08

 斎宮宗という男も随分と変わったものだ、と泉は思う。彼に影響を及ぼしたのは相方のみかか、Valkyrieに寄り添う美雪か。みかは大らかでいることが多く、美雪も波の立たない静かな少女だ。去年あれだけ共に過ごしていれば、互いに影響を与え合うものだ。みかも美雪も、宗から溢れ出る情熱を受け取っている。
 フランスで過ごしていることも彼の変化に関係しているのかもしれない。ES所属であれば使用できる空港に辿り着いたところで力尽きた宗が眠りこけているのを発見した泉は、彼をヘリコプターに連れ込んで目的地に向かった。

 Crazy:Bによってアイドルロワイヤルは悪夢のライブと化した。毒蜂が生み出した特殊な形式のライブは、アイドルがパフォーマンスをする前に観客がチップを賭けるというもの。チップが無くなれば強制退場させられるため、観客は『勝ち』が決まっている方に賭ける。Crazy:Bははじめに弱小ユニットに勝負を仕掛け、自分たちが勝つという流れを作った。そして事前に悪評を流しておいた、メンバーが欠けている流星隊と紅月を倒した。当日にアイドルロワイヤルに参加することを決めたユニットには多額のL$を支払うことを条件として取り付けたことで、Crazy:BはMDMに出演するためのL$を容易く手にすることができた。

「こんな体たらくな僕を影片と氷室に見せるのは恥ずかしいね。偶に電話をするときなども、我ながら不自然なほど格好をつけてしまっているし……氷室はいつでも美しく声まで可愛いから、顔を見ていなくてもついイタリア男のように口説いてしまうのだけど」
「容易く想像できたわ」

 MDMの開催に合わせて、海外を拠点に活動していた泉と宗は帰国した。ヘリコプターを降りた二人はそれぞれ自分が現在過ごしている国と日本の気候の違いに薄っすらと汗を滲まる。日本の夏は湿気が多い分、パリやフィレンツェよりも体感温度が高い。

「真実は違ったわけだけど、美雪に彼氏がいるって噂が流れたときまで口説いてたわけじゃあないよねぇ? 流石に」

 荷物を司に預けた泉の問いかけに、宗は気まずそうに目を逸らしてから呟く。

「あの子に意中の相手がいるという事実が脳裏をよぎって、いつもより言葉は出て来なくなったけど……氷室が可愛いのは当たり前のことだから勝手に口が動いてしまうのだよ」
「こーら。美雪にマジで彼氏できてたらアウトだからね、それ」
「アウト……? 美しいものに『美しい』と伝えて何が悪い」
「一歩間違ったら浮気になるでしょ。略奪愛でもするつもり?」

 真っ直ぐな目の宗に気が遠くなった泉がそう言うと、宗はふっと表情を落とす。いつも鋭い瞳が更に研ぎ澄まされた。

「……相手の男が氷室に相応しくないちゃらんぽらんなら、やぶさかではないねぇ?」
「アンタね……」

 呆れたようにため息交じりに言う泉だったが、彼も似たようなことを考えてはいる。

「悍ましい噂が流れてくれたお陰で耐性がついたよ。思い返せばワクチンのようなものだったね、あれは」
「は? 耐性?」
「あの子に実際に交際相手ができたときのシミュレーションができたのだよ」
「ああ、成る程?」

 Crazy:Bが生まれた理由は茨曰く『予防接種』。燐音が自分を『ダーリン』と呼ばせていたのは楽曲提供に茨の邪魔が入らないようにするためだったが、そのせいで図らずも別の予防接種の役割も担ったようだ。

「もしそうなれば交際相手を炙り出し、そいつの裏を徹底的に調べ上げる。そして氷室に相応しくない男であると判断できれば、僕は氷室を説得し、あの子がそれに応じないようであれば力づくにでも……」
「重」
「君に言われたくないがね。大体、僕以上に氷室を愛している男が何処にいると言うのか」
「そこまで言うなら、さっさと美雪を自分のものにしちゃった方が良いよ。あの子を狙ってる男なんてそこら中にウヨウヨいるからね。ここにも若干名」

 宗がじとりと泉を見遣ると、泉は肩を竦めて隣に立つ司を指さした。突然話を振られた司は「え、私⁉ ち、違いますよ!」とブンブン首を振った。疑心の眼差しで二人を睨んだ宗は焦る気持ちを押し殺す。

「氷室の魅力はあの子自身がどうこうできるものではないからね。無作為に男を惹きつけてしまうのは仕方ないけれど……──そうか。だから氷室豊はあの子を」
「……? 豊さん?」
「ああ、何でもない……いや待て。瀬名、君に聞きたいことがあったのだよ」

 旧fineの四人も彼女が幼少期にゴッドファーザーに囲われていたこと・彼女と豊に血の繋がりがないことを知ってはいるが、氷室豊によって美雪が監禁されていた事実を知っているのは宗だけだ。宗は豊の名前を出してしまったのを誤魔化そうとしたところで、同じくモデルである泉に『氷室豊』という男について探りを入れようとする。

「氷室の兄・氷室豊は、どういう人物だ?」
「さあ? 俺は会ったことないから知らない」
「……そうか。君はモデルとしても活動しているから、関わりがあるかと思ったのだが」
「俺と豊さんはそもそも土俵が違うよ。あの人は俺よりも遥かに高い場所にいるんだから」
「……先輩方の話に口を挟んでしまって申し訳ありませんが、何故、豊様の話を?」

 今まで二人の会話に耳を傾けるだけに尽力していた司は恐る恐る発言した。宗は司をじっと見て思い出す。

「そうだ、君は朱桜家の御子息だったね。社交界で氷室豊に会ったことは?」
「一応、ありますけど……」
「どんな男だ?」

 宗に問われた司は唇を噛んで苦い表情を浮かべた。決心したのか、肩を上下してから口を開く。

「……私が言ったと、公言しないでくださいね。彼は謂わば『暴君』です」
「暴君?」
「はい。恵慈(けいじ)様……氷室さんのお父上を『仁君』とすると、豊様は『暴君』。なぜ菩薩にも似たお方から、あのような子息が生まれたのか疑問でなりません。似ているのは顔だけです、中身は天使と悪魔のように違う」

 初めて聞く氷室の父の名と豊の肩書きに、宗は固唾を飲んで司を見守った。司は昔、社交界で彼と会ったときのことを思い出しながら語る。

「豊様が恵慈様から当主としての権限を少しずつ引き継ぐようになってから、隙や衰えを見せた家は彼によって吸収されるようになりました。弱小貴族は格好の餌食となり、生き残るために豊様の顔色を窺い、胡麻を擦るようになりました。……朱桜も昔ほどの勢力はありませんから、その傾向はあったと思います。私も桃李くんも豊様に挨拶したことはありますが、……穏やかに対応していただきましたが、その瞳の奥が我らを見下していたことは幼いながらに分かりました。兎に角、怖かったです。冷たくて、彼を前にした途端に震えが止まらなかった。今思うと情けない」

 幼い桃李も同じように、彼を前にして酷く狼狽えていた。滲み出る圧力を小さな体で受けた二人はすぐさま暴君から逃げた。昔から何かあると噛み合っていた司と桃李だったが、そのときだけは互いに手を取り、冷たくなった指先を涙目で温め合った。

「それもあって、はじめて氷室さんと会ったときはどう接したものかと思っていたのですが、氷室さんは豊様のような威圧感はありませんので……近寄りがたいという点では似ているかもしれませんが。彼女が朱桜と氷室の潤滑油になってくれれば、という下心も多少はあったことを告白します」

 騎士道精神に基づき、隠し事は一切せずに潔い。司は宗の前で、美雪と接するに当たって抱いていた思惑を暴露した。氷室という家の中で美雪がどういう扱いを受けていたのかを知らない彼に宗はふっと目を伏せる。彼の思い通りにはならないだろう、美雪は恐らく氷室豊に対する発言権を持ち合わせていない。

「彼と真面に会話をすることが出来たのは、天祥院のお兄様くらいかと。天祥院財閥と氷室財閥はほぼ同等の勢力ですから」
「上流階級の話はよくわかんないけど、結構なことやってる人なんだね、豊さんって。かおくんは『体格の良い天祥院』って言ってたけど、それならまあ納得かも」

 司が遠回しに「これ以上深い話が聞きたいなら自分よりも英智に聞け」と言うと、泉は以前薫がそう例えたことを思い出した。泉は世界を舞台に活躍している人物の裏の顔を知ってしまい、何とも言えない感情が内側で渦巻いた。
 二人の口から一斉に天祥院英智の名前が出て来た途端、宗はぎゅっと眉間に皺を寄せる。

「天祥院……借りを作りたくはないのだが、氷室財閥の権力を考えてもヤツを頼る他ないか……」
「ってか何で急に豊さんのこと聞いたわけ? パリで会ったの?」
「いや、徹底的に会わないようにしているよ。彼が出没しそうな場所は避けている」
「……?」

 泉も司も、宗のこれまでの発言の意図が分からず首を傾げる。自分から「氷室豊」に興味があるように話題を振っておいて、実際には避けているというのはどういうことなのか。

「……瀬名。君も海外で動いているから忠告しておくけれど、氷室豊に会っても『妹』については触れずに、存在しないものとして扱うことだ」
「は? 正気? 斎宮の言葉とは思えないんだけど、それどういう意味?」
「……もし氷室豊の耳にあの子の事が入れば、あの子にとっても、僕たちにとっても恐ろしいことが起こるとだけ言っておくよ」

 宗はそう言うと徹夜で消耗していた体力が回復したのか、ちゃきっと背筋を伸ばして歩き始め、意図的に話題を逸らすことにした。

「それよりも、まさか『ダーリン』の正体が同じ事務所の、しかも大騒ぎしている例のユニットの親玉だとはね。ああ、頭が痛いよ」
「それの尻拭いをこれからするんでしょ〜? 厄介なことしてくれたらしいじゃん? 蓮巳と守沢が売られた喧嘩を買ったら返り討ちにあったとか」
「いえ、守沢先輩ではなく南雲くんです」
「あー、流星隊って今分裂してんだっけ……ややこしいなぁ、もう」

 無理矢理話を挿げ替えた宗に、泉と司は一瞬だけ目を合わせたが追及することはせずに乗っかった。
 アイドルロワイヤルの後、Crazy:Bが「MDMに出れば同じ目に遭わせる」と発言したことで本来MDMに参加するはずだったユニットが尻込みをしてしまい、会場の数に対して参加の意思を示すユニットの数が激減してしまった。それ故に、元々MDMの参加条件として必要だったL$の額を下げるしかない状態となっていた。

***

 宗は星奏館の自室に荷物を運び、泉と別れるとコズプロの事務所にやってくる。ESビルの十八階だ。屋上から地上、上下に行き来をするのは徹夜続きだった宗の体力を削った。それでも宗がわざわざ事務所にやってきたのには理由がある。愛しい乙女に自分が戻ったことを告げるためだった。
 気だるい体を動かしながら上機嫌に歩く宗に気が付いた男がすかさず横に張り付く。

「やあやあ! お久しぶりです、お会いできて光栄であります!」

 宗は眉間に皺を寄せて男を睨んだ。

「七種……君、まさか再び僕の斧の餌食になりたいわけではあるまい。Crazy:Bに作曲していたのが氷室だと言うことは当然、僕の耳にも入っているからね? よくもまあ姿を現せたものだ、僕が『すべては君の監督不行き届きが原因だ』と言って切りかからないと思ったのかね?」
「ああっ、耳が痛いです! いやぁ、すみません! 美雪さんはValkyrieのお二人同様、なかなか思うように動いてくれないときがありますので!」

 本当に斧を持ち出しておくべきだった、と宗は後悔する。茨は他人の神経を逆撫ですることに特化しているようだ。苛立つ心を鎮めた宗は鼻で笑う。

「フン、嫌味にすらなっていないね。僕は誰かに操られるのは御免なのだよ。Crazy:Bに何をさせようとしていたのかは分からないけどね、君は調子に乗り過ぎだ。何もかも自分の思い通りになると思うんじゃあない」
「えぇ、えぇ。心得ておきます!」
「口では何とでも言えるね」

 宗は目の前の二枚舌男を信頼していない。スッと手をあげてこの場を離れることを示すが、茨は巻き付いて逃がそうとしない。

「お待ちください、斎宮氏。MDMに向けてコズプロ内のアイドルに情報共有をと」
「要らん」
「そう言わずに」
「必要ないと言っているのだよ」

 押し付けようとした書類を跳ねのけた宗の腕を見下ろした茨は、ニッと笑みを深めた。

「……そう言えば、斎宮氏の耳に入っているのは美雪さんに交際相手が存在しない事と、『ダーリン』の正体と、美雪さんがCrazy:Bに作曲しているという情報だけでしょうか? そうですよね、サミットから出回った情報はその三点だけですから」
「……何が言いたい」
「いいえ? 何でも御座いません」

 挑発するように肩を竦め、「やれやれ」とでも言いたげな茨に宗が迫る。

「氷室が関係することなら僕が把握しておかなければならない。話せ」
「保護者のつもりでしょうか」
「君は僕の代わりに氷室を守ることが難しいようだからね。まだ影片の方が仕事をしているよ」
「……」
「カカカッ。言い返せないようだねぇ?」

 機嫌が急降下した茨が表情を落とすと宗は勝ち誇ったように笑う。癪に障った茨は、宗を痛い目に遭わせてやろうと手榴弾を投げ入れた。

「Crazy:Bに、美雪さんの好みの男性がいるとか」
「ハ?」

 正確には「好みの顔」だが茨は尾鰭をつけて暴露した。宗がポカンと口を開けるのを見て満足した茨は快感に震えながら身を翻す。

「では自分はこれで。ファイル、読んでおいてくださいね」
「待て。待て七種。言い逃げは許さないよ」
「こう見えて忙しいので。失礼します」
「待てと言っている!」
「ちょ、意外と力強いなっ⁉」

 むんず、と茨の腕を鷲掴んだ宗の力は相当なものだった。椅子に座ってちくちくと縫物をしている非力な男だと高を括っていた茨は冷や汗を流しながら必死になって抵抗する。コズプロ社員は二人の醜い引っ張り合いに引き気味だ。

「氷室の好みの男がCrazy:Bィ……? 僕でも影片でもないだと? あの子は舞台上の僕が好きだと何度も何度も……誰だそいつは、吐け」
「ッ知りません……!」
「嘘を吐くな」
「いや知らないんですってば!」
「今なら君の手首を折れる気がするよ」
「やめろマジで! 美雪さんが誰かまでは言わなかったんですよ!」

 何とか宗の腕から抜け出した茨は毛を逆立てた猫のように距離を取ってフーフー唸った。宗は鋭い視線で茨を刺し、隠しているわけではないと判断して警戒姿勢を解いた。

「……好み、好みねぇ……Crazy:Bに……」

 赤くなった手首を摩った茨はブツブツと唱え始めた宗を訝し気に見遣った。

「まあ、あの四人の中ならヤツだろうね」
「? 見当がつくのですか?」

 あっさり決断を下した宗に、茨はきょとんと目を丸くする。宗は得意気に腕を組んだ。

「当たり前なのだよ。僕は氷室と一年間を共にしてきた。あの子と相思相愛なのだから、好みくらい熟知している」
「ほう。ではどなたか伺っても?」
「僕が素直に教えるとでも?」
「自分はいざとなったら彼の首を切れますよ。教えた方が得策では?」
「……ふむ。ヒントくらいはやろうか」

 権力をちらつかせた茨の言葉が尤もだと思った宗は、どういったヒントをくれてやるものかと考える。あまりにも単純なヒントでは詰まらない。あっという間に茨が答えに辿り着いてしまうのは、宗にとって本意ではなかった。

「そうだねぇ……僕と影片を足して二で割ったような感じかな」
「……お二人を、足して二ですか」
「飽くまで僕の印象だけれどね」

 宗がヒントを与えた途端、茨は眉間に皺を寄せてグルグルと考え込んでいた。まず茨の頭の中で消えたのは燐音とニキだった。ニキはみかと雰囲気が近いが、宗とはかけ離れている。燐音に至っては二人のどちらとも共通点と言えるものが存在しない。そうすると残った選択肢はHiMERUとこはくになる。
 茨が勘案している間にスマートフォンを確認した宗は何故か茨に近寄った。先程の引っ張り合いがフラッシュバックした茨は一歩身を引くが、宗が詰めてくる。

「七種。このアプリの使い方を教えたまえ」
「はぁ、自分も使ったことがあるものならお教えできるでしょうけど、一体何のアプリ……」

 宗の手元を覗き込んだ茨はピシリと固まった。それは茨も凪砂に使用したことのあるGPSアプリだったからだ。茨は口を噤んで宗を見上げる。

「……えー、こちらは?」
「GPSと言うヤツだよ、相手の居場所がわかるとかいう。氷室が何処にいるのかわかるようにしようと思ってね。この間帰国した際にあの子のスマートフォンに入れておいたんだ」
「まさかとは思いますけど無断ではないですよね?」
「ふふふ……そこは抜かりなくやったよ。可愛らしい猫を集めるゲームを薦めて代わりにダウンロードしてあげるついでに、あの子の目を盗んでね」
「無断じゃないですか」

 そういう茨も凪砂に断りなくGPSを忍ばせていた。茨は頭痛がするが、確かに彼の行動は理に適っていると思い直す。逆に美雪をふらふらさせておく方が危険だ。茨は自分もそうするか、と思いながら宗のスマートフォンの画面をタップし、アプリを起動させる。

「おお、ここに氷室がいるのだね。……恐らくだけど、近いな?」
「そうですね。今日は閣下がフリーなので、もしかすると──ハッ!」

 画面が切り替わると、ピコンと赤い表示が出た。そこに美雪がいる。宗は現在地からそう離れていない位置に彼女がいることが分かるが、茨はサッと顔を青くした。
 凪砂に仕事がなく美雪がコズプロに居るということは十中八九、凪砂と美雪が密会しているのだろう。茨はEden以外の目につかない場所でイチャイチャするよう伝えていた。二人はそれを守っているのだろうが、その場に宗が入るのは不味い。『女とイチャコラしている』なんていうEdenの弱みに成り兼ねないあの空間を見せるわけにはいかない。

「向こうの部屋かね?」
「あー! あー!」
「何だね喧しい」
「あっち! あちらの部屋です! こっちじゃなくてあっち!」
「あっち? ……だが、矢印の表示は向こうを」
「アプリの調子が悪いんだと思いますー!」

 茨は宗の背中を押して本来とは逆方向に向かわせようとした。機械に慣れていない宗が自分の言葉を信じて歩き始めるのを見届けた茨は「そのまま真っ直ぐ進んでくださいねー!」と声を掛けて例の部屋へと全速力で向かった。
 バンッとノックもせずに部屋に押し入る。

「──閣下! 美雪さん!」
「ぁ、七種さ……あっ」
「美雪……よそ見しちゃ駄目。私を見て」
「ひゃ、ぁ……ん、や」
「……やじゃないでしょ?」
「ん、んぅ……」
「はぁ、美雪……早く一つに」
「はーいストップストップー!」

 相変わらず絡み合っている二人に手を叩きながら中断するよう茨は言うが、凪砂はちらりと彼を見てすぐ逸らし、美雪の首筋にすり寄った。見せつけるようにする凪砂に茨は思わず拳を握った。

(コイツ……ぶん殴ってやろうかぁ⁉ 俺は美雪さんの太ももで寝たことありますけどね! アンタはないでしょう! ……ってそんなことしてる暇ないんでした)

 我を取り戻した茨は部屋の扉を閉め、声が届くよう二人の元に近づいた。ただ鍵を掛け忘れているのが、彼が心情を示しているだろう。

「美雪さん、斎宮氏が御帰国なさいました。彼が探しておりますので、閣下から離れて……」
「……やだ」
「閣下」
「駄目。駄目」
「……閣下」

 凪砂は駄々を捏ねる子どものように、美雪に抱き着いて放そうとしない。

「……斎宮くんのところなんか行かないで。私と一緒に居て」
「……でも、なぁくん」
「でもじゃない。……美雪は私より、斎宮くんの方が好き? 私より彼が大事?」
「あ、ぅ……」
「──なんですぐに答えられないの?」

 片割れに縋られた美雪は困り果てて顔を逸らした。それが凪砂を刺激する。凪砂の内側から嫉妬という感情が噴火した。

「──あっ⁉」

 凪砂は美雪の膝裏を掴んで下半身を密着させた。美雪はスカートが捲れないように抑え、困惑した表情で凪砂を見上げる。冷たく見下ろされた美雪は固まって言葉が出て来ない。凪砂ははくはくと唇を震わす彼女に顔を近づけて口付ける。舌をねじ込み、彼女がまだ怖がっている深いキスをし始めた。

「か、閣下! 閣下! いけません、お止めください! 斎宮氏が来てしまいますから!」
「ん、ふぅ、ちゅ、ちゅう」
「はぅ、んっ、んぅ」
「──あぁあぁあっ、もう! この天然ふわふわゴッドファーザー兄妹がぁあああああああ‼」

 茨が叫んだと同時に後ろで扉が開く。

「今の声は七種か? おい、何が『アプリの調子が悪い』だ。君の示した方向が誤っていたせいで氷室に会える時間が減ってしまったじゃな……──」

 ソファに押し倒され、凪砂に馬乗りになられてキスをされているのは愛しい彼女。宗は飛び込んできた光景に言葉を失い、思考も停止した。彼の手から美雪の位置を示す画面が表示されているスマートフォンが落ちた。

「──ひ、ヒッ、ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」

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