倒になった私が『魔法だ』と説明し、貴女はそれで納得したと思っていたのですが、信じてくれたのではなかったのですか?」
「……服の中にお花を仕込んでいるんですよね? 教えてくれないみたいだったので、何度か見ていたらわかりました」
「な、なんですって? 数回見られただけで種が暴かれるなど、いくら簡単なものとはいえ私の腕もまだまだ……目が良いのですね、美雪さんは」

 渉は無垢な少女に種を破られてトホホと落ち込んだ。英智はと言うと、二人が会話をしている間にせっせとお茶を用意していた。あっという間に三人分のティーカップが机に並んだ。

「お待たせしたね。さ、座って、氷室さん。……他人行儀すぎるかな、渉のように下の名前で呼んでも良いかい?」
「……はい、大丈夫です。苗字より名前で呼ばれる方が良いです」
「良かったよ。呼び名は距離感に繋がるからね。行き過ぎたあだ名は人を選ぶけれど。ああ、僕は天祥院英智。よろしくね」
「……ええ、存じ上げております。よろしくお願いします」
「私は先程自己紹介を済ませたので、問題ありませんね」
「……ええ」

 美雪は英智に促された席に座る。渉は英智の隣に「失礼します☆」と腰を下ろした。
 英智は思わぬ展開にうきうきしていた。高揚を鎮め、冷静に彼女に尋ねようと心を落ち着かせる。彼女が名波哥夏であるならば、曲を作ってもらわなければ。

 そして彼女の血縁についても聞かなければならない。気になった英智が生徒会長の権限を使って調べようとしても、章臣に拒否をされ確認することはできなかった。天祥院財閥の権力を使って氷室財閥を調べようにも、恐ろしいくらいにあの家の情報は漏れて来ない。当主である御曹司の輝かしい業績だけがゴロゴロと溢れてくる。

「最近、敬人と仲良くしているみたいだね」
「……蓮巳先輩と私が、ですか? 仲良く……しているのでしょうか?」
「紅月とは頻繁に会っているんだろう?」
「頻繁……Valkrieほどではないと思います。他のユニットの方とも会いますし」
「ほう? 美雪さんは音楽科にも関わらず、アイドル科の多数の生徒と交流をお持ちのようで」
「彼女は作曲家だからね」
「おお、作曲家でしたか! それは存じ上げませんでした。話の流れで察するに、Valkyrieと紅月の作曲家さんで? 随分と癖の強いユニットばかりですねぇ?」
「いや、彼女は僕たちにも提供してくれているよ」
「なんと!」

 渉は仰々しいリアクションをする。美雪は英智に用意された紅茶を飲んで一息ついていた。先日、宗に出して貰ったものとは異なる茶葉だった。あのとき以来、宗は美雪に「いつもので良いか」と言ってニルギリを出してくるようになっていた。英智が今回用意したのは天祥院財閥御用達のダージリンだった。勿論、宗が好んでいる茶葉もスーパーやコンビニで売っているような代物ではないが。

 英智は渉に「ほら、あの曲だよ。この間の……」と言って美雪が作曲した曲名を耳打ちする。渉は「ああ!」と頷き、美雪に向けて薔薇を出した。

「Amazing! まさかfineの作曲家様とお会いできるなんて……!」
「……専属というわけではないんですが」
「まあまあ細かいことは気にせず」

 渉はグイグイと美雪に薔薇を押し付けた。美雪はゆっくり薔薇を受け取り、花びらを触って感触を確かめる。

「会長〜! 助けてぇ、弓弦が茶色いお弁当を食べさせ……んん?」

 生徒会室の扉をバン、と勢いよく開けて入って来たのは愛らしい少女のような少年だった。姫宮桃李。英智を慕う、生徒会のメンバーであり、fineのメンバーでもある姫宮家の御曹司だ。

「やあ、桃李。もう少しお上品に入ってきなさい」
「あ、はぁい。ごめんなさい。弓弦が追いかけてくるからさぁ……ところで、この人形は何?」

 英智に窘められた桃李はシュンと縮まる。ぶつぶつと言い訳をして、美雪を見た。桃李は無表情で動かない美雪を人形だと思ったらしい。美雪がパチリと瞬きをすると、桃李はぎょっと仰け反る。

「うわあっ⁉ 動いた!」
「そりゃあ動きますよ。彼女は正真正銘人間ですよ?」
「え、これ人形じゃないの⁉」
「お茶を飲みましたからねぇ。まあお茶を飲む人形くらいいるのかもしれませんが」
「その場合、中に入った水は何処に行くんだろうね。中にたまるのか、隙間から出てくるのかな」

 桃李は恐る恐る美雪に近づいた。覗き込むと、美雪は薔薇を指先で弄っている。

「わぁ、睫毛長……ほんとに人間?」
「……私?」
「喋った⁉」
「今日の姫君は愉快ですねぇ」

 頭の触覚をビュンビュン動かしながら驚きを全身で表現する桃李を、英智と渉は微笑ましく見守る。美雪と目を合わせると、桃李の心臓は跳ね、体温が急激に上昇した。

「……じ、実は球体関節だったりする?」
「……見る?」

 美雪は薔薇を弄っていた手を広げて見せた。グーパーと開いたり閉じたりして、関節が球体になっていないことを示している。

「……ボク、こんなに可愛い人間、生まれて初めて見たかも。あ、ボクだって可愛いけどね。お前もなかなかいい顔してるじゃあないか。褒めてやろう」
「……ありがとう?」
「ま、まあ? ボクの妹だって可愛いけどねっ。お前はその次くらいに可愛いよっ」
「……姫宮くんには、妹がいるんだね」

 美雪は愛情を表現する猫のように、ゆっくりと瞬きをしてから言った。桃李は名前を呼ばれたことに反応する。

「あれ、ボクのことを知ってる……? ふふん、そりゃあそうだよね。ボクは誇り高きfineの一員なんだから! ……お前は? 名前を聞いてあげるよ。制服が違うから他所の学科の生徒でしょ?」
「……うん、そうだよ。私は氷室美雪。音楽科の一年生。だから、姫宮くんとは同い年」
「……氷室?」

 その苗字を聞いた桃李はサァっと青ざめる。英智同様、「あの氷室」ではないかと思ったのだろう。最近頭角を現したばかりの姫宮と、財閥の中でも抜きん出た存在である名家の氷室では、格の違いが明らかだ。

「ちょ、ちょっと待って? もしかして、その、氷室って……あの氷室?」
「……あのって、どの?」

 英智は可愛い顔をした一年生二人の会話を何も言わずに見守っている。英智自身が聞かずとも、助太刀をせずとも、彼女が「あの氷室」であることを引き出せるのではないかと思ったからだ。英智は相手の優位に立つ能力に長けているが、それは相手を威圧してしまうこともある。焦った相手のボロを引き出すこともできるが、警戒心の強い相手だと成りを顰めてしまう場合もある。英智は自分よりも、このまま桃李に役割を任せようと考えていた。隣の渉は英智が何か企んでいることを察し、黙っていた。

「ボクが言ってる『氷室』っていうのは……あの、有名な、ほら、あの、宝石とか……」

 桃李は目をあちらこちらに泳がせながら、名前を言ってはいけない人を言うみたいに誤魔化して伝えようとしている。それには思わず英智も苦笑いを浮かべてしまった。確かに「あの氷室」は海外に鉱山をいくつも所有している家ではあるため、桃李が宝石を例に挙げる気持ちも、英智には理解できる。

「もしかして、お嬢様だったりする……?」
「お嬢様……」

 美雪はフッと目線を落として呟く。

「……そう呼ばれることも、あるね。お家だと」
「や、やっぱり……『あの氷室』だぁ〜ッ!」

 桃李は確信を持つと飛びのいて英智の後ろへと隠れた。怯えたチワワのように縮こまる桃李に、渉は「おやぁ?」と真新しい玩具を見つけたように目を輝かせる。

「なんの話かさっぱりですが、隠れるなら私の後ろにどうぞ! この摩訶不思議な髪の毛を操り、姫君を神隠しして差し上げましょう!」
「よ、寄るなロン毛! 気持ち悪い! え、え、英智さまぁ〜っ、どうしよう。ボク、氷室の御令嬢に生意気な口の利き方しちゃったぁ……! あ、ああ、あの方に、豊(ゆたか)様にチクられたらボク、ボク……消えちゃうかもっ……!」

 ポロポロと涙を流し始める桃李に、英智は「よしよし」と頭を撫でてやった。

「……お兄様のこと、知ってるの?」

 美雪が首を傾げて言った。桃李はグスグス鼻を啜っていて、とてもではないが返事をできる状態ではない。英智は頭を撫でつけながら美雪に話す。

「知らない人なんて居ないと思うよ、君のお兄さんは有名だからね。特に、僕たち財閥の人間にとっては」
「……そうなんですね……姫宮くんは、どうして泣いているんでしょう」
「……君のお兄さんが怖いんだよ」
「怖い……ああ、少し、わかるような気がします。お兄様はあまり、人の話を聞きませんから」

 英智は指に桃李の髪の毛を絡ませて、クルクルと弄んだ。
 敬人と桃李のお陰で、目の前に座る人形のような乙女の正体がわかった。Valkyrieを中心に夢ノ咲学院のアイドルに多数の楽曲を提供している名波哥夏にして、氷室財閥の令嬢。
 英智は更に探りを入れようと話を振る。

「どうだろう、美雪ちゃん。君に少しお願いがあるのだけれど、良いかな?」
「……内容を聞いてからお返事しても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。元よりそのつもりだった」

 流石の英智も、氷室財閥に易々と手を出すことはできない。美雪がどんな性格をしているのかも、英智は掴みかねている。

「まず、桃李がこの通り怯え切ってしまっているから、どうかお兄さんに今日の出来事を話さないで欲しいんだ」
「……私は別に、無礼なことをされたとは思っていません。お兄様にお話しするようなことではないかと。それに、あの人は今お仕事で海外にいるので、私が直接話す機会はありません」
「そうだったね。今はパリにいるんだったかな……手紙や電話でやり取りはしていないのかい?」
「……電話はしますが、内容は取り留めのないものです。……あの人は、私の生活に何の変化も起きないことをお望みのようなので、何かが起きていても、何も起きていない『体』で話しています」

 英智は美雪の言葉に突っかかりを感じたが、美雪が続けて口を開いたため、被せまいとして噤んだ。

「……だから、姫宮くんが怖がっているようなことにはならないと思うよ。ごめんね、お兄様が外で怖がられていること、知らなくて。どうか、私のことまで怖がらないで欲しいな」
「……ぅ、ほ、ほんとに?」
「……うん、大丈夫。だから代わりに、お兄様に私と会ったこと、言わないでくれる?」
「え?」
「……天祥院先輩も。お願いしても良いでしょうか」
「……ああ。構わないよ」
「ありがとうございます」

(……兄妹仲があまり良くないのかな。この子の性格かもしれないけれど、表情の変化が乏しくて分かりづらい)

 英智が熟考している間に、桃李の涙は乾いたらしい。桃李は英智の背中からひょっこり顔を出して、ちょこちょこと美雪の傍に寄って行き、隣の椅子に腰掛けた。

「ね、ねぇ。美雪って呼んでも良い?」
「……うん、いいよ」
「やった……!」

 許可を貰えた桃李は可愛くガッツポーズをした。氷室の令嬢に仲良くするための第一歩を踏み出す赦しを得たのと同義なのだ。桃李は美雪が「兄に話さない」という約束をしたからか、失礼などとは考えずに美雪の顔をまじまじと見つめた。

「……それにしても、流石、豊様の妹。言われてみれば、似てるかも」
「……似てる? 私と、お兄様が? ……どの辺り?」
「え、うーん……どの辺りって言われると困るけど……んーと、オーラとか? 雰囲気?」
「……オーラ、雰囲気」

 美雪はぽつ、ぽつと桃李の言葉を復唱する。

「だって美雪のお兄様って、海外でモデルやってるような方でしょ? それはもう、すっごいオーラなんだから。妹だから慣れてるのかもしれないけどさぁ」
「──えっ? モデル?」

 美雪の表情が崩れた。目を丸くして桃李を見つめている。英智はそれを見逃さなかった。

「え、うん。知らなかったの? お兄様のことなのに」
「……あまり、外のことはお話しない方だから。……ん、と、ごめんね。お家のことを話しすぎると、椚先生に怒られてしまうから、もう聞かないでくれると嬉しい」
「え、うん、ごめん……でも、椚先生に? なんで?」
「……よくわからないけれど、先生は、氷室が大切みたいだから」

 他人事のように言う美雪に、英智が口を挟もうとした。
 その時、生徒会室の扉が開かれる。

「こんちゃーす。会長居ますか……ってなんだこの面子」

 Trickstarの衣更真緒だった。部屋の中に英智と桃李だけでなく、渉と美雪までいたことに驚いているらしい。

「美雪じゃねーか。この間ぶりだな」
「……はい。この間ぶりです」
「はは。まんま復唱された。お前はオウムみたいだな〜」
「え、サル、美雪と知り合いなの?」
「ん? ああ、前に練習中に顔出してくれてさ。新しい曲を作ってきてくれて」
「……曲?」

 美雪が作曲家であることを知らない桃李は頭の触覚をクエスチョンマークにした。

「美雪ちゃんは作曲家なんだよ。僕たちfineも、美雪ちゃんが作ってくれた曲を歌ったことがある」
「えっ、そうなの⁉」

 英智が曲名を伝えると、桃李は目をキラキラ光らせて美雪の腕に絡みついた。

「ぼ、ボクっ、この曲大好きなんだ!」
「……そう。ありがとう、嬉しい」
「ねえっ、また作ってくれる? ボク、美雪の曲歌いたいなぁ」
「……うん、大丈夫。いいよ」
「やったぁ♪」
「やったぁ♪」
「うおっ、びっくりした……会長、急に姫宮の真似しないでくださいよ」
「ごめんごめん、つい。僕の願望が勝手に叶ってくれるとは思ってなくて」
「はあ……?」

 英智が美雪と会いたかった理由は、名波哥夏と発覚した彼女の曲を再び入手したかったからだ。氷室財閥との繋がりを聞き出そうとしたのは、名波哥夏に依頼をするのに障害があるか否かの確認の為でもあった。美雪と桃李の会話の中で、英智は彼女が「兄に日常のことを話したがらない」ということを認識した。彼女が兄に詳細を話さず、彼女から了承を貰えるのであれば、問題はなさそうだ。彼女自身が、「兄に話さないでくれ」と言っているのだから。

「……ふふ」
「え、何? どうしたの会長」
「ん? 気分が良くてね。桃李が頑張ってくれているお陰だよ」

 英智は上機嫌に桃李の頭を撫でた。桃李は戸惑いながらも、英智に褒められたことを嬉しく思いながら、英智の手のひらを受け入れた。

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