15

「あっ」

 藍良は視界に入った人物に上ずった声を漏らしていた。咄嗟に手で口を隠すがその人物の耳には藍良の声がばっちり届いており、目が合ってしまう。藍良が『ちゅるちゅるのお目目』と称した瞳が藍良を捉えていた。

「……御機嫌よう」
「あ、はい。ご、御機嫌よう?」
「……貴方、ALKALOIDの」
「そ、そうです。白鳥藍良です。スミマセン、この間はちゃんと自己紹介もしてなくて……」

 カフェ・シナモンで司と嵐と合流した美雪は、アイドルロワイヤルの参加可否を話し合うためにやってきたALKALOIDと対面した。一彩とは自己紹介を済ませたが、巽とマヨイ、藍良は彼女が去るまでにそのタイミングを得ることが出来なかった。
 藍良は先輩であり憧れのアイドルたちに作曲をしている天の上にいるような存在である美雪にカチコチに緊張していた。近づいてくる彼女に立ち上がって気をつけの姿勢を取る。

「……そんなに畏まらなくても大丈夫よ」
「いや、でも、名波……じゃなくて。氷室先輩は色んなアイドルに作曲している方ですし、おれなんかが気軽に話しかけて良いような人じゃあ……」
「……せんぱい」
「はい? ……あ、呼び方に拘りとかあったり? 『名波先生』とかの方が良いです?」
「……せんせい」
(う、う〜? これってどういう反応? 無表情でわかんない……顔が綺麗ってことしかわかんなァい!)

 美雪の反応がちっとも理解できない藍良は、自分が何かやらかしてしまったのではないかと汗を流す。
 そんな藍良の前で美雪は密かに感動していた。彼女は今まで年下と関わる機会が少なく、最近はこはくに頻繁に絡んではいたが彼はそっけない態度を取るため──近頃の彼はやや挙動不審だ──、名前もあまり呼ばれた試しがない。こはくが彼女を呼ぶとしても『美雪はん』だ、彼は美雪のことを『先輩』とは呼ばない。
 美雪ははじめて『先輩』『先生』と呼ばれて胸が躍っていた。ふっと表情を緩めて藍良を席に促す。

「……貴方の好きなように呼んで」
「えっ。じゃ、じゃあ……哥夏さん? 美雪さん?」
「…………先輩は?」
(いや好きに呼べって言ったよねェ⁉)

 藍良は彼女の矛盾に振り回されて困惑しながら席に座り直した。美雪はそのまま藍良と過ごすつもりなのか、藍良の正面の椅子に腰掛ける。このまま彼女と会話をし続けなければならないのは藍良にとって修行に近かった。

(き、気まずくならなきゃ良いんだけど……ヒロくんと話してるときも半分以上なに言ってるか分かんなかったし……)

 目を回して必死に話題を探した藍良は「えーっと」と言葉を探しながら話し始める。

「美雪先輩は、何か用事があったんですか?」
「……用事?」

 先輩をつけて呼んだ方が良いのだろう、と判断した藍良は親しみも込められればと下の名前で呼ぶことにした。藍良の質問に美雪は首を傾げる。

「あ、えっとォ、おれは作曲のことはよくわかんないけど、作曲家ってアイドルに比べればあんまりESには来なくても良いのかなって思ったっていうか……だから、今日居るのは何か理由があるのかなって」
「……成る程」
「気に障ったらスミマセン!」
「……? ううん、貴方の言う通り。……私はそこまでESには来なくて良いから、楽譜とか、デモを持ってくるとき……あとは、録音を終えた完成前の音源の調整をするときに来るよ」
「へぇ……」

 作曲家の仕事内容を聞いた藍良は感心したように頷いていた。一彩とは抽象的な話をしていたが、今は藍良もわかる単語を話してくれている。

「……データで送り合っても良いんだけどね、色んな人とお話できた方が、曲の希望も聞けるから……あまり急いでいないときは、そうしてる」
「そうなんだ……あ、ですか」

 油断すると敬語がすっぽ抜けてしまう藍良は慌てて訂正する。

「……敬語が苦手?」
「す、すみません」
「……ううん、いいよ。そういう子もいるだろうから。私は気にしない。……桜河くんは敬語で喋ろうという姿勢すら見せなくて、何だか面白いわ」
「え、こはくっち?」

 藍良はこれから待ち合わせで来る友人の名前が出て来たことに目を丸くする。彼と美雪に何か関わりがあるだろうか、と考えたところで彼女がCrazy:Bに作曲していたことを思い出し、納得した。作曲したことのあるアイドルと接点があっても可笑しくはない。

「……こはくっち。……そう、貴方は彼を渾名で呼んでいるの。彼と仲良し?」
「ま、まあ一応……一方的じゃなければ、仲が良いと思ってるけど」
「……そう、良かった。ちゃんとお友達がいるのね」
(……何目線でこはくっちのこと見てるんだろ)

 子どもあるいは弟を見守る年上の女性のようだ、と藍良は思う。美雪は藍良とこはくよりも一つ上のため『年上の女性』であることに変わりはないのだが、姉や母のようにこはくの事を気にかけているようだった。


 美雪と藍良が対話しているレスティングルームにやってきたこはくは、コズプロの副所長との電話を終えると、二人の存在に気が付いた。先程まで繋がっていた電話の主に『美雪の機嫌を損ねるな』『気に入られていることを自覚して行動し、惹きつけろ』という指令が下っているのを思い出す。ここ最近、こはくは彼女と遭遇する度にその命令が脳内でリフレインし、自分のお世話をしたがる彼女から逃げようにも逃げられない状況に胃がキリキリしていた。

 こはくの中にある知識はほとんどがネットのものだ。女の子がキュンとする男性の仕草なんてものは、それこそ少女漫画などでしか得たことがない知識だった。ネットサーフィンしてみると『腕まくりをする』『ネクタイを緩める』その逆に『ネクタイを締める』などの女性がときめく瞬間ランキングなるものを発掘したが、その中でこはくに出来るものは腕まくりくらいだった。彼はネクタイをしていないし、一人では満足に装着することもできない。しかし先日こはくが腕まくりをして力こぶを見せつけてみても美雪は無反応だった。こはくのアプローチの仕方も色々と間違えてはいる。

(壁ドン、顎クイ……そんなもんできるか!)

 こはくは藍良に『月永レオ』の情報を聞くために待ち合わせ場所にやってきた。そこに予想外にも美雪が居たため、どう話しかけに行ったものかと陰に潜んでスマートフォンを弄っていた。「気になるあのコもイチコロ♡」というサイトの単語の羅列に、手元の機械を粉砕しそうになっている。

(しゃあない、普通に話しかけに行くか。副所長に突っ込まれたら『ぬしはんはあの別嬪さんを落とせる自信があるんか』って聞き返せばええわ。……ったく、むちゃぶりも大概にせぇよ。だいたい朱桜の分家のわしが氷室の令嬢に手を出すなんてあかんやろ……下手したら氷室の当主に消されるわ)

 こはくは二人の様子を窺う。やや離れた位置に座っているが、こはくがよくよく耳を澄ませると二人の話題はこはく自身のようだった。

(……美雪はん、ほんまにわしのこと好きなんかな)

 モチモチと、こはくは自分の頬を触りながら思う。こはくというよりも『こはくの顔』が美雪の好みらしいが、それでも俄かには信じがたかった。

「なんや、珍しい組み合わせやね」
「あ、こはくっち!」
「……桜河くん」

 腹をくくったこはくは漸く二人の前に姿を現し、朗らかに微笑んで見せた。美雪はこはくを捉えると徐に鞄を開けて中から飴玉を出して突き付けた。

「……あげる。飴ちゃん」
「大阪のおばちゃんか」
「……? 大阪のおばさまは、飴ちゃんを持っているの? ……だから影片先輩は、飴ちゃんが好きなのかしら」

 ピシャンと突っ込みを入れたこはくを見上げた藍良は、確かにそんな噂を聞いたことがあるな、と考える。とはいっても藍良は実物を見たことがないため、(偏見の可能性もあるよな)と思い直した。
 美雪はずいっとこはくに手のひらを差し出す。

「……どうぞ」
「……」
「……要らない?」
(コイツ、すぐわしに餌付けしようとすんなぁ。自分は食わん癖に)

 こはくはじっと彼女の手のひらの飴玉を見下ろし、ため息を吐いた。

「会う度に甘いもん貰っとったら虫歯になるわ。食いすぎで太るやもしれんし、わしも一応アイドルやから遠慮させてもらうわ」
「…………そう」
「……やっぱええわ。貰う」
「……? 欲しいの?」
「あー、うー……もうそれでええわ」

 これまでの付き合いで、微量ではあるがこはくも美雪の表情を何となく察することができるようになってきていた。飴を拒むと落ち込んだ様子で手を引っ込めようとしたため、こはくは思わず前言撤回していた。茨からの『彼女の機嫌を損ねるな』という命令のせいばかりが理由ではない。飴玉を掴んだこはくはポケットに突っ込み、藍良に目線を向けた。

「ラブはん、頼んどったことやけど」
「あ、ああ、うん。月永先輩のことね。取り敢えず、おれが持ってる限りの資料をかき集めて実家から運んできたけど……これ、役に立つかなァ?」

 こはくに話を振られた藍良は慌てて用意していた資料の束をこはくに預けた。美雪はレオの名前に反応する。

「……月永先輩が、どうかした?」
「おれも気になってた。MDMで拉致された仕返しとかじゃないよね?」
「仕事の関係で必要やったんよ」

 受け取った資料にざっと目を通したこはくは「おおきに」と藍良に礼を言った。

「そういや、この月永レオっち人も美雪はんも作曲家やな。接点とかあるんか?」
「……そうだね。それなりに、あると思うよ。あの人とは……色々あったから」
「作曲家談義とかするのッ⁉」

 ジャッジメントから臨時ユニット抗争、それを経てのダイナーライブやバカンスのことなどを思い起こした美雪だったが、事細かに説明するのが面倒になったため『色々』で片付けた。藍良は興奮した様子で美雪に尋ねる。

「……頻繁ではないけど、時々する。……作曲と編曲をそれぞれがやることになったときは、足並みを揃えるのが難しいときもあるけど」
「おぉぉ……やっぱりそういうのあるんだ。芸術家って我が強いイメージあるから、なんか興奮しちゃうなァ〜。たぶん九割九分理解できないだろうけど、話し合いの場に居合わせてみたァい!」
「……私よりも月永先輩と斎宮先輩の方が、激しい議論をしていると思うよ」
「うわ、凄い。目に浮かぶ」

 レオは苛立って当たり散らすことがあり、宗は言わずもがな炎上を怖がる素振りを一切見せずに常時燃えているような男だ、その二人がガミガミと互いを捲し立てる様子が藍良には容易く想像できた。

「……月永先輩のことが知りたいなら、近々『アヴェ・マリア』というコンサートを開催するそうだから、チケットをご用意できるけれど」
「えっ、月永レオのコンサートォ⁉」
「……そう、作曲家名義のね。……興味があるなら、貴方も行く?」
「あ、う〜……いや、おれはその、補講が……え、遠慮しておきマス」

 赤点を取った藍良は自由に身動きが取れる状態ではなかったため、泣く泣く断念した。

「……桜河くんは、どうする? 行く?」
「そうやな……お願いするわ」

 こはくは美雪の厚意に甘えることにして、数日後のアヴェ・マリアのチケットを入手した。

***

 去年の夏頃、『コンチェルト』にて今回と同様にレオと舞台に立つ斑は舞台袖から客席に目を配っていた。

「どうかした? 誰か来てるとか?」
「う〜ん……実は美雪さんにチケットをもう一枚増やして欲しいと頼まれてなあ」
「え、アイツ来てんの? な、なんで?」

 斑の横からひょっこり顔を出し、「何かあるのか」と母親を真似る子どものように観客席を睨んだレオは、斑の台詞に目を丸くした。斑はさも当然のように言う。

「俺がチケットをあげたからだぞお?」
「なんであげちゃうんだよ! おれ何も言われてないけど⁉」
「だってレオさん、美雪さんの前だと素直じゃなくなるじゃあないか。だから俺が代わりに美雪さんに声を掛けてあげたんだ。好きな子が見ていると思うとやる気になるだろお?」

 思春期の息子が好きな女の子と上手くいくように取り計らう、お節介な母親のようだった。レオは「余計なことを」と思わずにはいられない。

「そ、そんなことないもん! 最近は優しくできてる、はず! ……って好きじゃないからな⁉」
「ほうほう。好きじゃないのかあ〜、そうかそうか」
「なんだその生暖かい目は! 違うってば!」
「成る程な。じゃあ俺も遠慮する必要はないと言うことだ」
「…………ん? え、えっ? 今のどういう意味っ?」
「さあ?」
「え、ちょ、まま……? う、嘘。ママって名波のこと好きなの……?」

 レオが瞳を揺らしながら縋ると、斑はニッコリ笑っている。ぞわぞわとレオの肌が粟立つ程に、その表情は貼り付けられた偽の微笑みだった。

「こ、怖い! ママ怖い!」
「ママという生き物は大概子どもに恐れられるものだからなあ。というか、美雪さんはあれだけ可愛くて放っておけない女の子なんだから、色んな男に狙われていると思っていた方が良いと思う。自分が惹かれるものは自分以外の誰かも惹かれているかもしれない、というのを忘れてはいけないぞお。良い男や良い女が結婚市場に残っていないのはそういう理由だ。気になった子に限って恋人持ち、というのはそういうことだ。レオさんが油断している内に掻っ攫われてしまうかもしれないなあ? 宗さんとかに」
「う、うう……」
「ダークホースでみかさんとかな。Valkyrieの二人は美雪さんと近いから、可能性は高いだろう。レオさんが美雪さんにつっけんどんしている間に、美雪さんは他の男に流され、あっという間に剥かれてパクリと……」
「やだーーーーーッ! やめてやめてッ、下ネタなんて言わないで!」

 耳を塞いで叫び出したレオは舞台袖の奥へと引っ込んでいった。斑がニマニマと笑みを深めながら追い詰めていくと、レオは機材が入った段ボールの脇でしゃがみ込んでいる。

「シュウはそんな手ぇ早くないもん! だってアイツ、エッチな本すら拒絶してるんだぞ⁉ キスするのに二十年かかるだろっ? エッチなキスに四十年かかるだろっ? そしたらハイッ、エッチなんて一生できない! ハイッ、アイツは万年童貞!」
「大声でそんな単語を言うんじゃあない、アイドルなんだから。……とはいえ、宗さんだって男の子だけどなあ。美雪さんのことになると理性の箍が外れがちで……それに、仮に宗さんがそうだとしても、みかさんは分からないだろう?」
「ミカエルはっ……いや、ミカエルはシュウのこと大好きっ子なんだから、それこそ名波になかなか手ぇ出せないだろ! うん、そうだ、そうに違いない!」
「現実逃避だなあ。逆に考えてみようかあ? Valkyrieの二人以外と結ばれた美雪さんは、そうなる可能性があるということだ。美雪さんは優しいし流されやすいからな、行為の意味も理解できないまま蹂躙されるだろう」
「ぐ、う、ぬぬぅ〜! …………うぎゅぅ」

 力尽きた小動物のような鳴き声を漏らしたレオに、斑は(いじめ過ぎてしまっただろうか)と頭を掻いた。これから本番だというのに、気が散るようなことを言ってしまったと反省し、レオの様子をちらちらと伺いながら舞台袖に戻り、美雪の隣に座っている男を捉えた。


 アヴェ・マリア終演後、美雪は席を立って隣に座るこはくを見下ろす。

「……ご飯、食べに行きましょうか」
「ここらにぬしはんの食えるもんがあるか、分かったもんやないやろ」
「……大丈夫。食べられそうなものがなかったら、何も食べなければ良いだけの話だから」
「逆マリー・アントワネットみたいなことすな」
「……『パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない』は、マリー・アントワネットの言葉ではないらしいよ」
「え、そうなん?」

 彼女の遺した言葉だと思っていたこはくは美雪に訂正されたことにキョトンとする。美雪はゆっくり頷いた。

「……マリー・テレーズ・ドートリッシュ、マダム・ソフィー、マダム・ヴィクトワール……色んな人が言ったとされる説があったらしいけど、未だに誰の発言なのか、とても不確か。……当時は録音機材なんて無かったからね、誰が放った言葉なのかを知るのは、ほぼ不可能。歴史を真に理解することも。……エジソンの言葉だって、本人の意思とは違う形で伝わったとされているからね」
「ほぉ〜」

 こはくは半分ほど聞き流して相槌を打った。
 席を立って外に出るが、こはくは立ち止まって美雪に告げる。

「すまん。ちぃと用あるから、先に帰り」
「……? これから、用事? ……もう暗いわ。こんな時間に一人で歩いちゃ、危ないよ」
「……せやから、わしを何歳やと思ってんねん」

 いつまでも子ども扱いをやめない美雪を『しっしっ』と追い払うようなジェスチャーをするこはくだったが、美雪はなかなか立ち去ろうとしない。

「……その用事は、どんなもの?」
「言えん」
「……すぐに終わる?」
「さあな」
「……私も着いて行こうか?」
「しつこいねんっ。わしの顔が好きなのは分かったから、いちいち着いてくんなや」
「…………顔?」

 美雪は不思議そうに首を傾げる。今までの会話の流れで『顔』という単語が何故出て来たのか、美雪には分からなかった。フンフンと鼻息を荒くして腕を組んだこはくは、すぐにレオの様子を見に行きたいが故に焦って憤っている。

「わしの顔が好きなんやろ? 副所長から聞いたわ」
「……七種さんが、私が、貴方の顔を好きって?」
「そーやで?」
「……何故、そう思ったのかしら」
「カラーリングと喋り方がValkyrieの二人と似てるからー、言うてたけど」
「……カラーリングと、喋り方? ……喋り方は影片先輩のことだろうけど、カラーリングって?」
「リーダーの方や。髪と目の色、似とるやろ?」

 こはくがぶっきらぼうに言うと、美雪はズイッと彼に近づいた。至近距離に迫った整った顔立ちに、こはくは瞬間的に唾を飲んでしまう。まじまじとこはくの顔を眺めた美雪は眉を顰めた。

「……どの辺りが?」
「へ?」
「……宗様の方が品の良い桃色だし、貴方の瞳は菫だけど、宗様は竜胆だわ」
「え、は?」
「…………それで宗様に似ていると思っていたの? ……おめでたいわね」

 こちらを見透かしてくる瞳が細くなり、こはくはヒクリと口角を引き攣らせた。今まで美雪から優しい言葉しか掛けられなかったこはくは、皮肉を言われたことに動揺する。

「……類似点を見つけて嬉しくなってしまったのね。でも、お二人と貴方はまったく違うから。……慎ましく生きなさい、桜河こはく君」

 美雪はそう言うと、こはくから身を引いて歩み始める。振り向きざまに「……帰るとき、気をつけてね」と告げ、その場を去って行った。
 残されたこはくは汗を流す。着いて来ようとする彼女が自分から帰ってくれたお陰で漸く一人になれた、好きに動きレオについて調べることができるはずだが。

(……惹きつけるどころか、突き放したか?)

 彼女の雰囲気から、こはくは不味いことを言ったのだと感じ取った。今回の件とは別に茨から命令されたことを思い出し、ペチンと額を押さえる。

(あー、まずったな。……いや、この場合はわしのせいちゃうやろ。勘違いしとった副所長のせいや。副所長の推理も結構、的を射てた気ぃしたんやけどなぁ)

 茨に説明されたValkyrieとの類似点は、こはくも「そう言われてみればそうか?」と思う出来だった。辻褄が合っているように思えたのだ。実際に彼女に構われている自覚もあったため、自分が彼女の『好み』なのだと思い込んでいた。

(つーか、わしじゃないなら誰やねん。ニキはんか? しばき倒すぞコラ。あんだけ絡まれたら勘違いするやろ、ふざけんな)

 自惚れが過ぎるこはくはユニットメンバーの顔を思い浮かべて頭の中で殴り倒した。

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